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第56話 ある家族の戦い

 鶴ヶ城の中で、小田山からの砲撃に備える会津の女性たち。

 そのなかには、この数日前に戦死を遂げた中野竹子の母、孝子と妹、優子の姿もあった。

 そして西郷頼母の妻千重子がここにはいない。


 西軍が会津若松に迫った8月23日。『お城に入れ』の合図である早鐘が城下に鳴り響いたとき、千恵子は入城しない道を選んだ。


 彼女にはたくさんの娘がいた。

 お城に大勢の家族で入ったら、戦いの足手まといになるかもしれない。そう思った。


 いや、女性にも仕事はあるのだろう。

 しかし女性、老人、その全員が鶴ヶ城に入って籠城戦をすることが不可能であることは、分かりきっていた。

 『西郷家の女性は籠城戦になったとき、お城に入らない』

 あらかじめそう決めていたのかもしれない。


 同じように考えたものが大勢いた。たくさんの犠牲があった。


「来た!」 

 女性たちが叫ぶ。お城に入ることを選んだ者たち。

 小田山の中腹から煙が噴き出したのが見えた。


 壁に当たり、女性たちの目の前に敵の砲弾が落ちた。砲弾は長細く、とがった先端部分が信管という構造。

 信管の火を消さないと、砲弾は数秒後に大きく爆発する。


 山川大蔵の妻、トセが濡れた着物を手に砲弾へ駆け寄る。

「こんにゃろー! 消えろ、消えろ!」


 濡れた着物の下で、信管の火が消えるじゅじゅーっという音がした。


 後ろでその様子を見守っていた女性たちに向けて、夫の真似をするみたいに、トセは右のこぶしを高く上げた。

「消えた!」


 女性たちから歓声が上がる。


 この戦法を発案したのは山本八重。

 そして女性陣をまとめて、実行に移したのは、照姫だったという。


 勇敢に砲弾へ立ち向かい続ける女性たち。

 そこへ「洗い物やってくれない」と言って、両手いっぱいに着物やら何やらを抱えてきた男性がいた。

「は?」

 トセが男に向かってきつめの返事をした。

「見てわからんの? わたしらも忙しいんだけど。自分でやってよ」

「やっているけど、全然追っつかないんだよ」


 トセににらまれて、男は目をそらした。彼は大きな体格で、会津のなかでも上位の実力をもった立派な人だったのだけれども。


「仕方がない。籠城戦において洗濯はとても大事な仕事だ。せっかく敵の攻撃を耐えても、お城の中で病気が流行ったりしたらもう戦えない。やろうやろう」

 そう言って、トセは水を汲んだ桶を持ってきた。

 彼女は、夫以外の男性には結構怖い。


 女性陣がじゃぶじゃぶと着物を洗いながら、向こうの小田山をじっと見据える。

 最終的には、小田山が良く見える庭先でみんなして洗い物をしていた。山をにらみながら。

 隅の方ではさっきの体の大きな男性も手伝っている。

「砲弾が飛んで来たら、持っている濡れた洗い物で消せばいいわけだから、合理的かもね」

「また洗い直しだけど」

 女性たちが笑い声を漏らす。


 姉を亡くしてから元気がなかった優子もひさしぶりに表情が明るくなった。

「変ないくさね」


 一方、北出丸付近では山本八重たちの激しい銃撃戦が続いていた。

 敵が標的を一か所に定めて、そこを一斉に狙い撃ってきた。


 銃弾が集中的に降り注ぐ。

「うわああ!」

 兵たちの悲鳴が上がる。たまらず持ち場を離れ壁に身を隠す。


 攻撃が収まると八重が叫んだ。

「だいじょぶ?」

「足に当たった!」

「一度下がって、治療を受けて」


 八重が促すが、男は言うことを聞かない。

「冗談じゃねえ。やられたままで引き下がれるか」


 大地はその様子を後ろから見ていた。物陰に隠れてはいるが、流れ弾が時折飛んでくる。恐ろしかったが、射撃をやめない会津兵たちから、彼は目をそらすことができずにいた。

 負けたくない。負けたくない。その強い思いが彼らの背中から伝わって来た。弾は届いていないのに。


 八重は射撃の合間に自分の手元をすばやく確認した。

(まずいな……、弾の消費が予想をはるかに超えて多い)


 弾を作成する作業自体はそこまで難しくないので、戦闘の合間にみんなで作っていた。

 しかし今日の敵襲は規模が大きく、作り置きがどんどん減っていた。


「八重さん、わたしはここを一度離れる。弾を作らなければ」

「頼むよ、尚之助さま!」


 大地は走っていく尚之助のほうを振り返り、そして彼を追いかけた。


 敵の銃撃が終わらない。

 兵たちが叫び声をあげながら必死に応戦する。お城に侵入しようと突っ込んでくる敵兵をどうにか射撃で追い払う。

 会津は善戦していたが、銃弾はどんどん減り続けていた。そしてついに、何人かの射撃が止まる。弾が尽きたのだ。会津の攻撃が急激に薄くなる。


 八重が悲痛な声をあげる。

「みなごろし丸を敵が通過してしまう! 弾がない。誰か、弾を持ってきて、早く!」


 守りの重要地点であるみなごろし丸を突破したら本丸はもう目の前である。

(今日が最後の日だったか)

 何人かが覚悟をした。

 そのとき、敵の銃弾が飛び交うのも構わずに、大地が彼らに駆け寄った。


「弾もってきたぞ、八重ちゃん!」

「大地殿!」


 大地は八重の両手に銃弾の包みを渡す。

 男たちが大地を手招きする。

「早く、にいちゃん、弾を早く!」


 素早く装弾した八重が低い声で叫ぶ。

「構え」

 会津兵たちがみなごろし丸に銃口を向けた。

「撃てえーーーっ!!」


 八重の号令が二度、三度と続く。


 しばらくしたあと、とうとう敵の銃声が静かになり、八重が天に向かって絶叫した。

「よし、守ったー!守ったよ、大地どのー!」


 八重は大地に駆け寄って力強く抱きついた。

「怖かったでしょうに。ありがとう、わたしに弾を届けてくれてありがとう」

「いたいいたい、どういたしまして八重ちゃん」

 彼女は本当に力が強い。


「助かったぞ、にいちゃん」

 他の兵士たちも大地に向けて笑顔で手を振った。


 向こうでは、神がかり的な作業速度で銃弾を作り続けていた尚之助が、八重の様子に微笑みながら顔の汗をぬぐっていた。


 こうして会津はこの日も、辛うじてではあったが西軍の攻撃をしのぎ切った。


 山川隊が城の外での戦いを終えて帰って来た。トセが駆け寄る。

「旦那様、お帰りなさいませ! お怪我はありませんでしたか?」

「このへんをちよっとやった。でも相手はもっとひどい目にあわせてやったぞ」

 大蔵が血のにじむおでこを指さす。

「まあまあ、とても痛そう!」

 トセは濡れた手ぬぐいで大蔵の顔を優しく拭いた。


 兵の何人かがぼそぼそと話していた。

(トセさんは基本怖いけど、ダンナにだけ甘々だよな。基本怖いけど)


「父上、母上!」

 八重が休んでいる人々の中に両親の姿を見つけて駆け寄る。

「八重、今日も生きてたか」

「うん、生きてたよ。尚之助さまも無事だ!」

「また会えたわね」


 その様子を眺めていた大地を「おーい!」と呼ぶものがあった。

 振り返ると、汗だくで頬に泥がついた顔で、岬が手を振って大きく笑っていた。

「岬!」

 大地は彼女に向かって駆けた。二人は手を取り合った。

「無事でよかった」

「会えて良かった」


「八重さんも無事だったよ」

 二人して親子のほうを見た。


 八重は父と母に抱きついて笑っている

 三人とも顔は土埃にまみれていた。

「ひどい顔だなー八重」

「父上だって!」

「だんだん臭くなってきたな」

 三人で肩を組んで歩いていくそのうしろから尚之助がついていく。

 

 尚之助から山本家のことを聞いた。

 この年の1月に、京で大きないくさがあった。そのいくさで、八重の兄、覚馬は戦闘中に行方がわからなくなった。いまも見つかっていない。

 そして、八重の弟、三郎は戦死した。


 山本家は彼ら3人だけとなった。


 大地は八重たちの後ろ姿を見送りながら思った。


 今の彼らの姿を、『幸せそうだ』と評したら、それは失礼なことなのだろうか。

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