第23話 火中の栗
会津の家老田中土佐は、松平容保が京都守護職を引き受けたと聞いたとき、撤回するよう必死に頼んだ。
「そなたたちの言い分はわかる。これは危険な務め。しかし誰かがやらなければならないのだ」
「我らでなければならないのですか?」
長い話し合いのなかで、『火中の栗を拾うようなもの』という言葉が出た。
焚火で栗を焼くとき、手を突っ込んでそれを取ろうとするのは誰が考えても危ない。火でやけどをする危険がある。栗そのものもとても熱い。熱いかどうか確かめるまでもない。
そのような、危険と分かりきっていることを、どうして自分たちが引き受けなければならないのか。
もうひとつ言えば、危険な思いをして栗を取りだすことができたとして、その栗をおいしく食べることができるのは会津ではないことがあきらかだった。
ちなみに、土佐は栗があまり好きではなかった。このとき容保のもとに同行した同じく家老の西郷頼母がどうだったかは聞かずじまいだったが。
『栗を食べること』ができなくとも、そこは気にならない。容保の身を、会津の行く末を土佐はただ案じた。
その後、神保内蔵助と今後のことについて話し合った。彼もまた会津の家老職。
「殿の意志は変わらんかった」
「どうにかなんねえのかよ、土佐。体調とか、何か理由をつけて出発を遅らせるのはどうよ?」
事実、容保は体が弱い。だからこそか、彼は体調を理由に持ち出すことを良しとしなかった。仮病であれば、むしろ堂々と言えたのかもしれない。
「あの人はそうしないだろうよ。我らが殿を支えるしかない。なに、案ずるな内蔵助、わしは何とかなるような気がしている。京で治安を乱しているものどもなど、地に足のつかぬ連中ばかり。流行に乗って騒いでいるだけだ。自分の身が危うくなったら意見などすぐ変わって、徳川にしっぽを振るのであろう」
「そ……そうか?」
しかし、その後起こったことは土佐の言葉とは違っていた。
260年続いた徳川幕府。それは永遠に続くのだろうというのが当時の一般的な感覚だった。
外国との国交を制限した『鎖国』と呼ばれる状態も、すくなくとも庶民にとっては永遠と思われた。
しかし、それらは崩れ去る時が来た。海外諸国とのあらたな通商条約の締結。これからの日本の進む道について、意見が割れて、対立が始まった。そして帝のおわす京の治安悪化が深刻な問題となり、京を守るための新たなる役職『京都守護職』が新設された。
容保は、会津は、その役目に選ばれたのだ。
それが6年前。
そしていま、敵は鶴ヶ城の目前まで迫ってきていた。お城に続く道を塞ぐ最後の関門として、田中土佐、神保内蔵助の両名が指揮する会津兵は各門を死守する役目を容保より賜った。
土佐は緊張した表情の容保に言った。
「確かに大変な事態ですが、そこまで悲観したものでもない。敵は急ぎすぎです。一気に決めることばかり考えて配置がめちゃくちゃだ。ゆっくりと着実に陣を進めてこられる方がわしは嫌でした。最初の猛攻撃を防ぎきることができたら、この状況はそのまま会津の好機となるでしょう」
敵が急いでいるのは確かだった。四方に散っている国境沿いから会津の主力が戻ってきたら、西軍にとって面倒なことになる。
それまでに決着をつけたい。具体的には、山川大蔵が日光口から戻ってくる前にだったろう。
そしてやはりまた、土佐の言葉とは違う結果となったのである。
「その繰り返しだったなあ」
いま、田中土佐はこれまでのことを思い返す。炎に包まれた屋敷の中で。
傍らには、自分と同じように傷つき土埃にまみれた神保内蔵助がいた。
薩摩と長州が同盟を結ぶなんて思わなかった。
鳥羽伏見で徳川が敗れるなんて思わなかった。
江戸が無血開城するなんて思わなかった。
白河小峰城を奪われるなんて思わなかった。
母成峠を突破されるなんて思わなかった。
260年も続いた徳川幕府が消えてなくなるようなことが、あるはずないと思っていた。
京都守護職を受けてから、まさかたった6年後に、薩摩や長州、土佐、肥後、西の諸藩が會津まではるばるやってきて、城下に攻め込むなんてことが現実に起ころうとは。
「わしは殿の考えに必ず反対した。さぞ五月蠅かったことだろう。しかし、わたしの言葉はいつも受け入れられなかった。そして決まったからには、これで正しいのだと周囲には言った。真逆に論調を変えた。わしが内心反対であったことなど部下は知らなかっただろう。……わしが陰口など叩いていたら、会津はとてもまとまらないからな。だから、自分に言い聞かせるように……いや違う、だましていたのだろうな。自分自身を」
けれど容保には見透かされていただろう。土佐が本当は自分に反対しているのだということを。
容保の土佐を見る目は、よくできたからくり人形を眺めているようだと彼は感じていた。
果たして、どうすればよかったのだろうか?
京都守護職拝命のとき、共に容保の元に赴いた西郷頼母は、彼は彼でまた極端だった。まっこうからひたすら殿に反対した。天元星のごとくゆるぎなく激しい正論は、しかし鋭すぎた。殿に疎まれ、京にもついていかなかった。
あれが正解だったとも土佐には思えない。
ではいったいどうすれば。
もしやりなおすことができるならば、もう一度容保に生きて会うことが叶うならば。
「そうだ」
「どうした? 土佐」
「うむ、わしはな内蔵助、うっすらと考えていたことがあるのだ。もしかしてわしらの運命はもう道筋が、終着が、決まっていたのではなかろうかと」
「そんなことはない。日々の新たな積み重ねで未来は変わる」
「それが人として正しい考え方だろう。だがな、わしは投げやりになってこんなことを言っているのではない。自分がなにをどうしても結論が決まっているという考え方は、わしにとって救いだ」
「……わからないな」
「わしはこの何年か、未来の心配ばかりしていた。しかし、もしこの結末が決まっていたのだとしたら、何をどうしても防ぎようがない、どうにもならないさだめだったのであれば、文句など言わずに、わしは目の前の殿をもっと励ましたかった。ほめてあげたかった。あなたは間違っていない。くじけるな、突き進め、信念を貫け……と。内蔵助、田中土佐は悔いを残して死んで行くぞ」
会津松平家家老田中土佐、神保内蔵助。
長く容保を支えてきた会津藩の重臣二人。
鶴ヶ城は外堀を持つ。
堀の内側が基本的には武士階級の居住区。
堀の内側に入るための門は全部で16ある。
いま、そのうちの甲賀口、六日口を敵兵に突破された。
甲賀門の近くの屋敷のなかで、田中土佐と神保内蔵助は門を守り切れなかった責任をとり、自決する覚悟を決めた。
この炎が我らの身を潔く焼いてくれるだろう。
「内蔵助つきあえ」
「お供しよう」
内蔵助はそう言ってから、言葉を付け足した。
「土佐にはいままで嫌な役目をさせてしまった。悪かったな」
土佐はそれを聞いて、しばらく内蔵助を見つめた。
「どうした?」
「内蔵助……お前は大した男だ」
二人は脇差を抜いた。
土佐と内蔵助はそれぞれ自分の首と、腹部を貫いた。その所作には何のよどみもなかった。
血がながれ、土佐がうつぶせに倒れた。そして内蔵助も仰向けに倒れた。
薄れゆく意識の中、静かに炎を眺めていた土佐は足音を聞いたような気がした。気のせいだろう、彼は思った。
こんな状況で入ってくるなんて危険にもほどがある。それではまるで、火中の栗を拾うようなものだ。
(栗は好かん……)
最後に土佐は思った。
内蔵助にも足音のようなものは聞こえていた。動かなくなった土佐を見つめていると、その音は近づいてくるようであった。
「土佐……、内蔵助……!」
(まさか……)
内蔵助は思った。
二人の前に、こんなところにいるはずがない松平容保が姿をあらわした。




