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第34話 大地の選択

 岬が、大きなフォームで力いっぱい朱雀の薙刀を一閃した。


 彼女が放った炎の帯が羽ばたく鳥に姿を変えて、雄々しく龍に向かっていく。

 龍もまた引くことなく、吠えながら炎にぶつかっていった。


「僕の奥さん、凄いわー」

 空に巻き起こる爆発を見上げながら、大地が少しばかりの笑みさえ浮かべながらつぶやいた。炎の明るさが彼の顔を照らす。


「あなたの奥さんじゃない」

 大地の横で薙刀を相手に向けながら、岬が攻撃の効果を見定めようとする。

 大地も一緒に上空の龍を見据える。

「ダメージはあると思うよ、さっきより機嫌が悪そうだ」


 容保が戻って来た。

「岬殿、来てくれたか」

「遅くなりました容保さま」


 それから岬は、大地のほうを改めて振り向いた。

「あの龍を倒すのよ。そして照姫さまをお救いしましょう」

「君が言うと、できそうな気がするよ」


 龍は空でとぐろを巻いてこちらの出方を伺っていた。

 岬がにらみつける。

「打ちまくるしかないか。ただ、わたしの炎も無限じゃない。容保さまの飛行能力ほど極端ではないけれど体力の消耗がある」

「岬、あれだけ的が大きければいけないだろうか?」

 岬が大地をじっと見つめて、一瞬間を置いて彼の考えを理解する。


「あなたの能力で炎を増幅させるのね」

 空高くから再び龍が襲い掛かって来た。岬が横目で龍を静かな眼差しで見据える。

「できるだけひきつけるよ、大ちゃん」

「うん」


 充分に近づいたところで、岬は薙刀を振るい、炎の鳥を巻き起こした。

 そこに大地が青龍の刃を向ける。

「朱雀の炎!」

「青龍の叫び!」


 巨大化した炎が龍を捉えた。

 龍が吹き飛び恐ろしい咆哮をあげる


 今日という日に、この会津には無数の砲声が響いたが、そのどれよりも大きな轟音が夜空に響き渡った。


「やったか?」

 岬が期待を込めてささやく。


 朱雀の炎による煙が晴れていく向こうで、龍に初めて苦悶の表情が見て取れた。空中でもがくような動きをみせる。

 倒してはいないが、すぐには動けないほどの損傷は与えたようだ。

「あ、これチャンスだ。容保いけ!」

 大地が叫んだ。

 

「よし!」

 龍の動きが止まった隙をついて、容保が白い光とともに飛び上がった。まっすぐ玄武の黒球に向かっていく。


 あともう少しというところで、容保の身体を包む白い光が消えた。体力の限界が近いのだろう。


 ここまでかと思われたが、しかし彼は三重螺旋の階段にうまく着地して、そのまま走って駆け上る。


 そして黒球のすぐそばまで容保はたどり着き、龍のからだとつながれているように見える光の筋に向けて、刀を振り上げた。


 やったと思った次の瞬間、容保の身体が大きく横にはじけ飛んだ。

「容保!」

「容保さま!」


 龍の尾による苦し紛れの攻撃を、容保はまともに食らってしまった。


 投げ出された容保の身体が白く点滅して、残り少ない力を使って必死に落下速度を落とし、彼はどうにか光の階段に着地した。

 しかしうずくまり、立ち上がることはできない。


 そこへ龍が追撃してきた。

 黒い稲光が、龍の長いからだ全体を満たしていく。今まで以上のエネルギーを感じる。

 

 龍が雄たけびを上げると、黒い蛇のような光が龍の身体からほとばしり、螺旋を描いて容保たちに襲い掛かって来た。


 大地が茫然としてつぶやいた。

「ぶちきれた」


「このーーー!」

 岬が必死に薙刀を振り回した。炎の帯が大地たちの前に壁を作り出す。

 龍が生み出した黒い蛇のような衝撃波を、いくらかは岬の炎が相殺したものの、全部は受け切れなかった。


「うわああ!」

 攻撃を受けた三人は階段を転がり落ち、それぞれが必死に体をとどめた。


 起き上がった大地は頭を振って空を見上げた。龍は黒球付近に戻っている。今の攻撃は、あの化け物にとってもかなり負担のかかるものだったのかもしれない。

「おーい岬、容保、生きているかい?」


「生きているわ。すごく痛いけど」

「大地こそまだいけそうか」


 その声を聞いて大地は膝に手を突き、よっこいしょと立ち上がった。

「もうちょっとはやれるかなあ。さすがに帰りたいけどね」


 大地は両ひざに手を置いたまま龍の様子を眺めている。

「方法として考えられるのは、二通り……か?」


 彼は必死に頭に働かせている。

 容保と岬が振り返って大地の言葉の続きを待つ。


「龍の動きを足止めして、隙を作り、そのあいだに黒球と龍のつながりを攻撃して断つ。そのためには、容保か岬のどちらかの力を僕が増幅させるか……。さっきは二人とも惜しかった。確率がより高いのはどっちだろう?」

 容保と岬の顔を大地は見比べる。

 二人とも体力を消耗しているが、目の光は失っておらず、どちらもが『自分にボールをよこせ』と主張しているかのようだ。


 容保は思った。

 わたしが死ぬのは今日ではない。この世界のためにもう少しでも何かをすることができたなら、その時に死ぬのは仕方がない。でもそれは今日ではない。


 岬は思った。

 あの人にもう一度あいたい。大変だったんだよといって、笑いあいたい。

 いっぱいコロッケを作って、あの家で帰りを待つんだ。


 龍がまっすぐ降りてくる。


 容保と岬が気力を振りしぼって、振り向きざまに龍へと立ち向かった。

 容保が光と共に飛び上がり、岬が螺旋階段を駆け上る。

 二人の背中を目で追いながら、大地が聖刀の束を強く握りしめる。刃の青い光が強まる。


 再びすさまじい叫びが空に響き渡り、龍は黒い蛇をまとった。

「充電完了というわけだ」

 大地は龍をにらみつけた。それから光の階段を駆け上がった。

 

 怖くて仕方がなかった。

 

 自分の選択で運命が決まってしまう。しかしどちらも可能性は高くない。でも大地がやるしかない。

「やるぞ」


 大地は青龍の聖刀を天に向けて突き上げた。祈りとともに。

 龍は黒蛇の光とともに、この世の終わりの如き音をたてながらこちらに落ちてくる。


 大地がささやいた。

「僕が選ぶのは」

 容保と岬は、自分たち二人のあいだを駆ける大地に気づいた。

 彼はどの選択肢を選ぶ?


 三人と龍との距離が目前まで迫った時に、イナズマのような青い光が巻き起こった。

 大地の選択は。


「おめーだ、デカブツ」


 大地の刀からはなられた光がまっすぐ龍へと向かう。

「大地?」

「大ちゃん?」


 光を浴びた龍にたちまち異変が起きた。動きを制御できなくなった。自分自身の増幅されたエネルギーによってはるか遠くに吹き飛ばされる。

 黒球とつながっていた光は強引に引きちぎられた。


「うまくいった」

 大地は光の階段から飛び降りて龍の背中目掛けて落ちて行った。

 青い刃を下に向けたまっすぐ御落ちていく。彼は叫んだ。

「もういっちょう!」

 青い光がのたうちまわる龍の背中を再びとらえた


 龍は甲高い悲鳴を上げた。


 黒い蛇のような無数の光が龍の身体の中からあふれて、貫いた。大地の見ている前で龍の恐ろしくも美しい姿がずたずたに切り裂かれていく。

「お前は怒り狂ってパンク寸前まで黒球の力をため込んでいた。それを増幅すれば勝手に自滅するのではと考えた。思った通りだったよ」


 大地たちは見事に龍を討ち果たした。


「こんな方法があったのか」

「やった、大ちゃん……」

 安どした容保と岬はその場にへたりこんだ。


 崩れ去っていく龍を見送りながら、大地は自分たちを救ってくれた刀を握る手に力をこめた。自分の能力について考えていた。

(重ねがけができるのか……)


 さざえ堂の上空に静けさが戻り、そして三重螺旋の光の階段を三人は登った。

 三人が階段の頂点で玄武の黒球の前に立つと、それぞれの聖刀と黒球が共鳴しているのを感じた。

 黒球は一滴の墨を水面に落とした時のように滲んであっという薄まり、そして消えた。


 中からは膝を抱えた照が現れた

「姉上!」

 容保が飛び出して、照を抱きかかえる。

「姉上、聞こえますか、姉上」


 彼の呼びかけに照はゆっくりと目を開けた。

 大地と岬はその様子をみて、ほっと胸をなでおろした。大丈夫そうだ。

 

 眠りから覚めたばかりの照はぼんやりと容保を見つめた。

「殿、お久しぶりにございます」

「無事でよかった……姉上!」


 そのとき不気味な声が背後から聞こえてきた。

「かっこいいやないの、お三方。けど、お痛はあかんて」


 容保たちが驚いて振り返ると、夜のとばりが降りたばかりの会津の空に、双眸の赤い光が浮かんでいた。

 容保が叫ぶ。

兎奇子(ときこ)か……!」

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