第9話:逆転の口付け 水の代償
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前回までのあらすじ:深刻な水不足により極限状態の金井姉妹は、姉・綾香の先導で共に悠の部屋を訪れ、妹・舞香もまた生存と対抗心のためにプライドを捨てて悠の支配を受け入れ、姉妹揃って堕落の深淵へと足を踏み入れる。
それでは、第9話をお楽しみください。
※本作は規約遵守のR15作品です。過激な描写にご注意ください。
アパート『シャン・ソレイユ』を囲む樹海に、七度目の、そして救いのない停滞を象徴する朝が訪れた。
一週間という月日は、もはや住人たちの時間感覚を狂わせるには十分だった。かつて秒刻みのスケジュールに追われていた事務職や営業職の日常は、今や「次の水をいつ手に入れられるか」という生存本能のみに支配された、単調で残酷なサイクルへと成り果てている。101号室の壁に掛かったカレンダーは、あの転移の日から時が止まったままだが、部屋の隅に積み上がった空のペットボトルの山だけが、彼らがこの地獄で刻んできた絶望の深さを無言で証明していた。
「……智哉さん、これ。飲んで」
綾香が震える手で、昨夜持ち帰った貴重な一本の水を夫に差し出す。智哉はもはや感謝の言葉を述べる気力もなく、獣のようにボトルに吸い付き、喉を鳴らして液体を流し込んだ。
その光景を、鈴木舞香は冷めた目で見つめていた。
昨夜、201号室で繰り広げられた光景が、網膜に焼き付いて離れない。姉・綾香の、理性もプライドも投げ打った、あの浅ましい奉仕の姿。そして、自分自身の肌に刻まれた、佐藤悠という男の、氷のように冷たく、それでいて火傷しそうなほどに強烈な感触。
(お姉ちゃんは、もう壊れてる……。ただ、水を乞うだけの可哀想な人形)
舞香は自らの唇に指を這わせた。営業職として、常に相手の裏を読み、最適解を提示してきた彼女にとって、今の状況は「生存」という名の商談に過ぎない。そして、その商談において、姉はすでに価値を暴落させている。
「私……今日も行くわ。お姉ちゃんは、智哉さんの側にいてあげて」
舞香の言葉に、綾香は虚ろな瞳を向けた。
「……舞香。あなたは、まだ……」
「いいのよ。昨日、佐藤さんに言われたでしょう? 『二人で来い』って。でも、お姉ちゃんはもう体力的にも限界じゃない。私が代わりに、しっかり『交渉』してくるから」
舞香の声には、以前のような姉への甘えは微塵もなかった。むしろ、獲物を見定めた営業部員のような、冷徹なまでの決意が宿っている。
綾香は抗うこともできず、ただ力なく頷くことしかできなかった。彼女の中の何かが、妹の放つ圧倒的なエネルギーに気圧されていた。
陽が沈み、再び不快な湿り気を帯びた夜が訪れる。停電によって静まり返ったアパートは、まるで巨大な墓標のようだった。
舞香は、あえて姉の予備のブラウスを借り、ボタンを一つ多く外して部屋を出た。101号室から201号室へ至る階段の一段一段が、彼女にとっては「勝者」へと登りつめるための階段に感じられた。
201号室のドアをノックする。
「……入りなさい」
佐藤の冷淡な声に導かれ、舞香は深呼吸をして部屋に足を踏み入れた。
室内は階下とは異なり、佐藤が『支配庫』から取り出したであろう物資の影響か、肌を刺すような不思議な冷気が澱んでいる。しかし、それは決して文明の産物であるエアコンの風ではない。死体安置所を連想させるような、無機質で重苦しい寒気だ。ソファに腰を下ろし、月光を背に受ける佐藤の姿は、この閉鎖空間における唯一の絶対神のように見えた。
「……姉はどうした。一人で来たのか?」
「お姉ちゃんは、智哉さんの看病で動けないんです。……今日は私一人で、十分でしょう?」
舞香は挑発的な笑みを浮かべ、佐藤の目の前にゆっくりと跪いた。
佐藤は興味深げに目を細めた。
「金井の義妹君。君は姉よりも欲深いようだ。その目は、単に水を求めているだけではないな」
「……ええ。お姉ちゃんみたいに、ただ縋り付くだけなんて退屈だわ。佐藤さん、私はもっと……あなたにとって『価値』があることを証明したいの」
舞香は自ら、佐藤の膝に手を置いた。その手は微かに震えていたが、恐怖よりも高揚感が勝っている。
「昨夜、お姉ちゃんのしたこと、全部見てました。……でも、私のほうがもっと、あなたを満足させられる。そう思わない?」
佐藤は答えず、舞香の顎を掴み上げた。
「……試してみろ。君の言う『価値』とやらを」
舞香は迷うことなく、佐藤の顔に自らの顔を寄せた。
彼女が選んだのは、積極的な「口付け」だった。
姉が見せていた、ただ従順に受け入れるだけの奉仕ではない。営業職で培った、相手の反応を見極め、最も効果的なタイミングで踏み込む、攻めの接吻。
舞香の舌が佐藤の唇を割り、侵入する。喉の奥まで探り、佐藤の呼吸さえも自分のものにしようとするような、貪欲で粘りつくような動き。
佐藤は不意を突かれたように、しかし愉悦を隠さずに舞香の腰を強く引き寄せた。
「……んっ……ふ、あ……っ」
舞香は、佐藤の口腔内に広がる冷たい水の残り香と、男特有の熱い香りに脳を焼かれながら、さらに執拗に舌を絡ませた。
姉は、佐藤に支配されることを「罰」として享受していた。だが、舞香は違う。彼女は、この絶対的な存在である佐藤悠という男に、自らの存在を「必要」だと思わせることで、姉を超えたいという歪んだ優越感に駆られていたのだ。
「……ほう。姉よりも、随分と積極的だな」
唇が離れた際、佐藤の瞳には初めて「個」としての舞香を認めるような、微かな光が宿った。
「……当たり前でしょう。私、お姉ちゃんより、ずっと……『使える』わよ」
舞香は、佐藤の衣類を乱暴に剥ぎ取ると、昨日、姉が跪いたのと同じ場所へ再び顔を埋めた。
しかし、その動きは綾香のそれとは決定的に異なっていた。
佐藤の怒張を口に含む際、彼女はあえて佐藤の瞳をじっと見つめ続けた。自らが何をしているのか、どれほどの熱を持って彼を求めているのかを、眼差しで突き刺すように。
指先は佐藤の太ももを強く掻きむしり、自らの身体もまた、沸騰しそうなほどの熱を放ち始める。
窓から差し込む青白い月光が、舞香の背中に浮かんだ玉のような汗を照らし出していた。
佐藤の猛りが、舞香の口腔内でさらに凶悪なまでにその硬度を増す。
舞香はそれを、単なる水の対価だとは考えていなかった。これは、彼女がこの異世界で生き残るための、そして姉から「家族の要」という地位を奪い取るための、血を流さない戦争だった。
「あ、っ……さとう、さん……見て……私だけを、見て……っ!」
舞香は自ら佐藤の膝に跨り、姉がしたようにその身を沈めた。
しかし、その激しさは綾香の比ではなかった。
衝撃に首を反らし、声を枯らして佐藤を求める舞香の姿は、もはや生存のための取引を超えて、狂気に近い執着を孕んでいた。
しばらくして、佐藤の低い呻きと共に、舞香の最奥へ熱い奔流が注ぎ込まれた。
舞香はその衝撃に身を震わせながら、佐藤の首にしがみつき、耳元で熱い吐息を漏らした。
「……ねえ、佐藤さん。お姉ちゃんより……私のほうが、良かったでしょう?」
佐藤は荒い息を吐きながら、舞香の濡れた髪をかき上げた。
「……ああ。君は、姉よりもずっと……『使い勝手』がいいな」
その言葉は、舞香にとってどんな称賛よりも甘美に響いた。
舞香は、自らの内に注がれた佐藤の熱を慈しむように、ゆっくりと腰を上げた。
結合部から離れる際、自身の下腹部からどろりと垂れ落ちる白い液体を、彼女は汚らわしいものとは思わなかった。むしろそれは、自分が姉から勝利を奪い取った勲章のようだった。
彼女はその滴る液体を細い指で掬い上げると、恍惚とした表情で口へと運び、一滴も零さず飲み干した。
「ふふ……っ、美味しい……」
さらに舞香は、自分自身の体液がこびりついたままの佐藤のモノに再び顔を寄せた。自らの舌を使い、隅々まで磨き上げるように舐めて、綺麗に掃除をしていく。佐藤の太ももの裏側から、菊紋の皺一つ一つに至るまでを丁寧に舐め上げるその姿は、誇り高き営業職としてのプライドを、完全に佐藤への隷属的な奉仕へと転向させた証だった。
儀式を終え、佐藤は無造作に二本の冷えたペットボトルをテーブルに置いた。
一回につき水一本のルール。だが、佐藤は今夜、舞香に「特別」に二本を許可した。
「……これは、君の『価値』に対するボーナスだ。大切に持ち帰れ」
「……ふふ、ありがとうございます。佐藤様」
舞香は誇らしげに水を手に取ると、乱れた服を整えて201号室を後にした。
101号室に戻ると、暗闇の中で綾香が待っていた。
「……舞香? 大丈夫だった?」
「ええ。ほら、お姉ちゃん。二本よ。私が、佐藤さんに気に入られたから」
舞香は、わざと勝ち誇ったような笑みを見せながら、一本のボトルを姉に手渡した。
綾香の顔が、驚愕と、そして拭いきれない屈辱に歪むのを、舞香は見逃さなかった。
(見ててね、お姉ちゃん。私はもっと上に行く。あの男に、もっと深く刻み込まれて、あなたからすべてを奪ってあげるから)
アパートを囲む樹海は、今夜も沈黙を保ったまま、確実に壊れていく姉妹の絆を、静かに見守っていた。
断絶された世界の七日目。
妹・舞香の心に芽生えた歪んだ優越感は、水を得た毒草のように、急速にその根を広げ始めていた。
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