第55話 会津奮戦
「一射一射を大事に、できるだけ同じ標的に向かって同時に打て! 互いに声掛けを怠るな! 敵と射程距離が違くても恐れることはない、この城を落とすには結局最後には近づく必要がある、そこを狙うよ!」
八重が西軍に向けて射撃を続けつつ叫ぶ。
鶴ヶ城の堀の内側で抵抗を続ける八重たち。
堀を挟んで向こう側から次々に姿をあらわす西軍の兵。明らかにこちらの弾が届かない位置に列を作って撃ってくる。弾が跳ねる音が絶え間なく続く。会津兵は塀の影、木の影に身を隠しこれに耐える。機を待つ。
「特にみなごろし丸! 三つの地点から一斉に射撃を浴びせることができる。そこならわたしらの銃でも十分届く。その手前では攻撃を緩めてもいい。みなごろし丸に誘い込んで、ここで必ず当てて!」
北方面から鶴ヶ城内部に侵入するためには入り組んだ細道を通らなければならない。その途中にあるのが八重の言う『みなごろし丸』と呼ばれるポイント。
三方向の石垣からここ一点に向けての射撃ができる。数的有利を作り出す、会津にとって必殺の場所。
武器の性能が格段に違う数百年前にデザインされた鶴ヶ城の構造が、この会津戦争においても十分機能していた。助けてくれていた。
尚之助の声も聞こえる。敵の弾が飛び交う中を歩きまわり、彼らしく冷静さを失わない落ち着いた口調で的確に声掛けをする。
「数で勝る一瞬を作るのだ。一瞬でいい、僅かでも危険があると相手に思わせろ。そうすれば出足は必ず鈍る。向こうからすれば、これだけ有利な戦で死にたいものはいない。いくさは統計学だ。そして人の心は流体力学だ。有利な瞬間を積み重ねる。それが不安をあおり敵の士気を大きく削ぐ。いったん崩れ出したら止まらない。やる気を失った軍隊などいくらいても怖くない」
大地は彼らの奮戦を物陰から見ていた。
届かない鉄砲を撃ち続ける会津兵たち。
それを無駄な抵抗だと冷笑するものもいるかもしれない。世の中にはそういう人間が大勢いる。
はっきり言えば自分こそがそのタイプだ。
文章や物語で伝え聞いていればきっとバカにしただろう。
しかし、いま目の前で彼らのことを見ていると、大地はとてもそんな気になれない。
思えば僕の人生もこのような感じだったじゃないか。特に何の才能もなく、要領が悪く人付き合いも苦手。それでも何かできると信じたかった。人に好かれたかった。
それは届かない銃を撃ち続けるようなものだった。いつか届くのではないかと願いながら。
大地が袖で顔をぬぐったとき、轟音が響いた。
会津を苦しめていたのは敵の高性能の銃、それから大砲。
敵の砲弾が大地のいた場所近くの石垣に当たった。大きな音がして石垣が砕けた。
土埃が巻き上がり、女性たちの悲鳴が起こる。大地の目の前に黒い物体があった。その先端が赤い。火がついている。
すぐにその場を離れるべきだったが、大地は一瞬足がすくんでしまった。
(敵の砲弾だ。八重ちゃんがいっていた。時限式、数秒遅れて爆発する。逃げなきゃ駄目な奴。動かなきゃ。でももう遅い?)
その瞬間、大地と黒い砲弾の間に割って入ったものがあった。
手にしていた大きな布を砲弾に素早く覆いかぶせた。じゅっ! と音がする。
それから数秒たっても何も起きなかった。助かったようだ。
「セーフ。危なかったね、大ちゃん」
「岬……!」
身を挺して大地を守ったのは岬だった。
「この濡れた布で信管の火を消したの。八重さんが考えた対策」
「助かったよ……ほんとにありがとう」
大地はあやうくまた涙がこぼれそうになるのをこらえた。
「怖かったよね、大ちゃん。わたし必死に戦っているこの人たちを放っておけなくて」
「わかる、わかるよ」
大地と岬の本当の目的は青龍の聖刀を探すことだ。急ぐ必要がある。でも力を貸さずにいられない岬の気持ちは、いまや大地にもよくわかった。
西軍は小田山の中腹から大砲を打ち続けている。
小田山。会津の人々の生活のとなりにいつもあった小さな山が、これほど重要な意味を持つことになるとは思わなかっただろう。
この場所を西軍に奪われたことは、会津にとって最大と言っていいほどの痛恨事だった。
城内の女性たちが小田山を見据えていた。それぞれが、たっぷり水で濡らした布や着物などを手に持っている。
彼女たちは互いの顔を見合わせた。
それから、鶴ヶ城に来ないことを選んだたくさんの女性たちのことを思った。
そして待ち受ける。
小田山から敵の大砲が火を噴くその瞬間を見逃すまいとにらみつけた。
鶴ヶ城を狙い撃つ西軍の前に、会津の女性たちは立ちはだかった。
「さあ、撃ってこい。止めてやる」




