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第37話 一夜が明けて

「助けてやりたいが、いまはちょっとまずいな」

 会津商人のまとめ役『検断』の男は申し訳なさそうに答えた。


 会津にとっての悪夢のような一日、1868年8月23日がようやく終わり、その夜遅く、大地と岬は検断を頼り、一晩泊めてもらった。


 そして翌朝、迷惑ついでに頼んだ。


 鶴ヶ城は籠城の態勢に入った。食料等の物資を会津の商人が協力して支援するはずである。お城に届けるときに、自分たちを一緒に同行させてくれないだろうか?


 大地たちは鶴ヶ城内のどこかにあるはずの聖刀『青龍』を探さなければならないのだ。


 昨日、検断は要望を受けて、荷車で物資を城内へ運ぼうとしたそうだ。

 町が西軍によって焼かれる大混乱の中よく対応ができたものだ。


 しかしそのとき事件が起きた。


「町の若い衆が斬られた。間者ではないかと疑られてな」


「そんな」

 大地は言葉を失った。

 確かに昨夜山本八重といた男も間者を警戒していたが。


「町が焼かれた時点で、容保への不信はあった。それでも助けようと手を差し伸ばしたらこれだ。しばらくは無理だよ。助けない」


 二人は検断の屋敷を出た。

「頼みの綱だったけど、そういう状況であれば仕方がない。無理したら僕らも斬られそうだ」


 八重は大地たちを見逃してくれた。厳しい口調だったが、実際はだいぶ甘い対応をしてくれたようだ。

「困ったなあ……」

 岬は道端でしゃがみこんだ。


「岬、昨日は眠れた?」

「まあ、眠れるわけないよね。大ちゃんは?」

「僕はもともと不眠症ぎみだから」 

 また不健康アピールをしてしまった。大地もそれがほめられた行いでないことは自覚している。


 岬が何か言葉を返そうと顔をあげたとき、遠くで銃声が聞こえた。ひとつやふたつではない。おびただしい数。


「また始まったな」

 大地が音のほうを伺う。

 彼は昨夜自分が実際に撃たれて逃げ回ったことを思い出し、身震いを起こした。

「龍より怖かったよ」

 岬がくすりと笑った。


 これから自分たちはどうするべきか。大地は戦いの音に注意を払いながら考えた。


 容保たちはどうなったのだろう。どこかで無事であることを祈るしかない。

 待っていれば戻ってくる可能性もあるが、いつどこにかはまるで予測がつかない。


「必ずまた会える。容保(あいつ)がそう言った」

 とにかく聖刀『青龍』を探すのだ。4振りの聖刀がそろっていないと、時の杭の破壊はできないという。『朱雀』は岬が持っている。そして容保と照、『白虎』と『玄武』が再びそろうときを待つ。


「……ねえ、なんだか涼しくない? 今日は8月24日でしょ? でもこの気温は夏の会津若松には思えない。この年は冷夏だったのかな」

 塞ぎこんでいる岬に大地は声をかけた。


「ああ、それは……。8月と言うのはいわゆる旧暦での8月でね、この年はうるう年なので、1年が13か月あった。この年だけ4月が2回あったのよ。だから結構ずれている。わたしたちの暦でいえば今は9月の後半ね」


「1年が13か月? そんなわけないでしょ」

「昔はそうだったのよ。明治の初めまで日本では……」


「なんだかな。難しいこと知っているわたしカッケーってやつか」

「何ですって?」


「僕が知らないからってバカにしているでしょ。そんなこと普通の人は知らない」


「うわあ、リアルでそれいう人に初めて会った。悪いけどドン引き。どうぞSNSにお帰りください」


 岬はあっちを向いて大地との会話を遮断した。


(もの凄い空気になってしまったなあ)

 岬のさっきまでの不安げな表情は消えて、ぶんぶん怒っている。大地と目が合うとべーと下を出して威嚇してきた。先日大地がみた奇妙な凧のように。


(でもまあ、こっちのほうがまだましだ)

 岬を眺める大地の顔はとても穏やかなものだった。


 ふと気づくと、岬は町の通りの向こうのほうを見ている。

「岬?」


 大地も彼女が見ている方に視線を向けると、速足で町を行く集団があった。


 着物姿の女性たちだった。白襷でまとめて動きやすい格好。薙刀を持っているひともいる。

「岬の格好に似ているね」

「わたしが彼女たちを真似たのよ」


 岬はいつまでも去っていく彼女たちを見ている。

「この先に何が待っているのか、知っていてもわたしにはどうすることもできない」


 その集団は町はずれのほうへと消えていった。

 後の世の人々は、彼女たちのことを『娘子軍』と呼ぶ。


 またどこかで銃声した。

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