第11話 照姫の秘密
わたしも殿も生まれは會津ではありません。
先代に跡継ぎがいなかったため、ふたりとも養子として会津松平家に入りました。
殿と初めて会ったのは子供のころ、場所は江戸の会津屋敷です。彼はとても美しかった。
仲は良かったですよ。大人たちのうわさを聞いたことがありました。
この二人を夫婦にして、会津松平家を継がせるのがいいのではないか。
そうなったら嬉しいとわたしは思っていました。殿がどう思っていたかは恥ずかしくて聞けませんでした。
かわひらこに初めて会ったのもそのころ。
ひとりで、庭でくつろいでいたわたしの前に、膝まずきこうべを垂れる小さい男。
「照姫さま」
「あなたは何者です?」
「わたしは、かわひらこ。怪しいものでおじゃる」
「怪しいんだ?」
かわひらこのわたしを見つめる目はやさしく、愛嬌があって、ひとつも怖くは感じませんでした。
かわひらこのお話しは、それはそれは不思議なものでしたが、わたしの力がいつか大切な人を助けることになるのだと聞いて、ふうん、まあそういうことならばいいか、と納得しました。
やがてわたしは松平の娘として、他国の殿方へ嫁ぐことになりました。武家の婚姻は自分の意志で決めるものではありません。その頃の会津にとって、その選択はきっと必要なことだった。
だから、周りの求める結果ではなかったことは申し訳なく思います。数年後にわたしはひとりで会津屋敷に戻りました。
周りの人たちはわたしに大層気を使ってくださいました。やさしくて、やさしくて、ああこれが腫物というやつかとわたしは理解しました。だから腫物として立ち振る舞うことにしました。
本音は決して見せません。わたしは思ってもいないことを話し続けます。
ここにいてごめんなさい。ごはんをいっぱい食べてごめんなさい。
殿にもう一度会いたいという気持ちは、うまく隠すことができていたでしょうか?
***
遅い時間の會津屋敷の一室に五人が腰を下ろした。ろうそくのほのかな光がお互いの顔を照らす。
松平容保、岬、かわひらこ。照と秋月大地。
しばし互いに見つめあう、奇妙な組み合わせ。口を開いたのは照だった。
「かわひらこ、あなたとは、思えば長いつきあいですね」
「ええ、わたしは時間を飛ばし飛ばししてあなたの様子を見に行っていましたから、実はわたくしにとってそこまでの時間は経っていないのおじゃるが。さて容保さま」
かわひらこは、容保のほうへ向き直った。
「我々がすべきことを、まずは抽象的にもうしあげますと、これから我々はごちゃごちゃになっている川の流れを整えます。我らがやろうとしているのは治水工事のようなもの、二つの分岐点は朽ちかけて外れかかった杭で辛うじて繋ぎ止められているのでおじゃる。まず片方の杭を破壊する。そして片方の杭を新しくする。それによって世界の流れは整い、安定します。そのために必要なのが照姫様の能力」
「姉上が?」
容保は驚いて照を見た。照はいたずらっぽく微笑みを浮かべる。
「そうなの。殿、わたしは凄いみたいですよ?」
照は懐から一本の小刀を取りだした。木製の白鞘を抜くと、黒く光る刃が現れた。
「わたしはかわひらこの願いを聞き入れて、いつもこの黒い刀を自分のそばに置いていました。それにより、刀の力がわたしに宿り、同じようにわたしの力が刀へと伝わった」
かわひらこが、照の持つ小刀を見つめながらつぶやいた。
「四振りの聖刀がひとつ、『玄武』でおじゃる。これは誰にでも起こる現象ではありません。照姫さまには生まれ持っての素養があり、玄武の刃と相性がとてもよかった。そして時は満ちたのでおじゃる」
「みなさまにご覧いれましょう、これがわたしの能力」
照が手にした玄武の小刀がぼんやりと輝きを増し始めた。
容保がその光を見ていると、やがてまわりに二つの幻が浮かび上がった。
容保たちを取り囲み、二つに分かれた幻。
「殿、これは会津でのいくさが起こってしまった世界と、起こらなかった世界」
容保はそれぞれの幻をじっと見つめました。
炎と煙に囲まれたお城と、青い海原。
それは開陽丸にて一瞬見えた幻と同じものだった。でもいまはもっとはっきり見える。手を伸ばせば触れられるのではないかというほどに
「片方は鶴ヶ城だ。わたしの会津、無残な姿だ……。もう片方がわからない。この海はどこだろう?」
その問いには、正座をして聞いていた岬が答えた。
「壇ノ浦です。浮かぶたくさんの船は、異国船の艦隊」
次回 第12話 もう一つの歴史、会長同盟の締結
2026年6月18日(木)投稿予定




