第47話 静岡にて
そのころ照たちも明治時代にいた。
照には、予知能力のようなものがある。
といっても基本、断片的な情報しか見えないので、それほど役には立たないのだが、やがて世の中が大きく変わるらしいぞというのは昔からなんとなくわかっていた。
しかし実際に見る新しい時代の変わり具合は、照の想像をはるかに超えるものだった。
屋敷の庭ではかわひらこが蹴鞠をして遊んでいた。赤べえも器用に頭で鞠を跳ね上げている。
あれは鞠ではないらしい。ボールという。大きくて皮でくるまれているそれは異国からわたって来たものだそうだ。蹴鞠に参加しているもうひとりの男からそう聞いた。
「照姫さまも一緒にどうでおじゃるかー?」
「遠慮しまーす」
大きな声でこちらに呼びかけたかわひらこに、照は答えた。
ボールが転がって来た。男がこちらに来てそれを拾い上げた。白髪交じりで年は50を少し超えた男。
「退屈でしょ。きみも混ざればいいのに」
「やんないわよ。お気遣いなく、慶喜さま」
容保とはぐれて時空の果てに吹き飛ばされた先は明治時代の静岡だった。
そこにはかつての徳川幕府第15代将軍、慶喜がいた。
彼の屋敷で保護されて、赤べえの回復を待っている。聖刀の力が治療によく効くらしい。
「万事この慶喜に任せるがいい」
突然現れた照たちに、慶喜はそういってたいして驚きもしなかった。
「開陽丸での夜のことは覚えているから」らしい。かわひらこと赤べえは一度見ているということか。
「わたしとは子供のころ、江戸でお会いしていますね」
照はたずねた。
「そうか、済まぬがそれは覚えてはおらぬ」
水戸の上屋敷に招かれたことがあって、照はそのときに彼を見ている。
そのころから才気にあふれて、只者ではない雰囲気をまき散らしていた。
「容保から照姫、あなたのことは聞いていた。京から江戸のあなたにときどき手紙を送っていたことも。わしの悪口がいっぱい書いてあったでしょ?」
「そりゃあ、もう」
「やはりなあ」
慶喜と照は二人して笑った。
「この時代に、わたしって生きてます?」
「ああ……それは、残念ながら」
聞くんじゃなかった。照は思った。
「こうして会えたことも縁だ。今度あなたのお墓に参らせてもらうよ」
「嬉しいけれど、なんて複雑な気分」
わたしの寿命はどういう計算になるのだろうか。照は思った。
さざえ堂に封印されたとき、実はあの中は時間の経ち方が表とは全然違くて、ちゃんと数えたわけではないが、おそらく3年くらいは経過している。
そのあいだずっと兎奇子と向かい合っていた。相手となにか話すことはできず、でもすぐそばにずっといる。たぶんお互いにお互いのことが大嫌いになった。
鏡で自分の身体を見てみたが、老化はしていないようだ。
これ以上容保の年上にならずに済んでよかった。
ただこちらに来てから、頭が痛む。
兎奇子の影響かとも思ったが、それだけではないような気がしていた。
何かとても良くないことが起きる、そんな予感がずっと消えずにいた。それが何かは例によって分かりはしない。
徳川の命運を背負っていたころの慶喜というのは、弁舌鋭く、知略に満ちたご仁だったと聞く。
神君家康公の再来と言われたほどに。
しかしいまや責任からは解放されて、照をだましてもなんの益もないから、この時代の慶喜は彼女にとって、話題が豊富で話していて楽しいおじさんだった。
ある日、慶喜は何やら面妖な道具をいじっていて、照をその前に立たせた。
「あなたは写真機をみたことがない?」
「ああ、これが。初めてですね」
「ふうん、あなたの写真をみたことがあるけどね」
「え、ほんとですか?」
「容保と並んで写っていたよ。なんかね、ふたりして書物を広げていた」
「そうですか」
照にはそのような記憶がないので、未来にそういうことが恐らく起こるのだろう。
「慶喜さま」
「ん、なに?」
「我が殿に伝えたいことはありますか?」
照は慶喜に聞いてみた。
「容保に?」
「はい、そうです。わたしはこれから殿と合流して、過去の会津に戻らなければなりません。若いころの殿に、わたしから何かお伝えすることはありますか?」
「うーん」
慶喜は写真機をいじりながら少し考えた。
「特にないかな」
「ありませんか」
「ないね。ほら撮るよ」
慶喜は写真機のほかにも、西洋から入ってくる新しいものに次から次と興味を持っていた。蹴鞠のときのボールは本来サッカーというもので使うものらしい。
赤べえの治療が順調に進んでいたある日、慶喜の元に電信が届いた。
紙を見て、慶喜の顔が曇った。この人がこんなに表情を変えるのはあまり見ない。
「どうしました。慶喜さま」
「磐梯山は会津若松から近い山だったな」
「そうです」
「噴火した。それもかなりの規模で」
照の頭がずきんと痛んだ。




