第20話 白虎隊と容保
煙の臭いが会津の町の全体を覆っていた。その向こうに霞む鶴ヶ城には、この時代の、もう一人の松平容保、そして照姫がいる。
刀を構え、おぼつかない足取りで、一歩、二歩とこちらに近づいてくる黒い隊服を纏った少年。しかし彼はそこで立ち止まり動かなくなった。
大地と岬は、緊迫した表情で少年の様子を伺っていた。
容保も同じようにしていたが、なにか、他の二人とは違うことを考えているようである。
少年は突然、持っていた刀を自分ののどに突き立てようとした。
「きゃああああ!」
岬が悲鳴を上げて両手で顔を覆う。彼女はその場にしゃがみこんだ。
数秒ののち、岬が恐る恐る顔を上げたとき彼女が見たものは、少年の腕を捕まえて必死に止めようとする大地だった。
「落ち着け、バカなことはやめるんだ!」
大地は必死の形相で、振り払おうとする少年の腕にしがみついていた。
「殿様、手伝ってくれ。この子の刀を奪うんだ!」
大地は叫んだ。しかし容保は動かずに、ただ立ち尽くしていた。
「おい、何やってんだよ、殿様!」
しばらく大地と少年は組みあい、そうしているうちに、急に少年が倒れた。大地があわてて受け止めた。刀は少年の手を離れて地面に転がった。
大地は荒い息をはきながら、地面の刀を見ていた。それから容保のほうに顔を向けた。
大地が何か言おうとしたときに気配を感じた。彼が振り向くと、傍の家屋から覗いている年老いた男がいた。
「何騒いでんだ?」
男が怪訝な顔で尋ねた。
「少し、中で休ませてもらえないでしょうか?」
岬の言葉に、老人は容保たちのことをじろじろ見てから、扉を開いた。
「早く入れ」
大地が少年を担ぎ、岬と容保と共に、扉のなかへ入っていった。
その建物は旅籠、21世紀でいう旅館だった。
「すぐに出て行ってくれ。こんなときに侍をかくまうなんて冗談じゃない」
「おじさん僕らは」
「言うな! おめらが何者かなんて知りたくねえ」
大地の言葉を老人が強くさえぎった
「だったらどうして僕たちを助けたのさ」
「その子が、むずせかったからだ」
老人は、土間に敷かれた藁の上で意識が戻らずに横たわる少年を怒ったような目つきで見つめた。
大地も少年を見た。
(そうだよね。こんな高校生くらいの子が、かわいそうだった)
「町は大騒ぎだね。おじさんは逃げないの?」
「いろいろ、やんなきゃなんねことがあんだ!」
「怒んないでよ。休んだら出て行くからさ。ありがとね、おじさん」
岬は膝を抱えて座り、さきほどから少年のことを言葉を発せずにずっと見ていた。
彼女はこの少年が何者かを知っている。彼女だけが、この世界の未来に伝わる歴史を知っていた。
白虎隊。
岬は土間の隅で立ったままの容保に声をかけた。
「この少年は恐らく、かた……あなたのお顔を知っています。可能ならば隠したほうが良いかと」
「そうなのか。……わかった」
老人の前で名前を呼び掛けて思いとどまった岬に、容保は返事をした。
容保は老人に言って手ごろな笠を貸してもらい、それを頭に被った。
「あつかましい」
老人はぶつぶついいながら奥へと下がっていった。
そして容保は岬に尋ねた。
「この少年のことを教えてくれないだろうか、岬殿」
「僕も知らない。聞かせてくれないか?」
容保とともにそう聞いてきた大地を眺めながら、岬は思った。
そうか、会津戦争が起こらなかった大ちゃんの世界では白虎隊がいないのね。やはりそれを聞くと少しうらやましく思ってしまう。
そしていまここにいるもうひとりの容保さまは、鳥羽伏見の戦い以降のことを知らない。戦いの数か月後に編成された白虎隊のことは分からない。
わたしが説明するしかないのね。嫌な役目だ。松平容保に白虎隊に起こったことの説明をしなければならないなんて、本当に嫌な役目だ。
(容保の時代のころは年齢の数え方が21世紀とは違う。岬は容保に通じる言い方をした)
「京での大きな戦いの後、会津では軍制が変わっています。年齢ごとに隊を分ける形をとった。彼は白虎隊士中二番隊の兵でしょう。白虎隊は16歳と17歳で編成された一番若い部隊」
「白虎隊……」
容保は少年のほうを見つめながら呟いた。そして岬のほうを向いた。
「彼はなぜ一人だった?」
容保の静かな言葉は岬の心をより深くえぐった。
「ここからの話は推測が含まれます。白虎隊士中二番隊は昨日、戸ノ口原で西軍と交戦。残念ながら撤退しました」
「最前線にまで出たのか?」
「はい。本来白虎隊はあなたの警護など補佐的な任務が役目の隊でしたが、戦局が悪化して、また本人たちが強く希望したこともあり、出陣した。敵の激しい攻撃を受けて大きく人数が減った彼らは本日巳の刻(午前10時ころ)飯盛山にたどり着いた」




