第43話 容保と兎奇子
「お、容保はん、起きたか。魚焼いたけど、一緒に食べよか?」
「……え?」
容保が布団で目を覚ますと、三角巾を頭に巻いて台所で朝食をつくる兎奇子がいた。
「みそ汁もあるよー、飲むー?」
武士たるもの、いついかなる時も心を乱してはならぬ、そう厳しく教えられて容保は生きてきた。
軽々しく感情を表に出すなどというのは恥ずべきことであるしかしこれは無理「なんだお主は! なんで当たり前のようにわしの世話をしている?」
「別にいいやないの」
容保は素早く辺りを見回す。
ほかに人はいない。ここは町民の住む長屋のようだ。
自分の刀が立てかけてある。そこまで行こうとしたが、体がうまく動かない。
「無理したらあかんよ。3日も寝てたんや。力なんかでるはずあらへん」
小さなちゃぶ台の上に時子が手際よく食事を並べた。おいしそうに見える。
兎奇子は町娘のような木綿の着物姿だった。
二つに結んだ長い銀髪。その赤い瞳が人間とは違うものであることを示している。
「ゆっくり食べた方がええよ。ふーふーしたろか?」
「説明をしてくれ。何が起きているのだ」
「いいけど、ごはんのあとで良くない?」
しゃけの切り身を箸で刻む兎奇子を見ながら、容保はため息をつく
「頭が痛くなってきた」
彼はみそ汁を一口すすった。おいしかった。
「うちらは一緒にワームホール、光の渦に吸い込まれた。それは覚えてる?」
「うむ、もはやここまでかと覚悟した」
食後のお茶をすすりながら兎奇子は語り出した。
「気づいたら、うちと寅太、そしてあんただけがここにいた。他の連中はおらんかった。お照はんとかわひらこ、赤べえ。一応探したけれど、どこにいるのかわからへん。近くの時代にはいるはずやけど」
近くの時代と兎奇子は言った。姉上は無事なのだろうかと、容保は案じた。
「……ん? 寅太といったか、いるのか」
「おるよう、ほれ」
兎奇子が押し入れの引き戸を開けるとなかには大きな寅太がいた。押し入れにぎゅうぎゅうに収まり、容保を眠そうな目で眺めている。
「……おとなしいぶんには少しかわいいのう」
「かわいいやろ?」
押し入れの戸はしまり、容保は改めてたずねた。
「ここはどこなのだ」
「会津若松や。会津でのいくさがあってから30年後くらいかなあ。うちらも体力をがっつり削られてもうて、なんもわからへんねん」
「そうか」
30年後、あの戦いから。
容保は自分が見たものを思い出していた。
白虎隊。そして田中土佐、神保内蔵助、大事な家臣たちの最期。
別の世界から会津戦争の真っただ中にやってきた容保は、本来見ることなく終わるはずだったものを見た。
その続きであるこの時代の会津若松は、民たちは、いったいどうなっているのだろうか?
「このままじゃうちらはどこにもいけへん。あんたもそれじゃ困るやろ。そんでいろいろ試してみたらな、うちと寅太はあんたの聖刀『白虎』から力を分けてもらえそうなことが分かったんよ。もちろん正規品の使い方ではないから、異常が生じる可能性はある。メーカー保証は使えなくなるけれど、そんなこと言ってられへん」
兎奇子は容保に向けて白い手を差しだした。
「というわけで今は利害が一致しとる。力がたまるまで、とりあえず休戦や」
その笑顔は美しい娘のようにも見えた。
容保は長屋の小窓から外を見た。良い天気のようだ。
「兎奇子、そなたはいったいどういう存在なのだ」
「言ってもわからへんよお」
「何だか分からないものと一緒にいるというのは落ち着かん」
「そりゃそうかも知れんけど、聞いたら逆に不安が増すかもよ。分からな過ぎて」
「そんなのは話してみなければ分からないではないか」
「じゃ聞くけど『有機AIヒューマノイド』に該当するような言葉って、あんたの時代にあるんか?」
兎奇子は自分のことを容保にわかるように、兎奇子なりに説明した。容保もなんとか理解しようと一生懸命に首をひねって考えた。そして考えがまとまった。
「からくり人形」
「ほら、そうなるやん! からくり人形呼ばわりが嫌だから、それだったらへたに分かろうとせんでええってうちは言うたんや」
「わかったよ。では、兎奇子殿は兎奇子殿ということで」
「うん、宜しゅう頼むわ」
そのとき長屋の扉ががらりと開いた。
「うるさいのお」
入って来たのは、長くて白いあご髭をもつ老人だった。
「兎奇ぼう、静かにせんか!」
「じいさま堪忍や」
兎奇子は両手を合わせて老人に謝り、それから容保のほうを振り返った。
「この人はこの長屋のお隣さんや。優しい人でな、食べ物とかいろいろ分けてもらってる」
容保はその老人を見て固まっていた。彼はその顔に見覚えがある。
西郷頼母。




