第21話 白虎隊士中二番隊の決断
岬は容保に話し続けた。少し過去の世界からやって来たもう一人の彼は知らない、白虎隊の物語を。
「彼らを率いていた白虎隊士中二番隊副隊長の名は篠田儀三郎。必死の思いでたどり着いた飯盛山からは市街地の様子がよく見えました。わたしたちが空から見た景色。鶴ヶ城の周りの武家屋敷からは火災が発生。町は煙に包まれた」
容保は硬い表情で話を聞いている。
大地も、いまだ意識を取り戻さない少年を見守りながら聞いていた。この少年はおそらくその白虎隊のひとりだという。
「生まれ育った故郷が破壊されていくのを見ながら、白虎隊士中二番隊の隊士たちの間では議論が行われたと言われています。自分たちはこれからどうするべきか」
大地が岬のほうに顔を向けた。
「それは……どうやってお城に戻るかということ? もしくはどこで敵を迎え撃つべきか……」
歴史の違う未来からやってきた彼にとっても、それは初めて聞くはなし。
大地は言葉を続ける。
「いや……でも、この子の様子を見るに、もう戦うなんて無理だったろうな」
それを聞きながら、岬は容保のほうを見た。その表情を見てわかった。容保さまは話の結末にもう気づいている。彼女は答えた。
「彼らが話し合ったのは、もう一つの選択肢について。それは、ここで死ぬこと。自ら命を絶つということ」
「え……、自殺したの? どうして?」
「自殺ではない、それは……」
岬は大地の言葉を訂正しようとした。武士の自刃、自決は、21世紀の人間が考える自殺とはまるで違う価値観によるもの。そう言おうとしたが、そのとき彼女の脳裏にさきほどの、目の前で少年が自分ののどに刃を突き立てようとする恐ろしい光景が浮かび、岬は打ち消すように目を強く閉じた。
「違わないわね。少なくとも、未来に生まれて、武士ではないわたしたちから見れば。どうしてそんなことをと大ちゃんが思うのも当然。でも彼らにとってそれはありえることだった。もう自分たちに戦う力はない。これ以上は味方の足手まといになる。そう判断した時、武士は自ら死ぬ」
「だいじょうぶか、岬?」
大地は顔色の悪い岬を案じた。
「ありがとう、わたしは大丈夫よ。わたしの住む世界の飯盛山には、白虎隊のお墓があります。そこで自刃された方々のお墓。いまもたくさんの人々が訪れる」
「白虎隊は21世紀でも有名なんだ」
「会津戦争の悲劇の象徴、会津武士の誇り高さの象徴とされているわ。わたしの卒業した小学校の歌詞にこんな一節があった。『勇気に満ちし白虎隊。朽ちぬその名の尊さを、高く掲げんこの庭に』」
「嫌な話だ」
座っていた大地は深くうつむいていた。
「大ちゃん?」
「聞く人によっては感動的なはなしと受け取りそうなところが、すごくいやだ。僕はそんなことでとても感動できない。たとえ可能性は低かったとしても、生きるために最後まで全力を尽くしてほしかった。みんなで一緒に死ぬなんて、きっと嫌だった子もいた。そんな同調圧力、僕は反吐がでる」
「あなたの気持ちはわかるけど、そこだけは訂正させて。彼らはむしろ、同調圧力で決めないように、一人一人が自分の考えに基づいて行動できるように、話し合った。理性的であろうとした。篠田儀三郎さまが懸命に取りまとめた。最期の力を振り絞った。たった17歳の彼が」
そして岬は眠る少年を見つめた。
「おそらくこの子はお城に戻ることを進言して、別行動をとった白虎隊士」
大地も少年を見た。彼の頬には涙がつたっていた。
「そっかあ……。ここまで歩いてきて力尽きちゃったんだなあ。きっと無理なことは自分でもわかっていた。仲間を置いていくことがきっとすごくいやだった。それでもこの子は、お城に一歩でも近づこうとしたんだな。偉かったなあ。死ぬことを決めた子たちもそれぞれが頑張った結果なんだろうけど、でもやっぱり生きてほしかったなあ……」
「わたしは、21世紀の会津若松で、飯盛山の彼らがいた場所からお城を見たことがある。遠いのよ。白虎隊の隊士たちは前の日に敵と戦って、大勢仲間が死ぬところを見た。自分たちも重傷を負っていた。一晩眠ることなどできずに歩き続けて、何も食べていない。飯盛山にたどり着くために洞門をくぐったのだけれど、そのとき冷たい水に体をひたし体温を奪われた。体力の限界だった。その状態で見た鶴ヶ城は彼らにとってあまりに遠かった。ここまででいいんじゃないかと決断した気持ちをわたしは責めることなどできない。最後にお城をみることができたのは彼らにとってきっと救いだった」
「ねえ岬、僕らはどうすればいい。僕は彼に生きてほしい。でもさっきの様子だと、この子は目を覚ましたらきっとまた死のうとする」
大地に問われても、岬はどうしていいか分からなかった。
大地は、黙っている岬から容保のほうにゆっくりと視線を移し、そして尋ねた。
「なあ殿様、さっき僕があの子の自殺を止めようとしたとき、あんたどうして何もしなかった?」
ずっと黙っていた容保は重い口を開いた。
「この者は若くとも一人の武士である。武士がきめたことだ。わたしもこの者の気持ちがわかる」
「見殺しにすることが正しいっていうのか?」
「大ちゃん、容保さまは武士の世界の常識でいえば、普通とされていることしか言っていない」
岬は大地を押しとどめようとして、しかし彼女もまた容保に言わずにはいられなかった。
「しかし容保さま、こうして目の当たりにすると、わたしも受け入れることができません」
そのとき、少年の瞼がわずかに動いた。
大地がそれに気づいた。
「気が付いたか」
*作中の校歌は、会津若松市立鶴城小学校の校歌を引用させていただきました。




