第48話 磐梯山、明治21年の噴火
1888年(明治21年)7月15日、磐梯山は大噴火を起こした。
この世の終わりのような轟音は、太平洋側のいわきまで聞こえたという言い伝えがある。
会津若松では山の数倍の高さまで立ち上る煙が、人々の恐怖をあおった。
「大事のようね」
情報が照の今滞在している静岡までは少しずつしか伝ってこないが、近隣の村では大きな被害が出ているようだった。
かわひらこと赤べえも心配そうに顔を見合わせている。
会津若松からよく見えた磐梯山、澄んだ青空を背にした美しい姿が照の脳裏に浮かぶ。
会津若松に住んでいたころは毎日見ていた。
秋になると山は赤く染まり、冬になると雪化粧、会津の人々の暮らしと共にある磐梯山のことを思い、胸が痛んだ。
徳川慶喜は縁側に座って、何かを深く考えているようだ。
「慶喜さま、どうされました」
照が呼びかけたが返事がない。
「慶喜さま!」
「わ」
驚いた慶喜は咎めるように照のことを見る。
「なんじゃ?」
「あなた様子が変ですよ」
「……わしも安政の地震のときは江戸で恐ろしい思いをした。会津では大変だろうな」
「そうですね。生きた心地がしないでしょう」
「容保は……どうするのだろうか?」
慶喜がふとつぶやいた。
「我が殿が……ですか?」
照は、容保の明治21年現在の状況について、詳しくは聞かずにいた。生きていることだけは教えてもらっている。
彼のことがもちろんとても気になってはいたけれど、もしも容保が苦しい生活をしていると聞いたら悲しいし、どうしてやることもできない。
そして、他の誰かと幸せに暮らしているような話はもっと聞きたくない。
慶喜も自分からは昔のことを話そうとしないので、いま、彼の口から容保の名前が出たことが、照にとってはとても意外だった。
「容保さまはいま東京にいるのでしょ?」
「そうだ」
容保はこのとき52歳。かつて自分が治めた国で大変なことが起きた。
「きっと、あの人は自分にできることは何かないか、模索しています。大急ぎで」
照は東の空を遠い目で眺める。
「だろうな。わしもそう思う」
慶喜はそういったきり、何も話さなくなった。彼は庭の色褪せ始めたあじさいを見つめ続けている。
(わたしは何かまずいことをいっただろうか?)
彼の様子に照は不安になった。
それから慶喜はかわひらこたちと蹴鞠に興じて、照は縁側に座ってそれを眺めていたが、慶喜は全然身がはいっていなかった。大きな池にボールを蹴りこんで、赤べえが拾いに行った。
革のボールは水を含んですっかり重くなってしまった。
(このひと急激にボケちゃったのかしら)
若き頃天才と言われたその頭脳。周囲の平凡な人々からするととても難しい相手だったと伝え聞いている。
過ぎたことは気にしない。自分の判断を悔いることはない。自分の正しさを証明するための理屈がその口からは留まることなくあふれ出る。会議で丸2日間話し続けたこともあるらしい。
そんな彼にとっての朱く燃え盛る季節は終わりの時を迎えつつあるのだろうか。
穏やかに普通の人へと落ち着いていく兆しなのだろうか。
それもなんだかつまらない。頬杖をついて彼を眺めながら、照は思った。
その夜のこと。
「照姫殿、頼みがある。そなた、一緒に東京に行こう。容保に会いに行こう。そうじゃそれがいい!」
「何と?」
照は心から驚いた。慶喜の言っている内容もそうだが、今は真夜中、そしてここは照の寝所。
「まず座って。慶喜さま、まず座って。うろうろされるとなんだか怖い」
昼間のおとなしさが嘘のようだ。慶喜は言われてどかっと座り込んだ。
「なんで布団の上に」
「そなたは容保に会いたかろう。どうして照姫殿がわしのところにたどり着いたのか、それに何か意味はあるのか。ずっと考えていたが、わしにもう一度そなたたちをめぐり合わせる、その手助けをせよということなのかもしれない。そのくらいやれよと言うことなのかもしれない」
まくしたてる慶喜の話がやっと終わった。
耳障りのいい言葉を彼は並べ立てたが、照は聞きながら、なんだか変だなーと思っていた。
彼女は慶喜に近づき、肩にそっと手をそえた。
「……慶喜さま、あなたもしかして我が殿に一人で会いに行くのが怖いの?」
慶喜はぴたりと動きが止まった。図星だったか。照は思った。
「……あいつと何を話してよいか分からぬのじゃ」
「そんな、子供じゃないんだから」
「容保とはもうちゃんと話すことはないと思っていた。次に会うのは互いの葬儀かもしれぬ、それならそれで仕方がないことと思っていた。しかしこのようなことが今起きたのじゃ。わしは一橋の人間として、会津松平家の容保とこれからのことを協議する。そなたが来てくれると心強い。頼む、照姫殿!」
「わかりました、わかりましたから。一緒に東京に行きましょう」
慶喜が寝所をやっと出て行ったあと、照は深―い息をついた。
「あー、びっくりした」
しかし……。照は不思議だった。
逆ならまだ分かるのだが、慶喜が容保にどう接していいか分からないなどということがあろうか。
そういう人間ではないから、ああいうことになった。それが周囲の見解のはずだった。
翌朝、慶喜は家の者を呼び指示をだした。たちまち旅の支度がはじまり、昼前には慶喜と照のための馬車が屋敷の前で待っていた。
「かわひらこ、わたしは行きます」
「赤べえはもうすぐ完全に回復する。そしたら追いかけるでおじゃる」
赤べえが、照と慶喜を乗せた馬車を引く馬のことを、じーっと見つめていた。彼はやきもち焼きなのだ。




