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第35話 時空の果てへ

「うまくいかへんかったなあ」

 暗闇に浮かぶ兎奇子(ときこ)が残念そうにつぶやいた。

 銀色の、二つに束ねた長い髪が夜空に揺れている。

 未来人によって作られた、『人斬り』。


 光の階段のうえで容保と大地、岬、そしてたった今救い出した照が兎奇子(ときこ)と対峙した。


 容保たちが倒した龍は跡形もなく消え去っていた。


「お照はん、そんなに怖い目で見んといてえな」

「……あなたは我が殿に災いをなすもの。殿に近づくことはわたしが許しませぬ」


「災いはお前や」

 一瞬兎奇子(ときこ)の表情に何かが浮かんだように大地は感じたが、それが何なのかはわからない。


 兎奇子(ときこ)は空中を歩きこちらへゆっくりと向かってくる。

「こっちにはこっちの都合があるんや。どうしても新たな時の杭が必要やった」


「姉上、大丈夫ですよ」

 容保は照の前に立ち、彼女をかばう。


 大地は、肩で息をする容保の背中を見ていた。

 そして自分の横で薙刀を構える岬の様子を伺う。彼女もまた大きく消耗している。

(まずい……、僕たちはもう戦える状態じゃない)


「容保」

 大地は容保に向けてなにかをささやいた。

 容保がうなずく。


 にじりよる兎奇子。

「さ、早いとこ済ませましょか」


 そのとき容保の持つ白虎の聖刀の光が、4人全体を包み込んだ。

「大地、今だ」


 容保の言葉と共に、大地は青龍の聖刀を振りかざした。

「ここを離脱だ。飛んでいく方向はわかったものじゃないが、ここにいるよりはましだろう」


 青い光が生まれ、4人はさざえ堂の上空からまとめて飛ばされた。


 残された兎奇子(ときこ)は、遠ざかっていく白い光を笑って眺めている。

「あらら、やりよるね。けど甘いわ」


「追いかけてきた!」

 岬が叫んだ。


 会津若松の上空で4人と兎奇子(ときこ)の距離があっというまに縮まってしまう。


 容保は刀を構えたが、4人を気力で浮かせ続けるだけで精一杯に見える。


「容保、僕を飛ばせるか!」

「無茶を言うやつだ」

 大地の言葉に容保は刀を兎奇子(ときこ)に向けた。

 空中に浮かぶ大地が兎奇子(ときこ)に向かっていった。

 刀で戦ったことなどない大地だったが、決死の思いで切りつけた。


「素人はんは、どいててもらえるかあ?」

 兎奇子(ときこ)はまがまがしい笑みを浮かべて、大地の攻撃を槍で難なくはじき返した。

「そうれ!」


「ああ、青龍の聖刀が!」

 兎奇子(ときこ)の一撃。その衝撃で大地は刀を手放してしまった。


 刀は青い悲鳴のような輝きを放ちながら、鶴ヶ城の城内へと落ちて行った。


「よりによって、ものすごく回収しずらいところへ……!」

 岬が絶望と共に呻いた。


「姫さまー!」

 空の向こうから、軽やかな声と共に牛車が突如大地たちの前に現れた。

「かわひらこくん!」

 岬が驚いて叫ぶ。


 牛車の簾のなかから、かわひらこが姿を見せた。

「照姫さま、かわひらこただいま参上仕りました!」

「おお、かわひらこ来てくれたの?」


「赤べえの修復は済んだのか?」

 大地の呼びかけにかわひらこは振り向いた。


「半分くらいしか終わっていませんが、姫たちの危機を察知して、いてもたってもいられずにはせ参じたでおじゃる!」


「愛されとるねお照はん。結構なこっちゃ。で、ねずみ、来たはいいけど、お前さんに何ができんの?」


「治っていない赤べえの力を、わたしが補うでおじゃる」


「ねずみ……かわひらこのことを前もそう呼んでいたな。どういう意味だろう?」

 大地は疑問をもった。そしてそのときかわひらこの目が緑色に光り出していた。


「わたしもまた平安の秘術によって作られしものでおじゃる」

 かわひらこは赤べえの背に乗った。


「そうだったのか!」

「ただし戦闘能力は皆無!」

「……そうか」

 ちょっとがっかりした大地をしり目に、かわひらこの眼の光は強まった。

「行くでおじゃるよ、赤べえ!」


 兎奇子(ときこ)の後方に大きな光の渦が現れた。

「む……!」


「お前なんかどっか行けでおじゃる!」


 兎奇子(ときこ)が渦のほうへ吸い寄せられていく。


「あれは時間移動の時に現れる渦。もしかして時空のどこかにふっとばすつもりか?」

 大地はかわひらこと赤べえの意図を推測した。


「なんや……、この……!」

 高い推進力をもつ兎奇子(ときこ)をもってしても抗えないほどの吸い込みが発生している。


 うまくいくかに見えたが、このとき兎奇子(ときこ)の赤い目の禍々しい輝きが増して、銀の長髪が逆立った。

「ウチを……なめたらあかんよ」


 兎奇子(ときこ)の身体全体が輝きだした。咲き乱れる花のように。

「時空の藻屑になるんなら、アンタラも一緒や」


「うわ」

「きゃ」


 吸い込まれていく、光の渦に。兎奇子(ときこ)だけではなく、赤べえも、かわひらこも、容保も、照も、岬も、そして大地も。


 兎奇子(ときこ)の姿が消えた。渦の中に。そして赤べえとかわひらこが。


 赤べこは必死にもがくが、牛車と共に光の渦の向こうへ飲み込まれて行ってしまう。

「ぴぎゃー!」

「赤べえー!」

 岬が手を伸ばして叫ぶがやがて赤べえの姿は消えていった。


 そして容保と照も。

 大地は絶望と、恐怖と、そして悔しさの中でもがいた。 

 こんなところで、刺し違えて終わるのか

 せめて岬だけでも。大地が岬の腕をつかむ。彼女も大地にしがみついた。

「大ちゃん!」


 最期の時が迫る。


「姉上!」

「はい!」


 そのとき、照が玄武の短刀をかざした。黒い光が巻き起こる。光の渦を静止することはできない。しかし生み出したエネルギーで、いままさに吸い込まれようとする岬と大地を、強引に渦から押し出した。


「え……」


 渦が小さくなり始める。残された大地と岬が、容保の能力である白い光の残り火に包まれながら、ゆっくり下降していく。


「容保、照さん!」

 大地が叫ぶ。


「大地!」

 大きな声で、遠ざかる向こうから呼びかけるものがあった。容保だった。


「必ずまた会おうぞ、大地。わたしたちは決着をつけなければならない。聞こえるか、大地!」

「容保!」


 白い光が薄れ、大地と岬はゆっくりと地上におりた。


 全ての衝動が消えて残った静けさはとても不気味なものだった。

 ここはただの1868年8月23日。

 茫然と立ち尽くす大地と岬。


「とんでもないことになった」

 大地がつぶやく。


「世界の崩壊を防ぐどころじゃない。もう元の時代へ戻ることもできない。終わりだわ」

 岬は両手で顔を覆い嗚咽を漏らした。


 大地は岬の両肩に手を添える

「いや、何も終わっていない」

 それだけは分かっていた。


 松平容保、会津の殿様。あなたが望みを叶えるためには、くだらないこの僕を倒さなければならないでしょう。


 一緒にこの世界に来たもう一人の容保と照、そして平安時代から時空を修復するためにやってきたかわひらこと赤べえ。


 全員とはぐれた。


 ここにいるのは大地と岬のみ。大地の聖刀は失われた。


「OKわかった。最悪の事態だ」


 そして追い打ちをかけるように、大地と岬に向けて銃口を向ける人影があった。



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