第67話 呉越同舟
「あんたがついてきてくれたら嬉しいけれど、そうもいかんか。ここでサヨナラやな」
兎奇子は寅太の大きなあたまを優しくなでた。
未来からともにやって来た有機AI。互いにさみしそうだった。
空の向こうに消えていく巨大な虎を見送って、兎奇子は振り返った。
「お待たせ、さあいこうか容保はん」
「寅太の現状の目的は何なのだ?」
容保が尋ねた。
「うちらの時代、つまり数百年後の未来から過去へ時間移動する道を確保すること。そして平安時代からやってきたかわひらこの目的はその道を遮断すること」
過去と未来、それぞれにおいて開発された『時間移動』の技術。そして起こった覇権争い。
時間移動によって利益を得ようとする者にとっては互いに相容れない。
「なるほど。兎奇子を連れて行くのであれば、かわひらこにも筋を通さなければならぬな」
「うちとかわひらこは敵やもんな。婚姻を許してもらえるかな、容保はん」
「婚姻じゃないといっておろうに」
照が口を挟んだ。最初よりは言葉のとげが無くなって、なんだかもうわざわざケンカするのも面倒くさくなっているようだった。
「そういうわけで、わたしは兎奇子にも力を貸してもらうことにした。かわひらこは複雑な気持ちであろうが、どうか受け入れてはもらえぬだろうか」
「そう言われましても……」
かわひらこも、そのとなりの赤べえも、最大級の困惑をその顔に浮かべている。
「容保さま、このかわひらこの心情どうかお察しください。我らはいままでさんざん争ってきた。兎奇子たちに破壊された同胞も数多い。受け入れがたい気持ちが正直わたしのなかにある。それにいまだって兎奇子はこっちをめちゃ睨んでいるでおじゃる。怖いでおじゃる」
「睨んでへんよー。うちの視線はこれがニュートラル」
「怖いでおじゃる」
かわひらこは赤べえに寄り添って、ほんとうに怖そうだった。
「のう、かわひらこ」
容保はできるだけ優しくかわひらこに語り掛けた。
「そなたの気持ちもわかる。遺恨を消すことができたら生きることがきっと楽になるのだろうが、わたしだってちっともそれができない。それにわたしたちは目的が少しずつ違う。完全に分かり合うことは難しいのかもしれない。しかし共通していることもあるだろう?」
容保は遠くに見える小田山のほうに顔を向けた。かわひらこと、兎奇子も容保につられるようにそちらに目を向ける。
「あそこに鎮座する『時の杭』を破壊しないと、世界が崩壊するのだったな? それはかわひらこも兎奇子も望んではいないはず」
かわひらこはうつむいて、赤べえの顔を撫でていた。
「互いに邪魔しあっていたら、一番の目的を果たすことができない。それはその通りかもしれないでおじゃる。しかも……どうも急いだほうが良さそうなのでおじゃる」
「どういうことだろう?」
「我らがこの世界に来てから、容保さまたちがそれぞれ持つ4本の聖刀は何度かその大きな力を放ちました。その波動がどうも時の杭に悪影響を与えている。最初の見立てより崩壊のときはおそらく近い」
かわひらこは顔を上げて兎奇子の顔をまっすぐ見た。その表情はこわばっていた。
「力を合わせることが必要であることは分かった。世界を守ることを最優先として、そのあとの着地点はそのあとに考えるとしよう。しかしお前はわたしが弟と思っていたものを破壊した。許すことはできないでおじゃる」
「うちも友達を失ったよ」
兎奇子はうなずいた。
「ありがとうかわひらこ」
容保はかわひらこに近づき、その手を両手で優しく包み込んだ。
向こうでは古川春英と斎藤一が容保たちを待っている。彼らと一緒であれば鶴ヶ城のなかへも容易に入ることができるだろう。
***
何かが起きたのだろう。容保のもつ聖刀『白虎』と照のもつ『玄武』。
その力を強く放ったのか、あるいは心根が解き放たれるような出来事があったか。
原因は分からないが、それに『青龍』が強く反応した。秋月大地の聖刀。
青い光を放つ龍の長いからだが、その夜鶴ヶ城の上空に舞い登った。
「大ちゃん、あれ、あれ!」
岬が叫んだ。
同じ現象を大地と岬は以前にも見ている。山川健次郎が企てた鶴ヶ城入城作戦。二人は彼岸獅子の衣装に身を包み、西軍の眼を欺いて鶴ヶ城に入った。そのときにもお城の方向から立ち上る光の龍を見た。
「大地殿、岬殿」
八重が二人のところへ駆け寄って来た。
「いまのがそうか?」
「うん、間違いないと思う」
大地がうなずいた。
八重には自分たちが未来から来たことと、その目的を話してある。
秘密を明かした相手が八重であったことは二人にとって幸いだった。
彼女以外に、それを柔軟に理解できるものは、この時代にいくらもいなかっただろう。
「光のもとをたどれば、そこに探している大地殿の刀があるということか。どこだかわかった?」
八重の問いに、岬が答えた。
「わかった。光があっちに消えていくのを、わたしも大ちゃんもみたわ」
岬が指さしたその先にはお堀の水面があった。西出丸の側。
「水没しているってこと? そりゃやっかいな」
三人でお堀の端まで移動した。
大地がまゆをしかめてお堀の水を覗き込む。
「水が濁っていて底が見えない。八重ちゃん、どうしたらいいだろう。なにか探す手はないかな」
「うーん」
八重は考え込んだ。
「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
そういって八重はどこかに向かって走り出した。あまり時間をかけてはいられない。西軍の攻撃がいまはたまたま落ち着いていたが、いつ再開するかは分からない。前線を指揮する八重にはやることが山ほどある。
八重が一度振り返って、大地と岬の顔を見比べた。それからいたずらっぽく笑った。
「お二人さん、なにかいいことあったでしょ?」
一瞬だけ年相応の可愛らしい表情を見せて、また力強い足取りで駆けていく八重。
彼女の背中を眺めながら、二人は少しだけ互いに手を握った。
「だいじょうぶよ、大ちゃん。きっと全部いい方向に進むから」
八重は向こうからあっというまに戻ってきて、二人に大きく手を振った。
「いいのがあったよ。大地殿、岬殿、舟に乗ろう!」




