第17話 空飛ぶ殿様
容保自身にも何か確信があったわけではなかった。
しかし、味方の危険を感じた瞬間に、彼は思わず牛車から空に向かって飛び出していた。
そしていまもこうして空に浮かんでいる。聖刀の力によって。
兎奇子が遠くから容保の様子を観察していた。容保も兎奇子も動きに合わせて僅かに空を歩く。
「殿、歩いている……」
「ああ、歩いてますね」
照の呼びかけに、容保は他人事のように応えた。
彼が手にした『白虎』の聖刀は蛍のように淡く白い光を放ち、ゆっくりと瞬いていた。
「どした? かかってけえへんの?」
兎奇子が挑発する。いつのまにか新しい槍に持ち替えていた。赤い瞳が燃えるように輝く。
「そうしたいが、あいにくわたしは今初めて自分が飛べることを知った。勝手が分からない。悪いがそっちから来てもらえないだろうか?」
容保は刃先を相手に向けて静止している。
「澄ました顔して、ケンカ慣れしてはるなあ、あんた。ええよ、こっちから行く」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、兎奇子は容保に向けて突っ込んできた。
赤べえと牛車を背にしていた容保は、突撃をよけずに、刀でしっかりと受け止めた。
「力比べをしてみましょか、容保はん!」
兎奇子は強引に押してきた。容保も押し返して、牛車から敵を離そうとした。
「あんたがいなければ、時の杭はうちらのものにできる。恨まんといてな!」
銀髪のツインテールが逆立ち、それと共に兎奇子の圧力が増した。
「む……!」
容保が強引に押し返して、兎奇子の進む方向を変えた。
二人は鶴ヶ城の東、背炙り山の方角へと飛んでいった。
「殿!」
照が叫ぶ。その目の前に大きな寅太がぬっと顔を出した。
「うわ、こっちもいたんだった、えい!」
岬が薙刀で炎を放ち応戦するがまたもかわされる。
容保と兎奇子は、山の向こう、猪苗代湖の上空で激しく切り結んだ。
容保の剣さばきは素晴らしいものだったが、少しずつ動きが鈍くなりだした。
「はあっ……!はあっ……!」
息が切れて、容保は苦しそうだった。
「もうお疲れでっか?」
兎奇子がゆっくりと近づいてきた。そして槍を一閃する。
容保はそれを刀で止めたが、もう押しとどめる力は残っておらず、彼は大きく吹き飛ばされた。
「うわあ!」
猪苗代湖の水面に落ちそうになるその直前「容保さま!」とかわひらこの声がして、赤べえの引く牛車が駆けつけ、容保を受け止めた。
容保の重みで牛車が傾き、車輪が水にかすってしぶきを上げた。しかし、なんとか赤べえが態勢を立て直して、再び空を駆け上っていく。
牛車の中で、照が容保のそばにかけよる。
「殿お怪我はありませぬか」
「情けない、これしきの事で……!」
全速力でその場を離脱しようとする赤べえ。その進む先をみていた岬が、苦しそうな容保のほうを振り返った。
「かわひらこくん、これはもしかして」
「ええ、おそらく『白虎』の聖刀の力によって飛ぶことは、体力を著しく消耗するのでおじゃる」
兎奇子が風を切って追いかけてくる。
「またんかい、遊ぼうやかわひらこ!」
「急いでいるさかい、また今度お茶でも飲みましょなー、でおじゃる!」
後方のすだれの間から、追ってくる兎奇子を伺うかわひらこが、地上に目を移した。
「おや」
かわひらこの顔色が変わった。岬がそれに気づく。
「どうしたの、かわひらこくん」
「岬殿あれでおじゃる! 『時の杭』はあの小山の上にある!」
「小田山に……?」
岬が戸惑いの表情を浮かべたそのとき、大きな衝撃が牛車をおそった。
後ろからの兎奇子に気を取られていた赤べえが、正面からの寅太の体当たりをまともに受けてしまった。
「やられた」
大地がうめく。
落ちていく赤べえと牛車。容保たちは牛車の内部で激しく振り回された。
体勢を崩した容保が牛車から放り出されそうになる。
「殿!」
「姉上!」
照と容保の叫びが響いた。容保は懸命にしがみついていたが、手が離れてしまった。
「殿ーっ!」
安定を失った牛車は空中をジグザグに蛇行しながら、鶴ヶ城上空を離れて、落下していった。




