第45話 頼母と兎奇ぼう
「みっともないところを見せたな、兎奇ぼう」
「そんなことないよ、じいさま」
夕暮れ時、西郷頼母と兎奇子は鶴ヶ城の石垣に並んで座っていた。
鶴に例えられた美しい五層の天守閣がこの時代はない、あるのは土台の石垣だけ。
頼母はなにもない中空を眺めている。
かつて、自分たちが命と誇りをかけて守ろうとした場所。
「あの日、会津若松の城下に早鐘が何度もなった。それは大至急お城に入れという合図だった。籠城戦の始まりの日」
兎奇子は足をぷらんぷらんさせながら頼母のほうを向いて、話を聞いている。
「お城に武家の者たちが押し寄せた。女性や老人もいた。このとき若くて強い主力の兵たちはみんなお城から遠く離れたところで戦っていてのう。人手が全く足りないなかで、八重ぼうが死に物狂いで銃を撃ち続け、大砲の指揮をしていた。自分一人で西軍すべてと戦おうとでもしているかのような、すさまじい気迫だった」
そこで言葉が途絶え、しばしの沈黙のあと頼母は続きを話した。
「わしの家族はひとりを除いてお城には来なかった。西郷の屋敷に残った。そして……」
兎奇子がそちらを見ると、隣に座る頼母の横顔は唇がわずかに震えていた。夕日に照らされて頬がひとすじ光った。
「その日の町の炎を、うちは空から見ていたよ。あのなかにはじいさまの大事な人たちがいたんやな」
「空から?」
頼母は懐からちり紙を取り出し、顔をぬぐってから、兎奇子に向き直った。
「おぬしやはり幽霊ではないか」
「違う違う。ここだけの話しな、うちはいまから800年後くらいの未来から来とんねん」
「何じゃと」
「平安時代からやってきた連中と、われら未来人はいくさをしている。うちは戦うために未来からやってきた戦闘タイプの有機AIヒューマノイド」
本当のことを頼母には話しておきたかった。彼はそれを聞いて深く考え込んだ。眉をしかめ、そのうちに顔色がおかしくなってきたので、兎奇子はあわてて頼母の肩を揺り動かした。
「無理して考えるな。死んでしまうよ、じいさま」
「すまぬ、わしは若いころから、頭が固いことが自慢でのう」
「ええよ、からくり人形でも」
兎奇子は苦笑いをした。
頼母はふうと一息ついて、すこし落ち着いたようだ。
「霊のことなどわしとて聞きかじっただけじゃが、霊魂は死んだ後に残るものであり、また生まれる前からあるものだともいう。だから、まだ生まれていないそなたは、わしから見たらやはり幽霊のようなものじゃ」
「そうなの? でも、うちは物体や。心があると自分では思っているけれど、生き物とちゃう」
「『心を持つ物体』か。……ならばそなたはきっと付喪神じゃな」
「へえ?」
付喪神、という言葉を、兎奇子は宙に向かって何度かつぶやいた。それから頼母を見て微笑んだ。
「ええやん」
夕ご飯は長屋で、容保を含めて三人で食べた。頼母は少しだがお酒を飲んだ。容保は一杯だけ杯をうけて、あとは遠慮していた。
兎奇子もいっしょにお酒を口にした。
「兎奇子殿、あまり頼母に酒を勧めるな。『小言上戸』が始まるぞ」
「それは厄介やな?」
「一緒に飲んだことは何度もあるからな、わたしは頼母の酒癖を良く知っている。ほかにも『論語上戸』とか『孫子上戸』とかいろいろある。『什の掟上戸』が始まったら大変じゃぞ」
「そんな上戸あんの?」
夜、兎奇子は寅太の毛並みにくるまれるようにして、押し入れで一緒に休んだ。
容保が尋ねる。
「布団はもう一組あるようだぞ、それでいいのか?」
「これがええねん」
見ると聖刀が白く瞬き、その光は兎奇子と寅太につながっている。
これがおそらく、刀から力をもらい受けているところなのだろう。
床にはいり、天井を見つめながら、容保はひとりごとのように呟いた。
「頼母には悪いことをした。過去を変えることができないというのは、ある意味では救いなのだ。わたしが、選ぶことができるなどと言ってしまったばかりに、頼母はずっと耐えていたものがあふれ出てしまったのだろう」
閉じられていたふすまが、もう一度そっと開いた。
押し入れから兎奇子が出てきて、容保の布団のそばにちょこんと座る。
「容保はんとお話したいことがあります。照姫のことです」




