第64話 日新館南門前の戦闘
「何じゃおはんらは!」
西軍の兵たちの怒声。
照が南門の前に駆けつけると、荷車を取り囲むように殺気立った兵たちがいた。ざっと10名。
明かりをもってこちらの様子を伺っている。
荷車の横にはここまで一緒に来た男が編み笠を深くかぶり立っている。
照は懐の短刀を握りしめた。
「戦うしかないようね」
容保も騒ぎが聞こえたので、礼式方の奥から顔を出した。
「敵が来たのか?」
「あんたは行くな。容保はん」
気づくと兎奇子が容保の横にいた。兎奇子は容保を一瞥して、照のいる南門のほうへゆっくり向かっていく。
「兎奇子殿……?」
「容保はんは本探しに集中しとき。これだけ騒ぎになったら、もう日新館には忍び込めないよ。最後の機会や」
兎奇子は槍を両腕で真上に掲げて、歩きながら大きく伸びをした。
「任務以外であんまり戦うと怒られるんやけどなあ」
そして南門前までたどり着き、編み笠の男の横に立った。
兎奇子は男の顔を覗き込む。
「さて……お兄さん、あんたが何者か知らんけど、あてにしていいんよね?」
男が兎奇子と照の顔を交互に見た。
「こちらの赤い目の方は、手伝ってくれるなら助かる。でもそっちのあなたは照姫さまなんだろ? 偉いお人は下がっていてくれ」
それを聞いて、照が不服そうに口をとんがらせた。
「足手まといにはならないと思いま……」照の言葉の途中で、男の姿が照の視界から消えた。
鈍い音がして、そちらを見ると、編み笠の男は敵兵の一人の胸元に飛び込み、刀で敵の右腕に切りつけていた。
「うわあ!」
悲鳴が上がった。他の敵兵たちが、編み笠の男を取り囲もうとする。
向こうが囲みきる前に、男が動いた。低い姿勢で相手への間合いを一瞬で詰める。二人目の男のすねを斬ると、返す刀で隣の兵も一撃で切り捨てた。
照は茫然としてその様子を見ている。男が照のほうを振り返った。
「あんたのせいだとはいいたくないが、そこにいられると、あんたを守ることが最優先事項になる。こっちから手を出さざるを得ない。少しでも動いたものはどんどん傷つけなければならない。万が一でも失敗が許されないからな」
「この……!」
敵兵が二人、男に向かって刀を振り上げて突進してきた。
「うちがやるよ」
兎奇子がすっと間に割って入った。長い槍を巧みに操り、あっというまに二人をなぎ倒す。
そして男に澄んだ声で呼びかけた。
「ねえねえ、あんたってうちの同類? 人間にしてはなんぼなんでも強すぎるやろ。お名前は?」
「名前か」
男はうつむき、考えるような素振りを見せた。
「名前はいろいろあるんだ。どれを名乗ればいいものか」
「へー、そうなん?」
残った敵兵たちが下がって横一列に並び、銃を構えた。しかし男も兎奇子も、それを気にする様子はない。
「俺は所属もいろいろ変わった。これからもそうだろう。でも一つを選ぶのならば新撰組三番隊」
新撰組と聞いて敵の兵たちの空気が変わった。そして男は名乗った。
「斎藤一」
兵たちがその名を聞いて後ずさった。どよめきが起こる。
「さ……斎藤一だと? なんで、なんでこんなところに斎藤がいるんじゃあ!?」
「驚かれても困るよ」
斎藤はさらりと答えた。
兎奇子が照に耳打ちした。
「それって有名人?」
「ものすごく有名人。新撰組は我が殿の配下として、京の町を守るために戦った人たちです」
「何が新撰組じゃあ!」
叫び声が上がった。敵の中には、斎藤一の名を聞いてしり込みしたものもいたが、そうでない者もいた。向こうから後続の兵が駆けつけてくる。銃の数が増える。
「お前らなんぞ所詮サムライ崩れの成り上がりじゃ。おいは、江戸で近藤勇が首を斬られるところをみた。それはもうみじめな最後じゃった」
「いま何と言った?」
それまで淡々と話していた斎藤の声が低く凄みを帯びた。
「武士でもないくせに切腹したがってた間抜けを見たと言った。身の程を知れえ!」
「近藤さんを侮辱したな」
「斎藤はん、挑発に乗ったらあかん」
「悪いが、乗る」
兎奇子が止めたが、斎藤は兵たちに向かっていった
たくさんの銃口が斎藤に向いた。敵が引き金を引こうとしたその瞬間、照が一歩前に踏み出て、『玄武』の聖刀を自分の目の前にかざした。
「えい」
聖刀から黒い火花があふれだす。火花はまるで無数の蛇のようにうごめく。
数発の銃声が響く。
斎藤の前に黒蛇の群れが立ちはだかった。銃弾があたり、奇妙な破裂音のようなものが響く。
黒い光の隙間から斎藤が飛び出し、銃を持った兵たちに斬りかかった。
いくら高性能の銃をたくさん持っていても、至近距離まで来られたらどうにもならない。
「うわあ!」
敵が散り散りに逃げ惑う。
「すごいな……」
兎奇子がつぶやいた。斎藤と照のどちらも。
(照姫に本気を出されたら、うちの攻撃も届かない。止められてしまう)
敵が逃げていく。斎藤は下がって呼吸を整え、再び刀を構える
照が声をかけた。
「あなた無茶ですよ」
「鉄砲など案外当たらないものだ。……しかし」
斎藤は一度構えを解いて、照のほうを振りかえった。
「あなたはとんでもない力を持っている。鉄砲の弾を跳ね返した」
「わたしもなかなかのものでしょ?」
「そうだな。しかし……前線の兵からすれば、喉から手が出るほど欲しい力だ。あなたが助けるわけにはいかないのか? その力をうまく使えば、このいくさに勝ち目も出てくるのではないのか?」
照はうつむいて、その穏やかな顔がすこし歪んだ。
「それはわたしも考えました。悩みました。けれど、ここにいるわたしはこの世界の戦いに関与する資格を本来持たない」
「どういうことだろう?」
「説明が難しいです。ただ言いたいことは、西軍は戦う意思を告げて、この世界の我が殿がそれを受けた。いま、武士と武士が名乗りを上げて正式に戦っている。そこに違う世界のわたしが介入することは無礼であると、わたしは考えます」
斎藤は照の言葉の意味について少し考えた。
「……俺にはあなたの考えを理解することが少し難しい。しかし、きっと近藤さんなら『そうかもしれない』と言うような気がする」
「そうですか」
そのとき兎奇子が向こうを指さして叫んだ。
「なんかごっついのが来たよ」
一度退いた西軍の兵たちがまた戻って来た。大砲を一門押して向かってくる。
兎奇子がうめく。
「おいおい、至近距離であんなもんをぶっ放すつもり?」
斎藤がぽつりとつぶやいた。
「鴨さんが、昔同じようなことをやった」
照は『玄武』の聖刀を握り、身構えた。
「何やら懐かしんでいますが、それどこじゃないですね」
大砲の砲口が、南門の前にいる三人へと向けられた。




