第6話:鋭利な視線と冷たい疑惑
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前回までのあらすじ:夫の隣で悠との情事の記憶に溺れ、自ら禁忌の悦楽を貪る綾香だったが、その変貌と部屋に漂う背徳の気配を、妹の舞香が暗闇の中で静かに察知し始める。
それでは、第6話をお楽しみください。
※本作は規約遵守のR15作品です。過激な描写にご注意ください。
アパート『シャン・ソレイユ』を囲む樹海に、五度目の無慈悲な朝が訪れた。
断水してから、今日で五日目。洗面所の蛇口の根元には、あの日以来一度も拭われていない水垢が白く固着し、一滴の湿り気も失われて久しい。
鏡に映る自分の顔は、頬がこけ、唇は乾いた大地のようにはぜて白く毛羽立っている。かつて事務職として丁寧に整えていた眉も、手入れする余裕を失って野放図に伸び始めていた。
昼近く。101号室の重苦しい空気の中、鈴木舞香の声が響いた。
金井綾香は、外出用のバッグを整理する手を止めた。夫の智哉は、昨日からの無理が祟ったのか、奥の寝室で力なく横たわっている。
「……ねえ、お姉ちゃん。今日もまた行くの?」
「ええ。佐藤さんが、また少しだけなら分けてくれるって言ってくれたから」
綾香は努めて平静を装い、妹に微笑みかけた。だが、その微笑みはどこか虚ろで、事務職として完璧にこなしてきた彼女の「仮面」には、目に見えないひび割れが生じていた。
舞香は、営業職で培った鋭い観察眼で姉をじっと見つめる。
数日前なら、姉はこんなにだらしない歩き方はしなかった。今の姉は、内股を庇うように足を引きずり、どこか焦点の定まらない瞳をしている。
深夜、隣の布団から聞こえてきた微かな嬌声。そして、今の姉が纏っている、あの独特の違和感。
(お姉ちゃんは、あんなに「しっかり者」で通ってたのに……)
舞香の心に、言いようのない不気味な疑惑と、それを上回るほどの「渇望」が渦巻いた。
「私も一緒に行こうか? 重いものを持つのは二人の方がいいでしょ」
舞香の提案に、綾香の肩が目に見えて跳ねた。
「いいのよ、舞香。あなたは智哉さんの側についていてあげて。佐藤さんは……あまり大人数で押し掛けるのを嫌がる人だから」
拒絶。それも、あまりに露骨な。
綾香は逃げるようにドアを開け、外へと出た。二階へと続く階段を上がる姉の背中を見送りながら、舞香はドアの隙間からその様子を盗み見た。姉の首元、ブラウスの襟から覗く肌に、生々しい斑点が見えた気がした。
「……嘘でしょ、お姉ちゃん」
舞香は唇を噛んだ。
一方、201号室の前に立った綾香は、激しい動悸に襲われていた。
喉は乾いている。だが、それ以上に身体の芯が、あの暴力的で冷徹な支配を求めて疼いていた。
綾香が震える指先でドアをノックすると、すぐにカチャリと重厚なドアチェーンのかかる音がした。隙間から覗く佐藤悠の眼差しは、相変わらず感情が欠落していた。チェーンを外され、招き入れられた室内には、灼熱の屋外とは対照的な冷気が満ちている。
「佐藤さん、あの……今日の分を……」
佐藤は革張りのソファに深く腰掛け、テーブルの上に置かれた冷えたペットボトルを指先で弾いた。彼は冷笑を浮かべると、ボトルのキャップを開け、中身を自分の口に含んだ。
そして、抵抗する気力すら失っている綾香の顎を掴み、強引に唇を重ねる。ドロリとした熱を帯びた「口移し」の給水。綾香は、鼻に抜ける佐藤の体臭と、冷たい水の感触に脳を焼かれた。悠の舌が彼女の口腔を蹂躙し、水とともに男の存在を深く刻み込む。抗うことのできない生理的な悦びに、綾香の腰は力なく砕け、一度目の絶頂へと突き落とされた。
飲み終わったはずなのに、綾香は自ら舌を絡ませ、愛おしむようにその唇を離さなかった。吸い付くような口付けを交わしながら、彼女の指先は迷うことなく佐藤のベルトへと伸びる。カチャカチャと無機質な金属音を立ててバックルを外し、ズボンのボタンを外し、チャックを下げた。接吻は一層激しさを増し、互いの口腔を弄り合う舌が離れるたび、銀色の唾液が細い糸を引く。綾香はもどかしげにズボンを押し下げると、下着越しに熱り立つ佐藤の剛直を手のひらで包み込み、熱心に撫で上げた。
ようやく唇を放すと、彼女は吸い寄せられるようにその場に跪いた。目の前で下着をずらし、露わになった怒張をおもむろに口に含む。両手を佐藤の臀部に回して自身の方へと引き寄せると、一気に喉の奥深く、限界までその質量を突き入れた。
完璧主義だった彼女が、なりふり構わず頭を振り、激しい抽送を繰り返す。佐藤は堪え切れない高まりに低く呻き、綾香の喉奥へと言葉にならない叫びと共に熱い楔を打ち込んだ。綾香はそれを一滴も零すまいと必死に飲み干していく。喉の粘膜にこびりつくドロリとした白い塊が、彼女の罪悪感を甘美な陶酔へと塗り替えていった。
短い休憩を挟んでもなお、佐藤の猛りは収まるどころか、再び凶悪なまでにそそり立っていた。綾香は恍惚とした表情で再びそれを口に含もうとしたが、佐藤はそれを許さず、彼女の細い腰を強引に掴んでソファへと押し倒した。
「あ、っ……! んんっ!!」
抗う術もなく背を預け、剥き出しの秘奥へと一気にその剛力が貫通する。あまりの衝撃に、綾香は喘ぎ声を押し殺しながら身悶えた。佐藤の勢いは激しさを増し、二度目の奔流は、対価を求める彼女の最奥へと直接、容赦なく注ぎ込まれた。
悠がゆっくりと身を引き抜くと、結合部からは行き場を失った白い液がどろりと溢れ、ソファの座面を汚していく。だが、今の綾香はそれを気にする様子も見せず、這い寄るようにして佐藤の身に残った名残さえも、慈しむように口で綺麗に拭い去った。
互いに服を整え、佐藤から二本のペットボトルを受け取った時、綾香の瞳には、もはや事務職としての冷徹な理性は欠片も残っていなかった。ただ、自らの胎内に残る熱い余韻と、それを与えてくれた「主人」への歪んだ忠誠心だけが、彼女を突き動かしていた。
重い足取りで101号室のドアを開けると、そこには智哉ではなく、腕を組んで待ち構えていた舞香が立っていた。
「お帰り、お姉ちゃん。ずいぶん時間がかかったね」
舞香の目は笑っていない。その視線は、姉の乱れた髪と、微かに赤く腫れた唇に釘付けになっていた。
「ええ……少し、お話が長引いてしまって」
「そう。佐藤さんって、そんなにお話が上手な人なんだ」
舞香は一歩、姉に歩み寄った。姉から漂う、自分たちが使っている石鹸とは違う、どこか雄々しく冷たい匂い。そして、服の上からでもわかるほど、姉の体から立ち昇る熱。
(やっぱり……間違いない)
舞香の胸に、姉への軽蔑と、同時に激しい「嫉妬」が燃え上がった。この閉ざされた牢獄で、姉だけが「特別な何か」を得ている。自分はこんなに乾いて、惨めな思いをしているのに。
「お姉ちゃん。……次は、私が佐藤さんのところへ行くよ」
舞香の言葉に、綾香の顔が真っ青に染まった。
「……何を言ってるの、舞香。そんなの、ダメよ」
「どうして? お姉ちゃんだけが苦労することないじゃない。私、営業だから。交渉は得意なんだよ?」
舞香は、姉の手から奪い取るようにボトルの水を飲み干した。喉を潤す水の冷たさが、彼女の中にある「野心」を呼び覚ます。
もし、この水を手に入れる方法が「あんなこと」なのだとしたら。自分なら、お姉ちゃんよりもっと上手くやれる。
姉妹の間に、昨日まではなかった鋭い亀裂が走り始めていた。
一方、二階の自室に戻っていた佐藤悠は、静まり返った室内で、手元のスマートフォンに映し出される『支配庫』の在庫リストを無感情にスクロールしていた。ふと、彼は床の一点に視線を落とした。一階の101号室、ちょうど真下に位置するその場所から、姉妹が対立する気配が床板を伝って這い上がってくる。まるで、密封された容器の中で果実が熟れ落ち、腐敗していく異臭を嗅ぎつけたかのように、悠の唇が薄く吊り上がった。
「……さて、次はどの果実から腐らせるか」
低く呟いた彼の声は、誰に届くこともなく冷気の中に溶けていった。
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