第42話 山本八重と秋月岬
「お前たち二人は未来からやって来たというのか」
「そうです、八重さん」
岬は両手をついて、まっすぐと八重を見つめる。
このひとに嘘は通用しない、小細工は通用しない。
「わたしは秋月大地の刀を探しています。この鶴ヶ城のどこかにあるはず。早くそれを見つけなければ恐ろしいことが起きる」
「何が起きる」
「世界そのものが消えます」
岬の途方もない話を、八重はただ聞いている。岬をにらみつけながら。
否定も肯定もしない。驚きもしなければ、バカにしたりもしない。
わたしは砲術をやりたい。
父に向かってそういった日のことを八重は思い出す。
あのとき、女性で砲術を志した者はこの国に山本八重ただ一人だったのかも知れない。
わたしもこんな風に見えていたのだろうか。
八重は静かに口を開いた。
「未来から来たのであれば、お前は過去の出来事を知っているのだろう。このいくさはこれからどうなる。教えてくれるか?」
「言いたくありません」
八重の問いに岬は即座に答えた。
「ほう」
それを聞いて、横で石垣にもたれ腕を組み岬の様子を見定めていた尚之助が感心したように声を上げた。
八重が問い詰める。
「言いたくない。……それは、知らないということか?」
「そうではありません」
「では、なんだ? わたしが知らないはずの情報を知ることが、なにかお前たちの規則に反するのだろうか」
「そういう考え方は確かにあります。しかし、これはわたし個人の問題とお考え下さい。人は未来のことを知るべきではない。秋月岬がそう考えるということ」
尚之助がつぶやいた。
「これは……この方の言っていることが本当である可能性、ありますねえ……」
八重は夫のほうを振り向き、じっと見つめる。言葉の続きを待つ。
「もしここで耳障りのいい言葉を並べるようであれば、わたしがいまあなたたちを斬っていたでしょう。このわたしは八重さんのように優しくないのです」
「そうだな。わたしもそう思う。わたしも同じ立場だったら下手なことはいわない。しかし岬、せっかくだから未来ぽい何かを見せてもらいたいぞ」
確かに。
岬は思った。
以前、容保に同じような証明をしなければならなかったときも、言葉で理解してもらおうとはしなかった。彼を赤べえと牛車に乗せて、実際に他の時代を見てもらった。しかし今はそれができない。
「見せることができるのは、これぐらいですかね」
岬は薙刀の先端を赤く光らせた。めらめらと炎が瞬く。
八重は尚之助に声をかけた。
「あ、ほらこれ。この前わたしに向かって攻撃してきたやつ」
「これは奇怪。未来というより、もっと古めかしいもののけの所業みたくも見えますが」
「わたしもやってみたい」
八重は薙刀に手を伸ばした。
「これ、わたしにしか使えないの。理屈は知らないけれど」
岬もすこし気を許して、自分の薙刀を差し出した。
「ほんとだあ。なにも起こらない」
八重は薙刀を持ち、興味深げにいろいろと動かしてみた。
その動きがふと止まったと思ったその瞬間。
「ほ」
八重はノーモーションで岬に切りつけてきた。
「岬!」
大地が叫ぶ。岬は後ろにひょいと飛び退って八重の斬撃をかわした。
八重は感心したように微笑んだ。
「寸止めするつもりだったけど、いい反応だね」
「恐れ入ります」
「わたしの姫さま、冗談がすぎますよ」
尚之助の言葉に、八重は笑って振り返る。
「すまぬすまぬ、もうやんないよ。ああ大地殿も驚い」
岬が鋭く踏み込んだ。一瞬で八重の間合いに入った。
八重が下がる前に、岬は八重の手にした朱雀の薙刀の柄を握った。
刃から花が咲いたように炎の鳥が生じた。炎は八重の顔を明るく照らしたが、触れるか触れないかのところでぱっと消えた。
八重は驚いて目を見開く。
「寸止めです」
元の位置に戻った岬がしれっとつぶやいた。
「見事……」
そうささやいた八重。そして彼女は動揺をかみ殺すように叫んだ。
「尚之助さま、わたしは信じます!」
「そうですか」
「岬の話ではなく、この人の覚悟を信じることに決めました。大変な状況ですが、できる範囲で二人を助けましょう」
尚之助は妻の言葉に少しも動じることなく、ただ笑ってうなずいた。
「我が姫のおおせのままに」
「八重さん、感謝します」
「ありがとう八重ちゃん」
岬と大地は深く頭を下げた
八重は満足げにうなずく。
「しかし、お前たちにばかり構っているわけにはいかぬ。自分の身は自分で守ってもらうぞ」
「でしょうね」
岬は肩をすぼめた。
「岬、わたしはお前のことが気に入ったぞ。遠距離攻撃が得意で、近接戦闘もいける。わたしと同じたいぷのようだ」
「八重さんにはとても及びません」
岬の言葉は謙虚だった。しかし彼女の顔つきは全然違くて、むしろ挑戦的だった。
八重は岬のその様子を見て不敵に、嬉しそうに、笑った。
「いいねえ」
その場を歩いて立ち去りながら、しばらく蚊帳の外だった大地にも八重は話しかけた。
「大地殿だけ丸腰だな。とりあえず何か武器は持っておいたほうがいいぞ」
「いや、どうせうまく使えないし、重いだけだからいいかも」
「なるほどお前はへなちょこか。まあ任せる」
先を行く八重と尚之助を眺めながら大地が安どのため息をついた。
「八重ちゃんはなんだか『血に飢えたイノシシ』って感じの女の子だねえ……。ほんとうのところ、あの二人は、これからどうなるの?」
「……いいたくない」
「そっか」
それから大地は思い出したように微笑んだ。
「僕の妻って名乗った」
「便宜上、仕方がなくよ」
そういいつつ岬は照れくさそうだった。
そのとき大きな音と土煙が巻き起こった。
着弾。
「岬!」
とっさに大地は覆いかぶさって岬を守った。そしてじっと数秒そのままでいたが、何も起こらない。
「あれ……、大丈夫だったのかな?」
大地は顔を上げようとした。
「だめ、大ちゃん伏せて!」
突然岬が大声で叫び、両腕で大地を地面に押し付けた。
彼女の意図が分からず大地が何か言おうとした瞬間、爆発が起こった。
「うわ」
「きゃあ!」
爆風。強い衝撃。あまりの音に、数秒聴力を奪われた。
煙が晴れると、兵士が二人負傷して倒れていた。
兵の間でどよめきが起こる。
八重が爆発の跡に駆け寄る。
「これは時限式の砲弾だ……。どこから撃った」
周辺を見渡して煙の痕跡を探す。
「小田山か……!」
八重は鶴ヶ城の南東に見える、これから長きにわたって彼女を苦しめる小山を、燃えるような眼でにらみつけた。




