第39話 山川大蔵
会津松平家家老山川大蔵。
会津戦争の時点で22歳。家老のなかでも最年少だった。
西軍の侵攻が迫り、会津は各方面に兵力を割き守備にあたった。
大蔵は日光口を指揮し、地形を生かした巧みな用兵で善戦していた。
しかし母成峠を敵に突破されたとの情報が入り、山川隊は会津若松に戻ることを決定した。
戻ってきてみると、そのころ鶴ヶ城はすでに西軍に囲まれており、山川隊はお城に入ることができずにいた。
さあ困った。
***
大地と岬の横を、西軍の兵が列をなして進んでいく。ふたりは家屋の隙間で息をひそめていた。
ここまで一回だけ敵に見つかったが、無傷で、相手にも傷を与えることなく、逃げ果せることができていた。
「よし、行こうか岬。ここまで面倒だった。一生分の軍人さんたちを見た気がする。でも、どうにか来られたね」
「ごめん大ちゃん、お水ってまだある?」
大地は竹でできた水筒を彼女に手渡した。
「全部飲みな」
岬は水筒を傾けて、ごくごくと飲み、大地へ返した。
「まだ入っているよ」
「大ちゃんも飲んで」
二人は通りに出て、周囲を見回した。敵も味方もいない。
お城が遠くに見える。大地と岬が目指す場所。大地がなくした聖刀『青龍』がそこにあるはず。
「お城の周りはたくさんの敵に囲まれている。でも素人目でもわかった。あのひとたち囲み方へたくそだ」
大地が道中で感じたことをつぶやいた。
「完全には囲まないことが定石っていう考え方もあるんだけどね。でもその通り。西軍はたくさんの藩の寄せ集め状態だから、連携がうまくいっていないのよ。でもまあそこは、第二次長州征伐の幕府軍も全然まとまっていなかったっていうし、お互いさまではあるんだけれど」
「もうひとつの世界」
大地がぽつりとつぶやいた。
「どうしたの、大ちゃん」
「違う歴史を歩んだもう一つの世界では、会津と長州が手を結んで、外国の艦隊を撃退したと言っていた。それを聞いてへえ、すごいねとしか思っていなかったけど、こうしてリアルな戦場を目の当たりにすると、その難しさが分かる。なにが違ったんだろう」
岬はその言葉について少しの間考えていた。
「何かは違ったんだろうけど、結局は運と縁の積み重ねであって、そこまで変わらなかったかもしれないわね」
二人はさらに歩いた。お城とは反対の方向。そして目指す場所にたどり着いた。
その小さな神社の境内では、衣装とお獅子の頭を引っ張り出して、村の少年たちが慌ただしく準備をしていた。十代半ばほどの子が多い。
彼らは小松獅子団。会津に春の訪れを告げる風物詩、彼岸獅子。伝統行事の担い手たち。
春でもないのに、季節外れの急遽招集がかかった。
「ねえ」
隅っこで着替えをしていた2人の少年に近づく人影があった。
声をかけられて振り返ると、そこには紺色の小袖をまとった若者がひとり立っていた。
大地である。
「君たちはこれから彼岸獅子をやるんだろ? 僕にも踊らせてくれないかな」
「え……」
少年は茫然と大地を凝視している。何を言っているのだ、この怪しい兄ちゃんは。
「ちょっと衣装を貸してほしいな」
二人の少年は、互いに顔を見合わせた。
「いや……駄目だけど?」
大地は笑みを浮かべた。
「どうしても駄目かな?」
「彼岸獅子って難しいんだよ? おらたちもいっぱい練習をした。それにお兄ちゃんこの村の人じゃないでしょ。なんだか会津の人でもなさそう。いまは他所から素性のわかんない人がたくさん来ているから気をつけろって言われてんだ。だめだよ」
「そっか。ね、ちょっとお獅子の頭だけ貸して? 見ていてよ、踊ってみるから」
少し離れたところでは岬が隠れてこの様子を見ていた。不安と共感性羞恥心に震えながら見ていた。
「大ちゃんの言葉を信じてここまでついて来てしまったけれど、やっぱり無茶よ。彼岸獅子なんて地域コミュニティの根幹なんだから、よそ者が紛れ込むことなんてできるわけが……、え、うまっ……!」
大地の踊りは素晴らしかった。軽やかで愛嬌があって。
見ていると笛と太鼓の音が聞こえてくるようだった。春の匂いが漂ってくるようだった。
少年たちもすっかり感心した様子。
大地がお獅子の頭を返すと、二人の少年はごにょごにょと相談を始めた。
一仕事を終えて汗をぬぐっている大地に、岬がこっそりと近づいた。
「気持ちわる! うますぎて気持ちわる!」
「おや、ひどい言い方」
「どうしてそんなに上手なのよ」
「いや……会津の人だったらこのくらい常識でしょ。逆に岬はできないの?」
「毎年見ていたけど、やったことはないわよ。わたしたちの年ごろの人は普通まだやらないとおもうわよ。未来では彼岸獅子をするのはご年配の人ばかりだから」
「普通がなんだか知らないけどさ。僕は彼岸獅子が大好きで、子供のころからやってみたかったんだ。それでよく練習に混ぜてもらっていた」
「へえ……」
薄い返事しかできなかったが、実のところ岬は心底感心していた。
彼女が良く知っている方の大地。夫であるもう一人の大地が彼岸獅子に強い興味を持っていたという記憶はない。
言わなかっただけなのだろうか? それともほんの偶然の積み重ねで、彼岸獅子をやってみる機会が彼にはなかったのだろうか。
二人の少年の話し合いは終わった。
「よそ者だなんて言ってごめんね。でも踊りを見てわかった、おにーちゃんが会津の人間であることはまちがいない。わかった、いいよ。代わってあげる」
「恩に着るよ」
家老山川大蔵が小松獅子団の前に現れた。彼の後ろには数十名の兵士が控えている。
「我らはこれよりお城のなかを目指す。城は敵に囲まれている。おぬし等彼岸獅子が先頭を行き、我らがそのあとをついていく。敵の目を欺くのだ」
山川大蔵、彼には輝かしい経歴がある。
語るべきことはいくつもあるが、ここでは一つだけに留める。
彼は歴史上初めて、エジプトの人を殴った日本人。
会津戦争の2年前のこと。大蔵は徳川幕府に同行して海外を回った。その際エジプトにも立ち寄ったのだが、向こうのひとからは幕府の高官に付き添う大蔵が召使に見えたらしい。
なので気軽に用事を頼んでみたら大蔵にキレられた。おめーに指図される筋合いはねーよと。
そして大暴れ。
才気にあふれて、無茶を平気でする男。
「さて、行こうか」
大蔵の鶴ヶ城入城作戦が始まる。




