第38話 会津の女性たち
「さて、どうやって鶴ヶ城のなかに入ればいいだろう」
遠くに見える天守閣を並んで眺めながら、大地と岬は考えた。
「外郭の守備は緩くなっているから、近くまでは行けるのよね。でもそこからが駄目。さっき見かけた女性たちもお城に入れなかったの。いまは坂下に向かっている」
「坂下か……。歩きだと遠いよね。どうしてそんな無茶を」
「照姫さまが坂下に移動したという情報を聞いたの。彼女たちは護衛しようと思った。……でも結局それは誤った情報だった」
「照さんを守ろうとした」
大地は、思いつめた顔つきで進む女性たちを思い出していた。
「ああいたいた。良かった見つかって」
大地たちに遠くから手を振って声をかける者がいた。検断のところにいた若者のひとり。
大地は手を振り返した。
「どうしたの、何かあった?」
「もう検断の屋敷には近づかない方がいいよ。土佐の連中が来て居座っている。食料の提供を命じられて、そのうえ会津の兵をかくまったりしていないか、屋敷をくまなく調べている最中だ」
「うわあ、マジか。それは駄目だな」
「これで何とかしのいで」
そのお兄さんは笹の葉にくるんだ握り飯を手渡して、去っていった。
二人は座れる場所を見つけて休んだ。大地は握り飯を抱えてため息をつく。
「お城に入れないのであれば、今夜泊まるところの心配までしなくちゃね。空き家状態になってしまった屋敷を探索してみるか」
「西軍の宿舎に使われている空き家が多いかも。それから武家の屋敷はやめたほうがいい」
「どうして」
「なかで人が死んでいる可能性が高い」
二人の間を重い沈黙が流れた。また表情が沈みだした岬を見て、大地が口を開く。
「岬がいろいろ知っているから助かっているよ。僕一人だったら間違った行動してあっというまに終わっていた。……君の世界では過去にこんな悲惨な出来事があったんだね。僕は歴史にあまり興味が持てない性質だ。だから君のように自分の故郷の悲しい出来事をわざわざ勉強するなんてできない。感心する」
話してから大地の顔が固まった。
「いや違う。ごめん、また嫌な言い方をしてしまった」
岬が首を振った。
「君の言う通りだ。わたしもなんだかいやになっちゃった。もし元の時代に戻ることができたら、わたしはもう歴史の本を開くことなんてないかもしれない」
「そんな」
岬の言葉は止まらない。
「だってね、わたしってひどいのよ。今回の出来事に巻き込まれる以前、良く夢想することがあった。わたしはどこで重要な戦いが発生するかある程度分かっている。だからわたしがその現場にいたら、もしかしたら戦局をひっくり返すことが可能なんじゃないかって。歴史を変えられるんじゃないかって。でも実際に戦っている人たちを目にして、これから死んで行く人たちを見送って、それがどんなに失礼な考えなのかと思い知らされた。わたしはどうしようもなく傲慢な人間よ」
「岬、それが当たり前だよ。君はなにもおかしくない。僕は君に、好きだったものを嫌いになってほしくない」
岬は膝を抱えてうつむいている。泣いているのかもしれなかった。
大地は彼女の横で何も声をかけずに座っていた。流れていく秋の雲を眺め、断続的に聞こえてくる戦いの音に注意を払った。しばらくしてから彼は「おにぎり食べよっか」と岬に声をかけた。彼女はうなずいた。
「ねえ楽しい話はないの?」
大地は努めて明るく問いかけた。
「不謹慎なのかもしれないけど、この戦いの胸躍るような話がもしあるのであれば、僕はそれを君から聞きたい」
岬はおにぎりを頬張りながら少し考える。
「山本八重さん、昨日の夜あった女の子。あの人はね、子供のころから銃の訓練をずっとやってきた人なの」
「へえ、武士の家に生まれた女性ってすごいんだね」
「八重さんはものすごくレア。この時代だって普通はそんなことやらない。山本家は代々砲術を担う家だったから、お兄さんに無理をいって教えてもらっていた。熱中していつもいつも。でも本当だったら女性の八重さんにそれが活かされる機会なんてないはずだった」
「この戦争が起こったから」
岬がうなずく。
「たぶん、周囲の人たちからはある程度バカにされていた。女のくせに、変わり者だと、意味がないと。でも八重さんは決してやめなかった。自分の中のなにかに突き動かされて、やらずにいられなかった。昨日、鶴ヶ城のなかは人手が足りなかったの。主力がみんな遠くの守備に行ってしまっていたから。鉄砲のうち手が足りない。砲術を指揮する人がいない。そんな状況の中、彼女は手を挙げた。『わたしに任せてください』。会津の偉い人たちは怒った。でしゃばるな、女性がそんなことするなんて聞いたことがない。でもそれと同時に思った。『ああ、こいつはやれるだろうな』。八重さんは有名な変わり者だった。それゆえに、彼女の実力は誰もが知っていた」
「なるほど」
大地は昨夜見た、きらきらした瞳でこちらをにらみつけ、果敢に戦う八重を思い出していた。
「八重さんに、もう一度会いたい?」
「どうかな。せっかくだから八重さんと仲良くなりたいという気持ちが半分はあるわね」
「なるほど。……え、半分なの? じゃあ、もうあと半分は?」
「次戦う時は負けたくないという気持ちもある。まったく何なのかしらねわたしという人間は」
「いいぞ、君らしさが戻って来た」
二人で少し笑った。
「ほかには? 会津にはいわゆる名将みたいな人はいなかったの? それとももうこの時期には亡くなっていたのかな」
「いたわよ、名将。そのひとには会津戦争の時のある逸話があってね」
岬は彼女が知る歴史の話を大地に話してくれた。彼女は少しずつ元気が出てきた。はなしが良く弾む。
しかし、話を聞いているうちに、途中から、大地が真顔になり出したことに岬は気づいた。
「どうしたの大ちゃん?」
「ん、えっとね。……そのはなし、もうちょっと詳しく」
「え、別にいいけど……、なんで?」
翌8月25日。
娘子軍が戦闘に巻き込まれた。見事な戦いぶりだったという。
のちに山本八重と並ぶ会津の女傑と称されることになる中野竹子が、敵の銃撃を受けた。
彼女は薙刀に辞世の句を巻き付けて戦いに臨んでいた。
もののふの猛き心にくらぶれば数にも入らぬわが身ながらも
竹子は妹や母に看取られながら死んで行く。
「泣かないで、優子、母上。わたしは覚悟をしていた。自分の意地のようなものは、わずかばかりでも示すことができた。わたし、幸せだよ」
妹の優子が持つ短刀の刃が首元にあたるのを感じる。もしものときはこうすることをお互いに決めていた。
閉じていた竹子の眼は、さいごにもう一度開かれた。彼女の目線は宙をさまよった。
「ああ、照姫さま、ご無事でしたか……」
それは死の間際の幻だったろうか。中野竹子はその短い生涯を終えた。




