第27話 都みたくばここまでござれ、今に会津が江戸になる
大地はひとりで七日町の往来をもう一度あるいた。
破壊されたこの町の人々は、みんな自分のことに精一杯で大地のことなど誰も見向きもしない。
絶望の中にある民衆の顔を大地はひとりひとり眺めながら歩き回った。
大地は戦争を始めて目の当たりにした。けれど世代的に、被災地なら見たことがある。中学のとき、大地の世界でも震災があった。人間の美しさと汚さの両方を嫌というほど見せつけられた。
『自分が一番大変だった』とは、大地も言ってしまったことがある。うちの町のほうが被害が大きかった。僕の時代のほうが大変だった。
そういう醜い循環から降りたいと思うこともあるけれど、なかなかうまくいかない。
七日町の人々を前にして、大地はそんなことを思った。
ちいさな子供が一人で泣いていた。
「おー、どした。親は……いないのか」
大地はしゃがんでその子の頭を撫でた。はぐれてしまったのか、それとも……。
「それ、何をもっているの?」
「凧……壊れちゃった。お父うと飛ばす約束してたのに」
「あー、それは残念だったなあ。飛ばして遊びたかったなあ」
大きな凧の竹ひごは折れて、和紙の部分も裂けてしまっていたが、柄は判別できる。
「へえ、面白いねこの凧。でっかい顔じゃん。ベロ出しているじゃん」
大地はその奇妙な凧の顔をまねて、子供に見せた。少しだけ笑ってくれた。
町民に声をかけて回っている男性がいた。立ち振る舞いでひと目でわかった。彼が会津若松の商人たちの責任者だ。
「あとはわしが保護します」
「お願いします」
大地は子供をその男性に預けた。
それから、何人かと立ち話をした。
さきほど容保のことを非難していたものにも、大地は平気で声をかけた。
「そうそう容保はひどい奴だよね」
話をあわせて一緒に笑い、それからついでのように尋ねた。
「山吹色の着物を着た女性を見なかった? 背はそんなに高くない」
照さんを探さなければ。容保はどうも好きになれないけれど、照さんは別。彼女には一宿一飯の恩義がある。それに照さんは、大地の気持ちが分かると言ってくれた。とても嬉しかった。
近所のお寺の坊さんとも話した。彼の寺の境内では焼け出された人々に食事を提供していた。大きな鍋の前に長い行列ができていた。
「その女性は残念ながら見ていないが、こういうときはいろいろ妙な人間が行きかう」
「そうですか」
言外に「お前もな」と言われているのは分かったが、大地は気にしなかった。
「昔から、戦場では奇妙な人を見かけることがあるそうです。ぱっと見は人間で、戦いに参加しているのだが、表情や動きにどうも違和感がある。あれは人間だろうか、違うような気がする。それは何か精霊のようなもので、人の形を借りて自分たちを助けに来てくださったのではないか。そのような体験は古くからいくつも伝わる」
「なるほど」
それはきっと自分たちと同じような、他の時代からやってきた者だろう。大地は想像した。
「もしかして、こう……、銀色の長い髪の毛を二つに束ねたひとがいましたか?」
「そう、まさにそれです。いました」
兎奇子だ。鶴ヶ城の上空で大地たちは襲撃をうけた。
遥かな未来からやって来た、人ではないもの。
大地はお坊さんに礼を言って寺を出た。それからさらに、町の人々に話を聞いた。
兎奇子が七日町をうろついていたのであれば、ここに何かしらのヒントが残っている可能性はある。
上州(群馬県のあたり)から来たという商人のグループがいた。
「こんなときになんだけど、何か買うか?」
彼らは旅商人でありながら帯刀していた。
大地は紺色の風呂敷の上に広げられた品物を眺めた。
「品揃えいいね。今日まで結構儲かったんじゃない?」
「まあまあだったねえ。あとは上手に逃げるだけさ、死んだら元も子もない。この町はもうだめだ。『都みたくばここまでござれ、今に会津が江戸になる』なんて、今にして思えばきつい冗談だった」
「なにそれ」
「そういう歌が流行ったのさ。江戸やそこらからたくさん人がやってきて、一時期は確かににぎわった。こんな田舎があんなににぎわったのは最初で最後なんじゃないかい?」
「ふうん」
大地は感情のない返事をした。
「ところでさっきから気になっていたんだけど、このかんざしいいね。僕にちょっと見せてくれないかな?」
「兄さんお目が高いね。ほれ、女にあげるといいよ」
大地はかんざしを手にして眺めた。
「どうだい?」
「これは僕が知っている人の持ち物だね。間違いないよ。ねえ、これどうしたの?」
照が身に着けていた、菊の花のかんざし。
商人たちの目つきが変わった。




