第36話 銃姫、山本八重
人間、予想外の出来事が起こると、どうしても一瞬思考が止まってしまうものである。
秋月大地はここ数日でいろいろな目に会った。人生観がひっくり返ったといってもいい。2025年の会津若松市から並行世界へと連れ去られ、そこから嫌も応もなく江戸時代である。
歴史上の人物である殿様やその義理のお姉さんと出会い、世界を崩壊から救うための旅に出た。
あげくには龍を相手に剣を振りかざし、勇敢な戦いを繰り広げさえしたのである。
しかし人から銃口を向けて狙われるという経験は初めてだった。だから反応が遅れた。
「岬、撃たれるかも」
大地はやっと言葉を絞り出した。すでに日は沈み会津若松は夜を迎えた。
闇の中から見える銃口の不気味さは、言葉にしがたいほどのものがあった。
「え」
声をかけられた岬が振り向いた瞬間銃声が響いた。
「うわ、まじか」
「なに、なに、なに」
銃弾は二人の横を抜けて、向こうの民家の壁に跳ねた音がした。
「岬にげろ」
大地は彼女をすぐそばの物蔭に押し込み、自分も隠れようとした。
彼の歴史に対する知識というのは、岬と比べてしまうととても心もとないものであったが、それでも、この時代の銃というものは、近年のアクション映画のようにバンバン連射できるものではないというくらいの認識はあったので、きっと追撃まで少しの間があるだろうと希望的観測を持った。
しかし第二射はすぐに来た。
「あれ、思っていたのと違うぞ」
間髪置かずに第三射。
「また撃って来た。そんで全部が惜しいところを狙ってくる。何なんだあの女性は、あいつだけ未来の銃でも持っているのか?」
苦しまぎれに大地が発した言葉は、銃撃を繰り返すこの女性のことを案外適切に表現していた。
彼女はこの時代の人間。でも規格から大きくはずれた人間。まるで未来からやってきたような狙撃手。
「仕方ない」
岬は『朱雀』の薙刀が繰り出す炎で反撃した。
相手はさすがに一瞬戸惑った。
しかし当たらない。巧みにかわされる。建物や茂みのあいだを俊敏に駆け抜けていく。
岬の炎が彼女を追いかける。
追いつきそうになったが、相手は急に減速した。
そしてまた急加速。大地が驚きの声をあげた。
「フェイント入れてきた!? なんてフィジカルだよ」
彼女は地面でくるりと回転し、構えてすぐに4発めの銃弾を大地たちに向けて打ち込んできた。
「ダメだ。勝てる相手じゃない」
大地はなおも応戦しようとする岬を押しとどめ、建物の間を全力で逃げた。少し行ったところで塀の陰に隠れて、息をひそめた。
「どこだ!」
女性の声がした。大地たちの近くで止まり探してるのがわかる。大地と岬は生きた心地がしない。
女性が業を煮やして叫び声を上げた。
「ええい、まどろっこしい!」
あたりに大きな声が響く
「出てこい、一騎打ちだ。どうした、薩摩の芋ざむらいは腰抜けぞろいか。名乗って見せろ! わたしは山本権八と佐久の娘、川崎尚之助の妻にして山本覚馬の妹そして……」
「八重さん、長い長い」
そこにもう一人男性の声が聞こえて、たしなめる。八重さんと呼ばれた女性はそれでも止まらない。
「そしてそして、誇り高き山本三郎の姉、八重だ! 弟の仇、かかってこい!!」
最後は涙声だった。
「薩摩じゃないです」
岬が塀の陰からでて、申し出た。
八重は素早く彼女に銃口を向ける。
「撃たないでくれ!」
大地が飛びだして叫んだ。岬の前に立つ。
「僕の妻を撃たないでくれ、頼む」
彼の足は震えていた。
大地の恐怖に青ざめた様子を眺めていた男が、ため息をついて、諭すように声をかけた。
「八重さん、一度銃を下ろそうか」
「くそ……」
八重は納得いかない感じで構えを解いた。
男は大地と岬のことを上から下まで丹念に眺めた。
「敵って感じじゃあらへん。友好的に行こうよ。この二人、よく見るとそんなに怪しくない」
「でもさっきこの女、炎をまき散らしてた」
「はは、わたしの姫さまは面白い冗談を言うね」
男は八重よりもけっこう年上のようで、語り口に余裕が感じられる。
大地も少し落ち着いてきて、相手の姿を良く眺めてみた。二人とも黒い戦闘服姿だった。八重も着ているものは男性の装束だ。
岬は意を決して願い出た。
「実はわたしたち、お城の中に入りたいの。一緒に連れて行ってもらえないかしら?」
大地の聖刀『青龍』は兎奇子との戦闘中に鶴ヶ城のほうへ落ちて行った。
「いやーそれは無理でしょう」
男は苦笑を浮かべた。
「会津は今日、籠城戦という局面に入った。こういうとき間者に気を付けるのは基本中の基本。知らない人間なんか城内に連れて行けるわけないだろ?」
「帰ろ、尚之助さま。あんたたち、あんまりこのへんをうろうろしない方がいいよ」
大きな足取りで八重はさっさと去って行ってしまった。帰り際に付き添いの男が片手でごめんねのポーズを作って帰っていった。
取り残された大地と岬。
「お城に入れるチャンスかと思ったのにな。いやでも、それはそれとして」
岬は小さくぴょんとはねた。
「憧れの人のひとり、山本八重に会えた。嬉しい」
「あ、有名な人なんだ」
「あとでたっぷり説明してあげるからね」
とりあえずちょっと元気が出たようで良かったが。
(僕ら撃ち殺されるところだったんだけどな)
月明かりに浮かぶ鶴ヶ城を眺めながら、大地は思った。
八重と尚之助は西出丸から城内へと帰っていった。
「尚之助さま、あしたの夜も夜襲をやるよ! もちろん、あさっても!」
「はいはい、わたしの姫さま、仰せのままに」
今日、8月23日。一日中戦い続けた山本八重。
しかし、ずんずんと前を行く彼女の足取りには、ひとつの疲れも感じられなかった。
「尚之助さま、わたし、このいくさ勝てそうな気がしているの!」




