第22話 武士として最後にできること
「だいじょぶか? おまえどっか痛くないか? 水飲むか?」
目を覚ました若者に、大地は懸命に声をかけた。
旅籠のおじさんが顔を出して、茶碗に水を持ってきてくれた。
焦点の定まらない目で、彼は大地たちを見回す。
彼が少し話せるようになるまでは、しばらく待たなければならなかった。
大地が彼に名前を聞いた。彼が言った名前を聞いても、岬は何も言わなかった。
経緯を聞くと虚ろな声ではあったが、彼は話してくれた。岬の想像通りだった。
白虎隊士中二番隊である彼は、飯盛山で仲間と話し合ったあと、鶴ヶ城への帰還を目指した。
彼以外にも数名が飯盛山から離れたが、敵に追いかけまわされるうちにはぐれてしまったらしい。そして力尽きた彼は大地たちの前でついに倒れてしまったのだ。
「わたしにはもう、会津の武士としてできることがありませぬ……。父母の恩義、故郷の恩義に報いる方法がありませぬ。立派に死ぬこと以外……」
大地は彼に死なないでくれと言った。彼らしくバカ正直に。しかし白虎隊士はもう一度答えた。立派に死にたいと。
「武士としてできることがもうないんだったら、ただの人として生きればいいじゃん。どうしてそれがだめなのさ」
大地はどうにかして説得しようとした。岬も、彼女は大地よりはこの白虎隊士の思考がわかるので、それがかえって何を言えばいいのかわからなくさせたが、それでも懸命に言葉を重ねた。
容保も、そんな二人を見ていられなかったのか彼に語り掛けた。
「この二人はどうしてもそなたに生きてほしいという。これはそなたの縁じゃ。どうだろう、考え直しては見ぬか?」
それでも彼の意志は変わらなかった。とはいっても刀を奪われていてどうすることもできず、やがて体力の限界などとうに超えている彼はふたたび眠りに落ちた。
旅籠の中に静けさが戻り、座ってうつむく容保は眉間にしわを寄せて、何か苦しさに耐えているようだった。
大地が容保に声をかけた。
「殿様、あんたも具合悪いんじゃないのかい?」
「ろくな言葉が出てこなかったよ。武士として、死ぬべき時というものはあるが、生きるべき時もまたある。わたしとて、できれば生きながらえてほしい。しかしわたしの言葉は届かなかった。君主という立場がなければ、わたしの言葉は人を動かす力を持たない」
岬が容保に尋ねた。
「わたしたちはどうしたら良いのでしょう。行方の分からない照姫さまも気になります」
容保は岬の問いに答えず、すっと立ち上がり、外に出て行こうとした。
「容保さま?」
「少し一人にしてくれ。大丈夫、すぐにもどるから」
雨戸が閉められ薄暗い旅籠のなかで、大地と岬、そして眠る若者だけになった。
大地が振り向いて若者のほうを見た。
「念のため、彼の手を縄か何かで縛ったほうがいいかもしれない」
「縛るの? なんだかかわいそう」
「子供を縛るのは僕だって気が引けるかな。でも話してわかった、彼は大人だ。僕よりもずっと。だから大人と大人として、最善だと思う対応を彼に対してはする。……子ども扱いして、悪いことをした」
「わたしは……いろんなこと考えちゃったよ」
「へえ、どんな?」
「わたしの世界で、白虎隊のおはなしは子供のころから聞いて育ったからさ。ずっと思ってた。もしわたしが白虎隊に会えたら、彼らに生きてくださいと伝えたいって。すこしでも介抱してあげたいって。願いが叶ったというのとはまた違うけれど、思いが少しだけ満たされた。あなたは気に入らないかもしれないけれど、わたしの白虎隊のみなさまに対する思い入れというのはとても深い。もしわたしたちが一日前のこの世界にやってきていたら、わたしはどんなことをしてでも白虎隊を助けようとしたかもしれない」
「そっか……。うん、君の考え方は尊重するよ」
「あとは……、必死に声をかけているあなたを見て、やさしいなあ、って思った」
大地は岬の言葉にどきっとした。
「急になんだよ。……調子狂うなあ」
「へへへ」
容保は一人で城下を歩いていた。遠くで銃声など音は聞こえるが、ここまでは誰ともすれちがっていない。いくつかの屋敷は燃えていた。煙のにおいが途絶えない。
まだ焼けていない屋敷からも、人の気配は感じない。
「籠城か……、わたしの家臣は無事なのだろうか」
向こうに見える鶴ヶ城を見てつぶやいた。
恐らく武士階級のものたちは、家族を含めてお城に入っているのだろう。容保は思った。そして、もう一人の松平容保もそこにいる。
このような、いざというときの段取りはあらかじめ決めてあるものだ。以前、会津での籠城戦に備えた評定(会議)があり、容保も松平家家臣たちの議論を聞いていた。
そのとき、家臣たちの何人かがイライラしながら話していたことを覚えている。
話し合っていた内容はもっともなことだったのだが、何が気に障っていたのだろうか。容保はそのときの居心地の悪さと共に、評定の内容を思い出そうとした。
ああ、そうだ。『縁起でもない』だった。
例外はあれども、籠城戦はどうしても最後の手段という印象がある。そこまで会津が追いつめられることを前提で話し合いをすることは縁起でもなく、容保の前でそんな話題に触れることは、不謹慎とすら言えるのではないか。そんな意見が出た。
一応話し合いは続けられた。そして結論らしきものも出たが、『こんな案で、いざという時万全の対応ができるものだろうか?』という空気はその場を覆いつくしていた。
(そして、打ちひしがれていたこのときの容保がそれを知ってしまったら、より彼を追い詰めることになっただろうから、知らずにいられたことは僅かばかりの幸いだったとも言えるのだが)実際、この籠城の段取りは良くなかった。遅かった。たくさんの悲劇が起きていた。
「甲賀門口か」
容保は、石垣と門を見て自分がいる場所を正確に理解した。
こちらに向かってくる人の気配を感じて、容保は隠れる場所を探して、近くの屋敷の庭先へと飛び込んだ。
敵兵が三人、容保が隠れた場所のすぐそばを駆け抜けていった。
遠くまで行ったことを確認して、容保は路上に出ようとしたが、なぜか立ち止まり振り向いた。
一部が燃えているその屋敷の中に、気配があったような気がした。すぐに立ち去るべき危険な状況だったけれど、どうしても気になった容保は煙に顔をしかめながら、屋敷の奥へと進んだ。
それは彼の運命だったかも知れない。




