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第12話 もう一つの歴史、会津・長州同盟の締結

「異国船……、そうか3年前のいくさか! このときわたしは京にいた。長州と蛤御門で戦った直後のこと」


 岬がうなずいた。

「容保さまが知る歴史では、徳川幕府と長州の対立は深まり続け、1868年のいくさへとつながります。この壇ノ浦は、そうならなかった世界線。会津と長州が『日本の未来を憂う気持ちは同じはず、誠意をもって話し合えばきっと分かり合えるはず』という信念のもと、長く地道な交渉を続けた」


 容保は無言で岬の話に耳を傾けています。

「200年以上、諸外国との国交を制限してきた日本。この時期方針の転換を迫られ、幕府は諸外国との関係を深めていきます。それに強く反対する長州は下関海峡を通過する外国船へ砲撃を実施します。イギリス、フランス、オランダ、そしてアメリカの四か国からなる艦隊の激しい報復攻撃が始まりました」


「そうだったな。あのときわたしと慶喜さまは京でその状況を注視していた。長州が他国と戦い損害を受けることは都合がよいとさえ考えていた」


「四か国艦隊の海兵たちは上陸して砲台を占拠しようと突き進みます。長州にとって最大の危機。そのとき壇ノ浦に会津藩旗が翻った」


「まさか」

「ぎりぎりのところで交渉が成立、『会長同盟』が締結されていたのです。京にいた会津兵が援軍として長州に参上した」

 容保が驚くのも無理はなかった。彼にとっては、つい先日まで鳥羽伏見で薩摩、長州との戦いがあったばかりなのだ。


「会津と長州で敵を挟み撃ち。激しい戦いの末に撃退。それが奏して、長州は有利な条件での和睦に成功しました。幕府と対立していた勢力も、明確な攘夷を決行した会津に対して態度を軟化。その後のあたらしい体制への平和的な移行ができました。徳川による統治は終了しましたが、会津はその後の新しい政府でも中枢を担い、会津の町は健やかに新たな文化の風を吸い込んでいきました」


 岬が説明を終えると、かわひらこが扇子をぴしゃりと鳴らした。

「この壇ノ浦が決定的な分岐点。『1868年8月会津』の時の杭、『1864年8月壇ノ浦』の時の杭、ふたつのうちどちらかを破壊して、修復することにより、ごちゃごちゃになっている川の流れを整えることができます。繰り返しになりますが、我らがやろうとしているのは治水工事のようなもの」


 容保は何も言わずにただうつむいていた。岬が心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

「容保さま。わたしの説明は分かりづらかったでしょうか」

「……いや、すべてではないがわかった。ただ、少しだけ悔いていた。日本人同士で争わずとも、方法があったのだな」


 照姫が容保に近づき、彼の肩にふれます。

「自分を責めないで、殿。それだって必ずしも完ぺきな選択ではない。会津でのいくさはなかったとはいえ、異人となら戦っていいのかというはなしではあります」

「結局は、戦ってどちらかが勝ったというだけの話か」


 やがて容保は顔をあげて、他の者たちに向けて話しました。

「わたしは会津という国を預かるものとして、会津の町が守られる世界を選びたい。わたしの願いにどれほどの意味があるのかと問われたら、わたしにはわからない。しかし、二つの異なる未来があって、どちらかが本流となるのであれば、わたしはわたしの民が健やかに生きる未来を残したいのだ」


 照が畳に手をついて厳かに答えた。

「殿の仰せのままに」


「わたしも容保さまの選択を尊重します」

 岬も続いて答えた。そして、大地のほうを見て、彼の言葉をまった。


 少しの間を置いて、大地が口を開く

「かわひらこ、選ばれなかった世界は、どうなるの? 消えてしまうということ?」

「そうではありませぬ。枝分かれして、全く関係のない世界として存続していきます。『平行世界』といえば、大地殿には分かりやすいでしょうか」


「そうか。……みんなの考えがまとまっているのだったら、別に僕が乱すこともないでしょ。いいんじゃない、僕らが向かって破壊するときの杭は『8月の會津』のほうで」


 容保はうなずいた。

「では、決定とさせてもらうよ」

「かわひらこは、みなさまの意見を確かに承ったでおじゃる」


 話がひと段落したところで、障子戸の向こうから声がした。屋敷の者が気を利かせてお茶を持ってきてくれたようだった。


 照姫がすっと立ち上がり、自分の小袖を素早く脱いで、容保の顔をそれで隠した。

 容保がこのとき江戸にいるのはどう考えてもおかしい。


 しかし、ある程度慌てていたので、その被せかたはまあまあへんてこな感じになった。


 屋敷の者が部屋から去って、足音が聞こえなくなったところで照がくすくすと、すきま風のような笑い声をこぼした。

「かえって怪しい男になってしまいましたね」


「姉上、なんにも見えないですよ、これ」

 容保の言葉に照の笑い声は一段大きくなった。


 ひとしきり笑って気が済んだ照は、向かいに座る大地の顔をまっすぐ見つめた。

「大地殿が不思議な状態にあることは、見てすぐにわかりましたよ。あなたこそが『もうひとり』。それから……岬さんでしたっけ? あなたはわたしと同じような力を感じる」


大地が答えた。

「岬は僕と同じ時代から来ました。説明がちょっと難しいのですが、前から知っていると言えば知っています」


「夫ですよ、彼は、わたしの。関係を聞かれたらわたしはそう答えるしかない。でも違う」

 岬が口をはさむ。


「おやまあ。大地殿はひとり者と申しておりましたよね?」

「それもまた正解です。ね、ややこしいでしょ?」

 照と大地は見つめあって、お互いにかわいく小首をかしげた。


「彼は時の迷子でおじゃる。被害者と言えば、被害者。彼は時の裂け目そのもの。言い方を変えれば傷口そのもの。治療する場所にはどうしたって彼がいなければならない」


 大地はかわひらこの言いようが気に入らなかったようだった。

「いやどう見たって僕は被害者でしょ。なんでちょっと非があるみたいなニュアンスなのさ」


「あなたはなんだかぐちぐちうるさいから、同情する気をなくすのよ。偽大ちゃんめ」

 岬がたしなめる。


 照がすっと立ち上がった。

「なるほど、なるほど。さてみなさま、今日は我らにとって出会いの日、特別な日。お酒でも飲みましょうか」

次回 第13話 衝突

2026年6月18日(金)投稿予定です。

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