第40話 鶴ヶ城入城作戦
山川隊は、鶴ヶ城の西追手門からの入城を目指したと伝わる。
小松の彼岸獅子たちが、兵を従えるかのように進んだ。
10名ほどの彼岸獅子やお囃子のすぐ後ろを、馬上の家老山川大蔵が行く。
「大蔵さん、かっこいいね。あれって服装は特注?」
「フランス式の軍服ね。彼は海外渡航の経験がある。この時代の数少ない世界を知る会津人よ」
大地と岬は彼岸獅子の最後尾にいた。
獅子舞は2人で一体のお獅子を形作る地域もあるが、会津の彼岸獅子はひとりずつだ。
大地と岬はそれぞれ獅子の頭を被っていた。
若くして熟練した舞を見せる大地、一方、岬は見よう見真似でどうにか食い下がっていた。
彼女の薙刀は布で包んで背中に括り付けている。
大蔵の悠然とした声が響いた。
「お、見なよ、官軍さまのお出ましだ。みなさん景気よく頼むよ」
お城の周りで待ち受けていたのは、黒い軍服と陣笠すがた、西軍の兵たち。みな銃を肩に担いで、近づき横を通っていく山川隊に向けて据わった視線を送っていた。
懸命に平静を装って踊りを続ける大地と岬だったが、内心は落ち着いていられるわけがなかった。
行けども行けども、道の両脇には敵の銃口が並んでいる。
二人はお獅子を被り踊りながら、こそこそとしゃべった。怖すぎて、なにか話していないと無理だった。
「見られている。凄いみられているよ僕ら」
「そりゃ、こんな笛や太鼓の楽しげな集団が来たら、誰だってみるでしょう」
「これのどこが『敵の眼を欺く』なんだろう。ねえ岬、いまさらだけど、この作戦は歴史的事実としてうまくいくんだよね?」
「そう聞いているのだけど、実際やってみると無茶がすぎる。ああ、まだ着かない。遠い、お城が遠いよ大ちゃん……!」
舞いながらも大地は、気になったことがあったので岬に聞いてみた。
「あれ、ここはずいぶん広い屋敷だね?」
道沿いに長い外壁が続き、壁の向こうの大きな建物が黒く焦げているのが見える。ここも火災があったようだ。
「ここは学校よ。会津の藩校、日新館」
「ああ、これが。大きいね」
「生徒の数も先生の数も、当時全国有数の……」
思わず歴史語りをして、一瞬、集中が途切れた岬は衣装の隙間から、体に括り付けてあった薙刀をぼとりと落としてしまった。
西軍の鋭い視線が一斉に岬へと向いた。
(あ、これはさすがに終わった)
その刹那、岬は観念した。
そのとき奇妙な音が鳴った。
あたりに鳴り響く、金属音のような、風のような音。
「なんだあれは?」
そう叫ぶ大蔵の視線の先、お城のほうには青い光が立ち上っていた。渦を描き空に登っていく。まるで龍のような光。
まわりの視線がそちらを向いた隙に、岬は自分の薙刀を拾った。
やがて光が消えた。西軍はお城のほうを見てまだざわつきが収まらない。
「岬、だいじょぶ?」
「生きた心地がしなかったわよ」
「聖刀『青龍』が助けてくれた。やっぱりお城の中にあるんだ」
「そうみたいね。いやー怖かったあ」
「持ち主の僕に似て、青龍は気が利く刀だね」
「似てないわよ」
大地の軽口に、思わず嫌な言い方をしてしまった岬だが、実のところ彼女もまた「大地に助けてもらった」と感じていた。
今だけではない。
彼女は思う。
わたしは、この時代に来てから眠れていない。食事も足りていない。
でもここまで来ることができた。一歩ずつ進むことができている。まだ、勇気を失わずに済んでいる。
この人がそばにいてくれたからだ。それは事実。
岬は、軽やかな舞を続ける大地の背中を静かな気持ちで見ていた。
大蔵が一同にささやく。
「敵が落ち着かないうちに通っちまうぞ」
大蔵のあとに続く兵たちも、互いに声を掛け合っていた。ゆったりとした語り口だった。
「ほれ、もう少しじゃないか。背筋を伸ばせ」
「いけるいける。こんなことってあるんだな、なんだかいい気分だな」
大地は彼らのささやきに耳を澄ましながら、ゆっくり近づいてくる城門を見つめていた。
このときのことを、敵の立場から見るとこのようになる。
大垣の兵が、この日のことを日記に書き記していた。
楽隊を先頭に進軍するというのはどこでも流行らしい。もともとは異国の軍隊の風習だとか。
なんでもかんでも真似するのもどうかと思うが、隊によって楽隊や制服はいろんな種類があって、見ていると面白くもある。
しかし獅子舞を連れて歩くのはさすがに初めて見た。
いったいどこの隊だろう。
自分の故郷の獅子舞とは様子が違う。そもそもこんな季節にやるものでもない。いったいどこの隊だろう。
鶴ヶ城の西側のほうへ消えていった。あのあたりでは、会津の粘っこい抵抗が続いていたはずだが粛々と進んでく。どこかの隊がすでに敵の守備を突破して、城内への道が開けたのだろうか。そうであれば戦の終わりは近いのかもしれない。ありがたいことだ。ああ、彼らはあたりまえのようにお城の中を目指して歩いていった。結局どこの隊だったのだろうか。
西軍はこのとき、どれがどの隊だか味方の明確な区別ができていなかったのだ。
はっきりした証拠でもない限り、事を荒立てることは避けたい。その状況が、山川隊の通過を許すことになった。
たどりついた山川大蔵が振り向いてニヤッと笑みを浮かべた。青空のように晴れやかで、それでいて悪そうな笑顔だった。
「ざまーみろ。お前たちは間抜けだ」
こうして大地と岬は、人々の目を欺き、鶴ヶ城へと堂々入城を果たした。
城内では喝采が起きた。
泥にまみれた会津の兵士や女性たちが、山川隊を取り囲んだ。
「みなさん良く持ちこたえられた! 今からは若輩ながらこの大蔵が城内の指揮をとらせていただきます。ここからだぞ!」
ますます盛り上がる人だかりを通り抜けて、二体のお獅子は静かな物蔭であたりを注意深くみまわした。
「……よし、もう大丈夫だろう」
そしてお獅子の下から大地と岬が出てきた。
「おっかねかった!」
「ミッション大成功……!」
「やったやった」
二人は明るくハイタッチをした。
それを後ろで見ていた女の子。
「あ、いつぞやの怪しい二人」
「え……」「あ……」
二人は山本八重に見つかった。




