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第18話 会津若松城下、8月23日、運命の日

 容保は目を覚ました。

 

 赤べえが引く牛車は墜落して、落ちる直前に容保は外に放り出された。

 

 どのくらい時間がたったのだろう。なんだか夢を見ていたような気がする。

 鶴ヶ城の方向を見ると、依然おびただしい煙が立ち上っていた。


 銃や大砲の音が遠くから響いている。

 町全体が泣き叫んでいるようだった。


 木の枝葉によって落下の衝撃がやわらげられたようだが、それでもあちこちに痛みを感じる。

 頭がぼんやりする。これも聖刀の力を使った影響なのかもしれない。

 

 自分は戦場に一人取り残されてしまったのだろうか。

 ここはどこかの屋敷の庭のようだ。

「姉上……」


 背後に人の気配を感じた。振り向くとそこにいたのは大地だった。

「……大地殿?」

「よう殿様」

 大地は岩に足を組んで腰かけていた。こちらをじっと見ている。



「……姉上や、ほかの者たちは?」

「分からない、僕も気が付いたら一人だった。さまよっていたらあんたを見つけた。それで……起きるのを待っていた」


「そうか。皆と合流せねばな」


 大地が岩から勢いをつけて立ち上がった。

「この辺にいまのころ敵兵はいないようだ。でも民衆が慌てて行き来している。大騒ぎだ。あんた、顔を見られたらまずいことにならないか?」


「顔を見てわたしだと気づかれることはまずない。国入りしたときに馬に乗って城下を通ったことはある。しかしそのようなとき民は道の脇に控える。手をついて頭を下げている。わたしの顔を見ることはできない」

「ふうん、つまりあんたも民の顔は見ていないってわけだ」


「……ああ、そうなるな」

「そりゃ、ご立派なこった。分かったよ。さ、仲間を探そうぜ」


 大地が声をかけても、容保はうつむいたまま動かなかった。

「どうした殿様、まだ寝ぼけているのか」

「そうかもしれない。夢を見ていたんだ」


「へえ、どんな?」

 容保は答えずに歩き出した……。


 わたしも眠れば夢ぐらいは見る。

 容保は思った。


 朝になると忘れてしまう夢、忘れたことにするしかない夢。


 気づくとわたしはどこだか分からない草原にいる。


 そばには誰もいない。けれど向こうで音がする。馬のひづめの音、鎧が鳴る音。たくさんの人がこちらに向かって駆けてくる音。


 音はどんどん近づいてくる。


 敵だ。わたしは本能的に悟る。どうやらもうダメだ。隠れる場所がない。逃げようがない。


 恐怖がわたしを襲い、そして通り過ぎて行く。


 わたしはどういうわけだか、とても晴れやかな気持ちに包まれている。もう終わったのだ。残りは好きにしていいのだ。


 わたしは自分がどう行動するべきか、考えて、決める。


 そうだな。最後はひとりの戦士として好きに戦ってみようではないか。


 家臣のことを民のことを案じ続けた人生。自分の力を試してみたいからといって、失敗する可能性のある選択肢を進むということは、わたしの人生においては許されていなかった。


 まだ何かできることがあるのではないかと、道を探し続けた日々。でもいまこうして打てる手がすべてなくなった以上、すべては遠い別な世界の出来事。


 姉上のことすら、次の世もまたお会いしたいとは願うけれども、別の形で出会いたいとも願うけれども、今世でのわたしたちの物語は終わったのだと突きつけられて、未練を本当の意味で断ち切ることができた。お別れを告げることができた。あとはもうただの一人の戦士として。


 そしてわたしは目が覚める。自分だけのものではない人生の続きをまた今日も歩む。


 容保と大地は屋敷の門から大通りに出た。人の姿はない。二人で注意を払いながらお城とは反対の方向へ歩いていく。


「大地殿、ケガはないのか?」

 思い出したように容保は尋ねた。


「丈夫なだけが取り柄さ」

「いいことだ」


 途中で大きな荷車を引いた男とすれ違った。男は容保と大地の顔を見たが、それどころではないというふうにガタゴトと荷車を引いて走り去っていった。


「おーい、おーい、でおじゃる」

 声がした。緊張感がちょっと足りていない、風鈴のような声。

 2人がいた。かわひらこと岬。


「おお、ふたりとも無事であったか。どこもケガはないか?」


 容保の問いに岬が答えた。

「照姫様の聖刀が守ってくれました」

「姉上の?」


 かわひらこがうなずく。

「照姫さまの短刀『玄武』は大きな力を発生させる源でおじゃる。彼女はとっさにその力を応用したようです。大きなお布団でわたしたちを守るようにして、衝撃をやわらげてくれた」


「そうだったか。それで姉上は」

 

 岬の顔が曇った。


「……見つからないのか?」

 容保の声に焦りが加わる


「探しましょう。きっと近くにいるはずでおじゃる」

 かわひらこも不安げだった。

 

 容保はまだかわひらこに確認したいことがあるので、細い路地に身を隠し、四人とも地面に腰を下ろした。

「牛車はどうなった。飛ぶのは無理か?」

「牛車もですが、赤べえの損傷が大きい。治療を試みますが、これは時間がかかりそうでおじゃる」


 大地が驚いて口を挟んだ。

「時間がかかるって……、それまでどうするんだよ! いま、この町のあちこちで戦いが起こっているんだろ? 僕たちはそのどまんなかにいる。冗談じゃないぞ」


 誰も彼の言葉に返事ができない。うつむいている。大地は容保を見た。


「そうだ、殿さまはさっき宙に浮かんでいたじゃないか。あの力を使って時の杭のところまでびゅわーっと行くことはできないの?」

 

 容保は首を振った。

「そこまで自由自在なわけではなかった。おそらく難しいと思う」


「つまり……失敗したということか。この作戦は」

 全員が心の中で思っていただろうことを、大地がはっきりと口にした。


 かわひらこが顔を上げた。

「まだそうときまったわけではありませぬ。『時の杭』がかろうじてその役目を果たしているうちに完全破壊、除去することができれば」


「タイムリミットはあるの?」

 岬がかわひらこにたずねた。


「時の流れの重要な分岐点として成り立つのは、戦争によりこの場所に精神の力が過剰に集中している間のみ。すなわちこのいくさが終わる一か月後9月22日が刻限となるでおじゃる」


「そう、やはりここは8月23日なのね」

 岬はかすれた声で呟いた。


「わたしは姉上を探しに行く」

 容保が立ち上がった。かわひらこが彼を見上げる。


「容保さま、わたしは赤べえを治療しなければならないでおじゃる。そばを離れることはできない」

 

 容保はうなずいた。

「岬殿、大地殿、一緒に来てくれるか?」


「わかりました」

「……ああ、いいよ」

 岬と大地が答えた。


「容保さま、ただし……」

 岬も立ち上がって、手で袴に着いた砂を落とした。

「いまこのあたりを探索することはかなり危険ですよ。これから一か月。会津は革命戦争の最前線として、日本の出来事の中心となる。とくに今日8月23日は会津にとって、とても長い一日。恐ろしい日」


 容保は鶴ヶ城のほうをもう一度見た。

「それでも、わたしは行かねばならない」

次回 第19話 少年兵との遭遇。白虎隊

2026年7月8日(水)投稿予定

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