第13話 大地、松平容保に論破される
会津屋敷の片隅で始まった、密やかな宴。
「かわひらこ♪ かわひらこ♪ わたしとあなたは、かわひらこ♪」
「変なおじゃる♪ 変なおじゃる♪」
照とかわひらこは謎な歌と珍妙な踊りで、ご機嫌に遊んでいる。
そんなふたりを眺める岬。
「ここ、とっても仲いいのね」
照がふわふわしたステップを踏みながら答える。
「子供のころから遊んでもらってますから」
「娘みたいなものなのね」
かわひらこはだいぶ酒が回っている。
「そうでもないですが、もし照姫さまと岬さんが敵につかまって一人しか助けられないとしたら、わたしは照姫さまを助けるでおじゃる」
「聞いてもいないのに、ディスられた」
照はうれしそうにかわひらこが徳利で注ぐ酒を杯で受けた。
「わたしにとってかわひらこは……子供のころから一族が集まった時によく遊んでもらったけど、改めて考えたらどういうつながりの人なのかよくわからないおじさんみたいな感覚ですね」
「それは喜んでいいやつでおじゃるか?」
(照姫さまって、プライベートだとこんな感じなんだ)
岬は意外に思いました。歴史として彼女が知る照姫は聡明なイメージ。
(そして、かわひらこと仲良すぎな照姫さまを見てちょっと複雑そうな容保さま、本当にごちそうさまです)
それから岬は大地に目を移した。姿かたちは紛れもない彼女の夫である彼を。
(わたしの知っている大ちゃんも、場の空気をほったらかしにしてアクセル全開で自分の意見をまくしたてることはあった。あれは欠点と言えば欠点なのだろう。でもあの人には、それ以上に素晴らしい長所がたくさんあった、わたしの知る大ちゃんには。でも今の彼は長所がどこかに行ってしまって、半分の欠点だけになってしまったよう。まるでピッコロ大魔王が昔一人のナメック星人だったかのように)
岬の心中は複雑だった。ただし、彼女は彼女で酔いが回るにつれ爆走してこの席を楽しんだことは付け加えなければならない。
「会津が生んだ名優、佐藤慶について!」
「どうした、どうした」
突然、話の流れをぶった切って大声を出した岬に大地は驚いた。
「NHK大河ドラマにおいてはじめて『敵は本能寺に在り』のセリフを言ったのはかの佐藤慶さんなのよ。それから、ある映画で彼は殺されちゃうんだけど、最後に言うの、『これでやっと終わる』って。凄い演技だった。わたし子供のころそのシーンをみたときすごくショックを受けちゃって、その夜は寝られなかった。やっと終わる人生のことを考え続けていた。ごめんねわたしばっかりしゃべっちゃって、見たことない作品ばかりよね」
かわひらこが口を挟んだ。
「わたしは見たことあるでじゃるよ、その映画。不朽の名作でおじゃるな」
「なんで見たことあんのよ、あなた平安時代の子でしょ」
少し場が落ち着いてきたころ、容保が岬にたずねた。
「昼間の虎、あれはわたしにも見えていた。それから開陽丸で襲ってきた南蛮の鎧……、あのもののけどもは、どういう類なのだ?」
「かわひらこくんとはまた違う時代から来ている者たちがあれを創りました。わたしよりも、もっと未来
から来た未来人。かわひらこくんとは敵対勢力。要するに縄張り争いのようなもの。世界そのものが崩壊したら、元も子もないというのに。……こんな説明をされても戸惑うだけですよね、容保さま」
「どうだろう、実はそうでもないよ。わたしの時代に、海の向こうで起きていることは岬殿も知っていると思う。南蛮の強国たちによる、領地の奪い合い。力のない国は強きものに従うしかない世界規模の戦国時代。きっと、それと同じことが起きているのだろう、時空という海でも」
岬は静かにうなずいた。
それから、容保はまだちゃんと話していなかった大地のほうを向いた。
「大地殿といったか。そなたも未来から来たと言ったな?」
「そうだよ、有名なお殿様」
大地の声は暗かった。
「違う時代に生きるそなたとこうして出会ったことは縁と呼ぶにはあまりに不思議であるが、これから力を合わせなければならぬ。わたしと親しくしてくれると嬉しい」
遠慮しているのだろうと容保は思った。所作を見ていても、大地が身分の高い人間と話すことに慣れていないことは察することができた。
「会えて光栄ですよ。頼まれたことはやります。でも、あんたと僕は住む世界が違う。仲良くなんてなれない。上っ面だけの寛容さは、やっててつらいでしょう。意味がないから、僕にはそういうのいいですよ」
大地は自分に親切にしてくれた照のことをちらりと見た。
「大ちゃん、失礼な言い方はやめて」
岬が言っても、大地は言葉を続けた。
「この會津屋敷で一日お世話になった。照さんや周りの人たちの様子を観察していた。あなたも含めて。それで、わかったよ。自分なりにこの時代のこと、武士のことが分かってきた」
「ちょっと」
「……ほう、そうか」
岬はひやひやしているようだったが、容保は特に気にしたそぶりをみせない。
「会津自体が老害化している。そしてたぶん大企業病にかかっている。そう感じた。偉そうな人が何人もいたが、どれもこれも外面だけの張りぼてばかり。僕の会社でもいるんだよ老害。それもたくさん。他人のすることに文句しか言わない、いままでのやり方を変えようとしない。仕事のための仕事をするだけで、話が進んでいるようで全く進まない。仕方がないことではあるんだけどね。会社だって寿命は3~40年なんて考え方もあるそうだし。あ、これはね、単に会社が存続できるかどうかっていうはなしじゃなくて、まともな組織でいられるのはそのくらいが限界って話さ。いま苦しい状況に陥っている原因を、外国の船が来たからとか長州が歯向かったからだとか、他人のせいにしているみたいだけれど、それらがなくたって、遅かれ早かれ枯れ果てる定めだったように思うよ」
「大地殿」
容保は感情の読み取りずらい眼差しで、空になった自分の杯を眺めている。
「こういうときは、下手に言い返すよりも、相手の気が済むまで気分よく話させるのが、場を丸く収めるのにいちばん手っ取り早い。慶喜さまにはよくそう言われた。だからそなたを好きにさせておいたが、どうしても気になったので口を挟む。良いか?」
「な、なんだよ」
「そなたのいう『老害』という言葉についてだが。まあ……、言っていることは分かるんだ。重鎮の経験深き言葉というものは有益なことも多いが、そうでないときがある。集団自体が年をとるというのも分かる。ご老体には隠居してもらえば組織が若返るというのが理屈ではあるが、わたしの知る範囲でも、形だけ隠居して、実権を握り続けることはよくある」
容保の言葉に、大地の顔が少し緩んだ。
「なんだ、分かっているじゃないか。あんたも大変なんだろうね」
「しかしな、それが悪いこととも思わぬのだよ。神君家康公が願った、いくさのない世界を少しでも長く維持するための仕組み、それが徳川幕府だ。確かに寿命が来たのだろうが、……良い仕組みだった」
容保の言葉に少し強さが加わった。
「大地殿、思うのだが、結局はお互いを信じることができるかどうかではないのか? 相手に、お前なら任せられると言わせることができるかどうか」
「僕らはちゃんとやっている。それなのに任せようとしない。あいつらは自分の立場を失いたくないんだ。どきたくないんだ。あんたの家来だって同じだよ」
「それは君自身が相手を信じていないからだろう。自分が嫌いな人間は愚か者でなければ困るのか? 信じてほしいのならばまずは君が相手を信じろ」
「うるさいな。お前にそんなことを言われる筋合いはない。どれだけ偉い人なのかしらないが、お前は僕の上司じゃない」
「それを言うのならば、わたしとて君にそんなに気を遣うつもりないよ。君はわたしの部下ではない。言いたいことを言わせてもらう。あと、わたしの家臣をこれ以上悪く言うのはやめてもらえないだろうか。自分のことならいくら言われてもいいが、わたしは家臣への批判を我慢することがそれほどうまくない」
これが松平容保と秋月大地が最初に交わした会話だった。すごく論破された。
次回 第14話 出発前夜
2026年6月24日(水)投稿予定




