第4話 二つの会津②
容保と岬、そしてかわひらこの三人は、『もう一つの場所』へ到着した。今度は体感としての時間はそこまでかからなかったが、牛車の乗り心地は少し悪く、本来存在しない道、悪路を進んでいるのだろうことは容保にも想像することができた。
たどり着いたその場所で、容保の顔には戸惑いの表情が浮かんだ。
「鶴ヶ城がある。どうやらここは、さきほどみた景色と同じ場所に立っているようだ。しかしこれは……」
容保はよく見回して懸命に状況を理解しようと努める。
「ここが未来であることは確かなのだろう。しかし、先ほど見た町と比べると、あまりに違う。建物が低い。そして数が少ない。田畑が多いことは好ましく見えるが、しかし……何といえばいいのだろうか……」
「活気がありません」
岬がそう断じた。
「わたしはこの会津若松市に住んでいます。この時代から来た人間です。会津若松市の人の数は、もうひとつの世界と比べてしまうと約5分の1。ここには新幹線も東北大学もありません。民家がある程度は町を埋めているように見えますが、そのうちの少なくない数が今は空き家です。若者は仕事を求めて、大きな町へ移り住むものが多い。そうするしかないのです」
かわひらこが柔らかい口調でつけたす。
「いまは二つにわかれていますが、元々から会った世界、本来の歴史というものがあるとすれば、今見ているこの町のほうだとされています」
「どうして、ここまでの違いが?」
容保の問いに、岬が答えます。
「容保さまにとっては今まさに起こっている出来事、京の鳥羽伏見でのいくさ。その年に、さらに大きないくさが始まります。日本の各地で戦いが続き、ついにはこの会津も戦場となりました」
「会津でいくさが?」
戸惑う容保に向かって、かわひらこが付け足した。
「それは革命、この国の大きな変換点。『新政府軍』がここまで攻めてきたのです」
かわひらこが言ったことを聞いて、岬が打ち消すように言葉を重ねた。
「薩摩、長州、土佐、肥後を中心とする『西軍』が会津に侵攻。一か月の激しい籠城戦の末に、鶴ヶ城は開城しました」
かわひらこは肩をすぼめた。
(このやりとりの意味は会津の人間でないと少し理解しがたいのかもしれない)
「鶴ヶ城が……」
容保は、五層の天守閣と赤瓦の屋根をもつ美しい城をじっと見つめていた。
「わたしがこの町を守ることができなかったから、こうなったということか」
岬はずっとうつむいている。
「それは最初にお見せした世界では起こらなかった出来事。『会津戦争』によって会津の人々の心に残った傷は、消えたというものもいれば、終わっていないというものもいます」
容保は彼女を振り返った。
「そなたもこの町で大変な思いをしているのか?」
「嫌なこともあれば、幸せもここにあります」
岬は困り顔と微笑みの中間のような表情を見せた。
容保は彼女を少しの間見つめた。
「……わかった」
去り際に容保はもう一度町のほうを向いた。
岬もかわひらこも、何も言わずに町を見つめ続ける容保の背中を前に、言葉をかけることはしなかった。
岬が小さな声で、自分にも言い聞かせるかのように、会津の町に向かってささやいていた。
(あきらめるわけにいかないでしょ、下手な戦いはできないでしょ。容保さまがみているのよ)
やがて容保は向き直り、大きな足取りで牛車向かって歩き出した。
「かわひらこ、お前はこのわたしにふたつに分かれた世界のどちらかを選べと言うのか?」
「そのとおりでおじゃる。時の流れは川のようなもの。このままでは洪水が起きる。どちらの世界も破滅してしまうでしょう。我々が食い止めなければ」
「わたしで良いのか? 何かができるというのならば、わたしは会津でいくさなど起きなかった世界を望む。そのためならば、どんなことでもする」
静かな口調で容保はそう告げた。大いなる覚悟とともに。
三人は元の時代、1868年1月の開陽丸、慶喜のもとへと戻った。
「なるほど、消えたと思ったらすぐに帰って来た。それで容保、目的は果たせたのか」
容保は静かにうなずいた。
「とおい未来の会津の姿をみてまいりました。二つの……」
「ふむ……」
固い表情の容保を慶喜はじっと見つめる。
沈黙を破ったのは岬だった。
「容保さま、わたしはあなたから見れば未来の人間です。あなたに起こったこと、これから起こることを知っています、歴史として。そしてあなたにこんなことを言うのはとても恥ずかしいのだけれど、何かがきっかけであなたたちが違う結末を迎える可能性はあった。時間という川の流れがほんの少し乱れたことによって、世界がこうも簡単に二通りに分かれてしまったというのはその証拠のように思う」
「岬殿。どうして泣く?」
容保はやさしく語り掛けた。
「あなたに歴史を偉そうに語る自分がみっともなくて、情けなくて、でもそれでも、あなたに伝えたかった。違う可能性もあったのよって。あなたは勝てたかもしれないんだよって。惜しかったんだよって」
「やさしい子じゃのう。ありがとう、そなたの気持ちはしっかり伝わった。もう泣くな、この容保、礼を言うよ」
慶喜が甲板にどすんと音をたてて座りました。夜空を見上げてつぶやきます。
「そうか、わしらは惜しかったのか」
容保は慶喜に告げました。
「上様、わたしはこの二人とともに行こうと思う」
「ああ、気をつけてな」
「この者たちは、それがわたしの役目といった。ならばわたしはその役目を果たそう。どんなに危険であろうとも。……それで会津の民が幸せとなるのならば」
第5話 秋月大地①
世界を選択する決意を固めた容保。
一方、大地は気づくと知らない町にいた。自分のふるさとのようで、まるで違う町。
かわひらこに連れられて、彼は『もう一つの我が家』に向かう。
*2026年6月4日投稿予定




