第54話:水の祝福と選別の牙
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前回までのあらすじ:智哉による強制的な水源探索計画の招集を機に一階の破滅が加速する中、身代わりとなって壊れた恩人・香織を冷酷に見捨てて二階の佐藤に縋ろうと階段を上る陽菜の裏切りと、女たちの制御不能な快楽の連鎖に統御された佐藤の「王国」の淫靡な繁栄が、決戦直前の夜に鮮烈な対比を描き出した。
それでは、第54話をお楽しみください。
※本作は規約遵守のR15作品です。過激な描写にご注意ください。
アパート『シャン・ソレイユ』を囲む樹海に、また一つ、重苦しい朝が沈殿していた。異世界に放り出されてから四十五日目。文明の時計が止まったこの場所では、太陽の昇沈だけが残酷に生存の期限を刻み続けていた。
103号室。早朝の薄暗い空気の中、荒い呼吸音が響いていた。
危険な森の奥へと足を踏み入れる緊張か、あるいはそれゆえの昂ぶりか。横山達也は目覚めると同時に、物言わぬ肉塊のようになっている小野香織を組み敷いていた。それはこれまでの、ただ獣のように欲をぶつけるだけのものとは違っていた。横山はどこか陶酔した表情で、慈しむように彼女の体を求め、久方ぶりの睦み合いに溺れる。
横山は香織の耳元で、甘く小声で囁いた。
「……今日、水が手に入ればここから脱出しよう。そうすれば、もう他の誰かに依存しなくて済む。二人でやっていけるんだ」
香織の虚ろな瞳が何を映しているかは分からない。だが、横山は密かに狙う「ハーレムの王」の座を、まずは最も御しやすい香織を心身ともに塗り潰すことで、自らの所有物として完成させようと画策していた。
その光景を冷めた目で見ていた田中健太が、苛立ちを隠せずに吐き捨てた。
「おい、陽菜の野郎、どこ行きやがった。便所か?」
昨日まで香織の隣で震えていた石堂陽菜の姿が、部屋のどこにもない。田中は組み合っている横山の肩を叩き、「横山、代われ。次は、その湿った口を使わせろよ」と下卑た笑みで告げた。
しかし、横山は香織を抱き寄せたまま、「……今日はすんません」と短く断った。
「チッ、しけてんな。朝からご執心かよ」
田中は不機嫌を露わにしながら、部屋の壁を乱暴に蹴り上げた。
空が白み始めた早朝。金井智哉の呼びかけにより、佐藤を含む探索隊の男性陣がアパートの前に集結した。智哉は憔悴しきった顔を歪ませ、一同を鋭い視線で射抜いた。その言葉には、かつてこの森の入り口で命を落とした木村保、および凄惨な死を遂げた大愛の悲劇が重くのしかかっている。
「……いいですか。昨日も言いましたが、これは全員の生存がかかった探索です。決して勝手な行動はしないでください」
智哉は震える声に必死で威厳を込め、言葉を続けた。
「木村さんや大愛くんの時のことを忘れたわけじゃないでしょう。一歩間違えれば、次ああなるのは自分たちだ。特に……田中さん。あなたの無謀な振る舞いは、ここでは命取りになりますよ」
智哉はチラリと佐藤を見て牽制するように釘を刺すと、田中健太はチッと舌打ちをして顔を背けた。規律こそが生命線だと信じる智哉は、佐藤悠という異分子だけでなく、暴走しがちな若者たちをも自らの管理下に置こうと必死だった。
出発直前、川瀬がふと二階を見上げ、隣に立つ佐藤に声をかけた。
「佐藤さん。うちの石堂、そっちに行ってないっすか? 朝から見当たらないんすよ」
「……? いや、来てない。知らないな」
佐藤は無機質に答えた。その言葉に嘘はない。昨夜、陽菜がすべてを捨てて二階へ這い上がる決意をしたことなど、現時点の佐藤の知る由もなかった。
同時刻。静まり返ったアパートの二階。
一階の地獄から逃れ、這うようにして階段を上った石堂陽菜は、震える手で201号室の扉を叩いた。だが、そこで彼女の前に立ち塞がったのは、204号室から出てきた辻亜美と有美の双子だった。
「あら……田中さんのところの陽菜ちゃんじゃない。何の用?」
亜美が冷ややかに見つめた。陽菜は掠れた声で、すがるように言った。
「……佐藤さんに、お話ししたいことがあって。ねえ、取り次いでくれない?」
その言葉を聞いた瞬間、有美が鼻で笑い、冷酷な言葉を投げつけた。
「どの口が言ってるの? 全身の穴という穴をあいつらの劣情で汚され、中まで白く濁りきったあんたに、佐藤さんの時間を割かせる価値なんて一ミリもないわよ」
突き放すような侮蔑。だが、極限状態の陽菜は、今まで見せたことのない鋭い眼差しで双子を睨み返した。
「……あなた達だって同じでしょ? ただ、相手が佐藤さんだったっていうだけじゃない。支配されてる事実は変わらないわ。私と何が違うの?」
双子は虚を突かれたように一瞬絶句し、やがてその唇に歪んだ笑みを浮かべた。
「いい度胸ね。その減らず口、後で佐藤さんの前でも叩けるかしら」
二人は陽菜の両腕を強引に掴むと、彼女を204号室へと引きずり込んだ。
一行が森へと足を踏み入れた瞬間、不気味な違和感が一同を襲った。耳を澄ませば異世界の鳥獣たちの喧しい鳴き声は聞こえてくるが、どれほど目を凝らしてもその姿が全く見えないのだ。智哉たちは、姿を現さない魔物たちを「統計通りの幸運」と解釈し、水源の小川へと歩みを進めていた。
しかし、佐藤は自身の影の中に『淡影』で存在感を消した五十嵐咲希を密かに同行させていた。智哉たちが「運良く襲われない」と錯覚する裏で、佐藤は咲希が察知した脅威を、不可視の力で片端から処理していた。音もなく飛びかかろうとする飢えた魔物たちの気配は、佐藤の歩みに合わせて静かに『支配庫』へと吸い込まれていった。
一時間ほどの行軍の末、一行はついに澄んだ水を湛えた小川へと辿り着いた。
「よし……! 本当に、本当に水がある……!」
智哉が震える声で歓喜し、一同は必死で水を汲み始める。持てる分のペットボトルに水を詰めながら、川瀬がふと不安げに小川の底を覗き込んだ。
「これ……本当に飲めるんすかね? 水質とか、寄生虫とか大丈夫なんすか」
「大丈夫ですよ。以前の探索で既に飲んだ人がいますから。その人は特に不調を訴えていませんよね? 佐藤さん」
智哉は自ら毒見をする勇気もなく、佐藤の女である北川結衣を「実験台」にして経過を観察していたのだ。佐藤は、卑屈な知略を巡らせる智哉を心底から見下しながら、短く「ああ……」とだけ答えた。
午後。水源を確保し、アパートには一時的な安堵が広がっていた。
201号室に戻った佐藤は、ソファに深く腰を下ろしていた。その逞しい身体には、四人の女たちが吸い付くように侍っている。
佐藤の両脇を固めるのは金井綾香と鈴木舞香の姉妹だ。二人は佐藤の両腕をそれぞれの豊かな胸に抱き込み、競うようにして首筋や胸板を愛撫している。佐藤はその腕を解放することなく、空いた指先で二人の熱く湿った最奥を無慈悲に掻き乱していた。
「あ、んっ……佐藤、さん……っ」
「智哉さん……あんなに必死になって。滑稽だと思いませんか……ぁんっ!」
綾香が、夫への嘲笑を混じえた熱い吐息を佐藤の耳元に吹きかけながら、指の動きに腰を跳ねさせる。妹の舞香もまた、姉への対抗心を露わにしながら、佐藤の逞しい腕を自らの胸に押し当て、満足げに喉を鳴らしていた。
佐藤の正面、開かれた両脚の間には田中美咲が跪いていた。彼女は『自愛の微光』を指先に灯し、佐藤の太腿から腹部にかけてを慈しむような手つきで撫で回し、疲労を癒やす奉仕に没頭している。夫である健太を完全に否定し、佐藤の家畜であることを自ら選んだ彼女の瞳には、狂信的な愛が宿っていた。
さらにその美咲の背後、佐藤の足元の影から這い出すようにして、五十嵐咲希が潜り込んでいる。彼女は『淡影』を使い、美咲の奉仕の隙間を縫うようにして、佐藤の昂ぶった証を密やかに、しかし執拗に舌先で転がしていた。佐藤は、北川結衣が差し出す口移しの水分補給を悠然と受け入れ、女たちの肉壁に囲まれた甘美な静寂を愉しんでいた。
その傍ら、佐藤は自らの内に広がる『支配庫』の様子を窺った。午前中に収納した異形たちは、食料を与えられぬまま、凄まじい肉の咀嚼音を立てて共食いを始めていた。
(餌を与えれば飼い慣らすことができる。ということは、逆も然り……か。両方試してみるか)
その頃、一階では横山達也が田中健太と川瀬、および行き渋る神田を唆していた。
「おい、さっきの森の中、危険なヤツ全然いなかったよな? 智哉さんの目印さえあれば、俺たちだけでも行けるんじゃねえか?」
横山の言葉に、田中も欲を滲ませて頷く。
「持てる分しか汲めなかったからな、もっと欲しいよな! 神田、お前も来いよ」
四人は無断で森へと再突入した。智哉の目印を辿り、難なく小川へと辿り着く。
「へへ、やっぱり余裕じゃねえか」
「これだけあれば、しばらくは安泰だな」
四人が談笑しながらペットボトルに水を汲んでいた、その時だった。
唐突に吹き抜けた、身の毛もよだつような冷たい突風。
それと共に「それ」は現れた。小川の反対側、木々をなぎ倒すようにして姿を現したのは、山のような体躯を持つ大型獣だった。その圧倒的な質量と、獲物を射抜くような冷酷な眼光。四人の思考は一瞬で凍り付いた。
「……おい、なんだよ、あれ……。逃げろ!」
横山の叫びを合図に、四人は弾かれたように背を向けた。だが、獣にとってその距離はあってないようなものだった。背中を見せた刹那、巨躯からは想像もつかない速さで間を詰められる。最後尾を走っていた横山が、巨大な爪に捉えられた。
「ガッ……あ、ああ……!」
凄まじい衝撃。だが、獣は鮮度を保つためか、横山を即死させることはなかった。瀕死の重傷を負わせたまま、その巨大な口で横山を咥え上げる。
「……たす、けて……死にたく、ない……香織……」
弱々しく漏れる絶望の声。獣は横山を咥えたまま、音もなく森の深淵へと消えていった。
「ギャアアアアアア!」
血飛沫を浴び、腰を抜かさんばかりの勢いで田中、川瀬、神田は、仲間を見捨てることに一秒の迷いもなく、狂ったようにアパートへと逃げ帰った。
201号室にその悲鳴が届いたのは、佐藤が情事の余韻に浸ろうとした直前だった。
「佐藤さん! 智哉さん! 横山が……横山が殺された!」
廊下を激しく叩く音と共に、川瀬の悲鳴が響き渡る。部屋に緊張が走るが、佐藤だけは動じなかった。
(……これで水源には行けなくなるな。また水が死活問題になる。だが、ちょうどいい)
佐藤の『支配庫』の中では、今まさに、最後の一体となるまで互いを喰らい合う凄惨な選別が完了しようとしていた。
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