第5話 秋月大地①
岬とかわひらこに連れられて、容保は未来の会津へと向かう。
そして彼は見た。二つの会津、二つの可能性。
会津の民により良い未来を残すために、容保は旅立つ決意をする。
かわひらこは容保の言葉を聞いてうやうやしく頭を下げた。
「あなたの意志はわかりました。では旅立ちましょう。時を超える旅へ」
「うむ。……しかし、ひとつ疑問があるのだが。わたしがそなたたちについていくと、わたしはこれから起こる歴史の上での出来事を先に知ってしまうことにならないだろうか?」
容保の問いには慶喜が答えた。くっきりとした口調で。
「それもおそらく問題がない。きっとみたものを忘れさせる術がある。そうでしょ?」
かわひらこは、それを聞いて静かにうなずいた。
物事の本質を捉える能力に長けた慶喜にはそれすらもわかるのだろうか。
容保も慶喜の言葉に納得したようだ。
「なるほど。……ところでついでにもうひとつ、これも相当気になっていたのだけど、牛車を引いてくれているのは……赤べこではないか?」
容保が赤べえの頭をやさしく撫でた。赤べえは嬉しそうだ。
「ああ、はい。赤べこですね」
問いに答える岬。
「赤べこ?」
それは慶喜とって初めて聞く単語だったようだ。
容保が慶喜のほうを振り返った。
「会津ではよく飾ってあります。こんなに大きなものは初めて見ましたが」
「へえ……、みんな、こんなふうに動くのか?」
「動かないですよ。……いや、でも、わたしが知らないだけで動くのかな? 実際こうして歩き回っているわけだし」
偉いお殿様二人に見つめられて、赤べえは何を思う。
「さあ、出発です。まず向かう場所は、江戸の会津藩上屋敷」
***
容保たちが牛車に乗り込んで江戸に向かった、それより少し前のこと。といっても未来の話。
秋月大地は闇の中にいた。
宇宙だろうか。はじめそう思ったが、わずかに波の音が聞こえる。彼は海の上に浮かんでいた。
「気味が悪い夢だなあ」
向こうに誰かがいる。知らない男。大昔の殿さまのような姿。とても整った顔立ちをしている。
見るからに育ちが良さそうで、大地が嫌いなタイプ。
「……誰だ、あんたは」
あちらも不審げにこちらを見ていた。
殿さまのような男の姿は突然消えて、気づくと、彼は知らない場所にいた。
「あれ……どこだここは?」
大地は自分の会社の屋上にいたはずだった。それがいまは住宅街のような場所。あたりを見回したけれど、見覚えのある建物がない。
「僕は意識を失っていたのか? 昼だったのに夜になっている。酒……は飲んでないよな」
今日は彼にとって、とても悲しい出来事があった。ずっと片思いをしていた会社の同僚から、他の男と結婚することを告げられた。人生最悪の日。
悲しみのあまり酒におぼれるというのは十分考えられることだったが、自分の息を嗅いでみても、どうやらそうではない。
であれば頭はちゃんと回っているはずなのに、どれだけ考えてもここがどこなのか分からない。
困惑する大地の前に、突然大きな牛の顔が現れた。
「わ」
赤い牛。愛嬌のあるつぶらな瞳で大地を眺め、それから大きな舌で頬をぺろり。
「なになに、なに?」
大地の混乱は増すばかり。
「ああ、無事でよかったでおじゃる」
声がしたほうを振り向くと、そこにいたのは小さな男。
源氏物語にでも出てきそうな貴族の姿。
「あなたは時の裂け目に落ちてしまった。あっちの世界から、こっちの世界に。容保さまがどこにいるかは見当がつくのですが、あなたは時空の破れたところから遠く離れた時代の人間なので、ずいぶん探したでおじゃる」
小さな男はかわひらこと名乗った。そして『時の流れは川のようなもの』の話をした。
世界に起こってしまったことについて。そして大地自身が『時空の裂け目そのもの』であること。
「何言っているんだかわかんない、僕は家に帰りたいんだけど」
「そりゃそうですよね。でも、しばらくは無理かもでござりまする。いまあなたが自分の世界に戻る行為は、壊れた時空の傷口をぐりぐりするようなもの。状況をとても悪化させてしまう。まずはわたしと一緒に行動してもらうしかないでおじゃる」
「ええ……?」
大地の顔に不安の色が広がる。
「さあ行きましょうか?」
「嫌だよ、こんなの誘拐じゃん。お前の言うことなんか、何ひとつ信用できない」
かわひらこは扇子を手元でとんとんとしながら、考え込んだ。
「確かにこのようなこと説明しても分かるわけがありません、あなたに他の時代を実際に見てもらいます。それが手っ取り早い」
「え、なに?」
にじりよるかわひらこ。大地があとずさり、振り向いて逃げようとすると、そこにはにじり寄る赤べえ。
「なんなのお前ら。……うわ、やめろ!」
大地は牛車のなかに押し込まれ、わけもわからず連れ去られた。
その場から牛車は消え去り、そしてすぐに戻って来た。
「どうです?」
「これは本物のタイムマシンだ! 昔の人が昔の格好してた!」
「お分かりいただけたようでなにより」
少しは落ち着いた大地に、かわひらこは話を続けた。
「さて、わたしはあなたを助けに来ました。とりあえず今日のところはご自分のお家へ帰るのがよろしかろうと思います」
「この世界に僕の家があるの?」
「あなたがいて、あなたの家がある世界です。しかし、困ったことがひとつ。もうひとりの、この世界でのあなたはどこかへ消えてしまった」
「なにそれ。入れ替わって僕の世界に行ってしまったということ?」
「それが、どうもそうではないのです。散々探しましたが、もう一人のあなたがどこの世界にもいない」
「まじかよ。こっちの僕も運がないんだな」
大地はかわひらこに連れられて自分のうちとやらに向かった。
「これが、『こっちの僕』の家? 高そうなマンションじゃないか。僕の1Kアパートとは全然違う」
エレベーターで七階についた。
大地が先に立って進む。ほんとにここが自分の住みかなのだとすれば、どんな生活をしているのか興味はある。しかし、部屋の前まで来て彼は動揺した。
「おい、かわひらこ。部屋の中の明かりがついている。ここは僕の家じゃない」
「いいえ、何度も申しますがここはあなたが住む家です」
遅刻しそうな時など、部屋の電気をつけたまま家を出てしまうことはちょくちょくあったが、そういうことなのだろうか。
そのとき部屋の中からこちらに向かってくる足音が聞こえた。
やはり騙された。住人になんて言い訳しよう。大地がとっさに謝罪用の神妙な営業スマイルを作ったとき、ドアは中から押されて開いた。
扉の向こうにいたのは、岬だった。
「お帰り、大ちゃん」
第6話 秋月大地② は
2026年6月5日更新予定です。




