第29話 さざえ堂へ
「ねえねえ、お姉さんどこから来たの?」
「このあとお茶飲もうよ」
「粟まんじゅう好き?」
七日町をあとにした容保たち。三人を運ぶために荷車を押してくれている若者たちは、きれいな顔立ちの岬に興味津々のようで、ガタゴトと走りながら彼女に声をかけてきた。
「あ、粟まんじゅうは大好きです」
「そうなの? これあげるよ。食べて食べて」
黄色いまんじゅうを受け取って岬は苦笑い。
となりの大地は、彼女がさきほどから元気がないなと感じていた。
「君たち、全速力で荷車を押しながらナンパするその根性とフィジカルは見上げたものだが、岬は僕の嫁だ」
「なんだおめは」
「落っことすぞ」
とてもなごやかな雰囲気で蚕養国神社を目指していたが、その途中で西軍と思しき数名と接触してしまった。ひとりが黒いもふもふを頭からかぶっている。
岬が朱雀の薙刀を振り回した。火炎放射で威嚇する。
「黒ということは……薩摩か。ケガはさせたくない。お願いあっちに行って。この、この、この!」
兵士たちがひるんだ隙にその場を離脱した。
その不思議な術をみて、若い男たちは目を丸くしていた。
その後は誰にも会わずに、蚕養国神社にたどり着いた。ここの敷地の林の中に、傷ついた赤べえとかわひらこが潜んでいるはず。
岬が若い男たちに礼を言った。
「みなさんありがとう!」
「……たいしたことないです。あのうちらこれで帰っていいですか?」
「え、忙しい? わたしとしては、もうすこしの乗せてもらえると助かるのだけど……」
「そっすか。じゃ、いいです。はい、従います」
若い男たちは怯えた目で岬を見ていた。
荷車を待たせて、三人はかわひらこたちを探した。
元の場所にはいなかった。
しばらく林の中を探して、奥まったところでようやく見つけた。
「みなさんがいないあいだ、たくさんの兵士が行きかい、戦闘があったようでした。銃弾が目の前の木に当たって、おっかないから移動したおじゃる」
「そうか。そなたらも大変だったな」
容保がかわひらこをねぎらう。
大地が七日町で聞いた話をかわひらこに伝えた。兎奇子が現れて、照をさざえ堂に連れ去ったという。
「……で、検断さんの好意で、ここまで送ってもらったんだ」
「なるほど、そちらでも大変だったようでおじゃるな」
かわひらこと赤べえそれからとなりの牛車が淡い光を放ち続けている。
兎奇子と寅太によって受けたダメージの修復が、ゆっくりと進んでいるようであった。
横たわる赤べえが弱弱しい眼差して大地たちを見ていた。
「赤べえが『乗ったのか……おれ以外の車に……』って顔で岬を見ている」
大地の言葉に岬は吹きだしてしまい、彼の背中を勢いよくぱこーんと叩いた。
「こんなときにくだらないこというな。……ぷふうっ!」
「いや笑ってんじゃん。岬さん笑ってんじゃん」
「これ食べるかな。はい、赤べえ」
岬が、さっきもらった粟まんじゅうを小袖の袂から取り出した。
まんじゅうを赤べえの口元にもっていくと、赤べえのつぶらな瞳がきらりと光った。
「あ、食べてる食べてる、良かったおいしそう」
容保がかわひらこにたずねた。
「さざえ堂に何があるのだろうか。どうして姉上はその場所へ連れ去られたのだろう?」
「どうでしょう……。推測はできるでおじゃるが」
二人が話しているあいだ、大地はうつむいている岬の横顔を見ていた。
「行くのはいや?」
岬は小さくうなずいた。
「行くしかないのは分かっている。でも、さざえ堂のすぐ近くで、今日8月23日に何が起きているかをわたしは知っている。それを思うと」
「岬はここでかわひらこたちと一緒に待っている?」
彼女は首を振ってそれを拒んだ。
待たせていた荷車に容保と大地、岬が乗り込んだ。
岬がカラ元気で若者に声をかける。
「さあ、もうひとがんばりお願い!」
「へい、あね様!」
そして飯盛山のふもとにたどり着いた。荷車の若者たちはここで帰ってもらうことにした。
彼らに手を振り、飯盛山の細い参道を登っていく。
緩い坂道を進むと、森の向こうに高い木造建築の先端が見えることに大地が気づいた。
「あれだな。……なんか光ってない?」
さざえ堂の前に立って、三人は見上げた。
貝殻の形にも似た、不思議な塔。
今は水色に光り、普通の状態でないことは明らかだった。
「大地殿、岬殿」
容保が二人を呼ぶ声は低く、抗いがたいものがあった。
「一刻を争う状況であることは理解している。姉上のことがとても気にかかる。しかしわたしはその前に、この目で見ておかなければならないものがある」
岬の顔はとても青ざめていた。
「白虎隊士中二番隊のみなさまのところへ行くのですか?」
飯盛山の山中で白虎隊が自刃を遂げたのは8月23日の11時ころと伝わる。この日の午前中。
日が傾き、間もなく夕暮れ時を迎えようとしていた。
この近くに今も彼らは。
容保はうなずく。
「もうひとりのわたしが出陣の命を彼らに与えた、その結果だ。わたしは見ておかなければならないだろう」
「容保さま、わたしはここにいます。わたしはきっと、とてもその光景に耐えることはできない」
「わかったよ、岬殿。そなたたちはここにいてくれ。わたしがひとりで行こう」
容保は大地と岬を残して、さざえ堂の前を離れた。
そして細道をゆっくりとした足取りでたどっていく。
風に乗って、ほんのわずかに血の匂いを感じた。歩みを進めるにしたがって、においは段々とはっきりしたものになっていった。
気づくと大地が容保の横を歩いていた。
「大地殿……?」
「殿様、僕もついていくよ。あんただって一人ではつらかろう」




