第19話 会津戦争の町をさまようもう一人の容保、そして少年との出会い
「赤べえ、置いて行ってごめんなー。きっとすぐに戻って来っからなー」
岬は重傷を負って横たわる赤べえに寄り添って、抱きしめていた。目にすこし涙が浮かべながら。
赤べえはそんな彼女の様子を見つめながら「ぴぎゃ……、ぴぎゃ……」と弱弱しく鳴いている。
容保が岬の肩に手を置いて困ったように微笑んだ。岬は立ち上がって涙をぬぐった。
「お待たせしました。行きましょう、容保さま。照姫さまを探さなければ」
赤べえと牛車は深い林の奥に隠されていた。側ではかわひらこが坐禅のような型で座っている。
理屈は分からないが、修繕作業が始まっているようだった。
「かわひらこー、行ってくるよー」
大地が去り際に呼びかけると、薄目で座っていたかわひらこは目を開けて、彼に向けてウインクで返事をした。
三人で道を歩きだして少ししたころに大地が尋ねた。
「岬は、あんなに赤べえがLOVEだったんだね」
「わたしあの子大好きなのよー。いっつも健気でさー。この一か月の付き合いですっかり情が沸いてしまった」
「ああ、そういえば言っていたね。僕が江戸で休んでいたとき、君は赤べえと、かわひらことでいろいろなところを飛びまわっていた」
先頭を行く容保がまわりの街並みを見ていた。
「かわひらこたちが隠れている林は、蚕養国神社の敷地の端だったろうか?」
言われて、大地はあたりを確認した。
「えーと、お城があっちでしょ。あっちに小田山。そんであれが飯盛山」
岬も同じようにきょろきょろしてから、容保に返答した。
「容保さま、そのようですね」
よく考えれば3人とも会津の町を知っている。しかしそれはそれぞれが違う会津。
容保は江戸時代の会津。
岬は会津戦争の悲劇があった21世紀の会津。
そして大地は会津戦争の回避に成功した21世紀の会津。岬の知るものよりもはるかに発展していて人口は数倍の差がある。
各々が知る建物はまるで違ったので、鶴ヶ城と山の位置関係でだいたいの推測をした。
大地が岬に少し近づいてささやいた。
「磐梯山の形が少し違うね」
「噴火前だものね」
この時代から約20年後に磐梯山は噴火する。近隣の山村に大きな被害が出る。そこはふたつの会津のどちらでも共通しているようだった。
しかし容保にそのことをあえて言う必要はないと二人とも感じたのか、その話題は小声だった。
容保が振り返ってそんな二人を見ていた。
「どうした?」
「容保さま、何でもないです。大丈夫です」
岬が少し慌てた様子で答えると、容保は薄く笑みを見せた。
「構わぬ。そういえばそなたら二人は夫婦であったな。わたしが邪魔しているのだから、二人で話したいときは遠慮するな」
「殿様いいこと言った」
「やめてください容保さま。この人はわたしの知る大ちゃんではありません」
大地と岬は、容保の言葉に正反対の反応を見せた。
そのとき、どこかから大勢の声の波のようなものが響いてきた。西軍か会津かどちらかの軍勢が近くに迫っているようだ。
容保は重い表情でその音を聞いてた。
「急ぎたいが、身の安全を確保しつつだな」
「ねえ、食べものは手に入らないかな? ここに来てから何も食べていない」
大地が言うと、岬が答えた。
「かわひらこくんの持つ巻き物の一つが、不思議なちからで中に物を保管することができるの。そのなかにいくらかの食料もあったのだけれど、そのシステム系は赤べえが本体のようで、あの子が傷ついているいまは使うことができなかった。わたしはこの時代のお金を少しもっているけれど、今日やっているお店があるとは思えないわね」
「困った状況だなあ。どうして僕がこんな目に」
「またはじまった、被害者面。あなたのそういうところが嫌い」
「ひどいな……僕だってまじめに考えているんだぜ? こんなところで死にたくないもん」
「何を考えているっていうのよ?」
「いちいち絡むなよ。ほらあの、僕の持つ刀『青龍』は他者のエネルギーを増幅することができるっていう話。寅太と戦ったときは君に試してみたけども」
「ああ、そうだったわね。そしてうまくいかなかった」
「あれを殿様にも試すというのはどうだろう?」
「ん、どういうこと?」
「聖刀の力で殿さまは飛ぶことができる。ただし鳥のようにどこまでもって程ではない。けど、その力を僕が増幅すれば、もしかするとお城でも小田山でもすっ飛んでいけるんじゃないか?」
岬は片手で口元を触りながら、考えた。
「仮説としては成立しているわね。……どう思います、容保さま?」
「どうだろうな。……まあ、試しもせずに否定するのもあれだしな。少しやってみるか?」
で、やってみた。その結果。
「か、容保さまー!」
岬の絶叫が響く。
全然見当違いのほうへ吹っ飛んでいった容保は、道端にたくさん積んであった桶かなにかに頭から突っ込んだ。凄い音がして、容保はしばらく動けなかった。
「これは本当にごめん、これは本当にごめん」
大地は一生懸命に容保を助け出した。
「気にするな。でも、もうやめよう」
容保は寛大な心で許した。しかしさすがに顔は少し引きつっていた。
大地のアイデアはちょっと無理なようだ。
「これ、制御できないよ。僕の技量とかそういう問題じゃない気がする」
足元が少しふらつかせながら先を歩く容保の後ろ姿を見ながら、大地は自分の青い刀を不安げに見つめていた。
突然、容保が立ち止まった。腰を低くして、刀に手を置く。
「殿様、どうした?」
「この先に誰かいる」
大地と岬も慌てて身構えて、容保の視線の先を凝視した。
すると民家の物陰から飛び出してきた者があった。
「わ」
大地が恐怖の声を上げた。
容保が刀を素早く抜いた。
目の前に現れたのは、少年だった。
黒い学生服のような装いの少年。刀をこちらに向けて構えている。
服は泥だらけで、おそらく何か所か負傷している。目が最後の力を振り絞るように気迫の光を放っていたが、疲れ果てているようだった。
「若く見えるけれど、兵士か? 会津だろうか、西軍だろうか」
大地には判別がつかない。
「この子は……」
岬が少年を見て茫然としていることに、大地は気づいた。
「どうしたの、岬」
「白虎隊だわ」
読んでいただきありがとうございました。
次回更新は2026年7月7日(火)の予定です。よろしければおつきあいください。




