第49話:献身の影に咲くもの
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前回までのあらすじ:佐藤の圧倒的な「再刻印」によって、咲希が禁忌の悦楽と支配の中に自己の存在意義を完膚なきまで埋没させる一方、飢餓と屈辱が臨界点に達した一階の健太らは、陽菜を捨て石にした偵察と明日への襲撃計画を狂気の中で決定し、アパートは王の粛清を待つ屠殺場へと変貌していく。
それでは、第49話をお楽しみください。
※本作は規約遵守のR15作品です。過激な描写にご注意ください。
アパート『シャン・ソレイユ』を囲む樹海には、止むことのない生命の胎動が、湿った土の腐臭と共に満ち満ちていた。昨日よりもまた数歩、原生林はその太い指先を窓辺へと伸ばし、建物を覆い尽くさんとする緑の波濤を強めている。外界から完全に切り離された閉塞感の中、厚い雲の隙間から鈍い光が落ちる三十九日目の午後は、静かな、しかし確実な破滅の足音を響かせていた。
二階、201号室。
佐藤悠は、静寂に包まれたリビングで支配庫の感覚を研ぎ澄ませ、内部の資源を整理し、増殖させていた。
そこへ、場にそぐわぬほど控えめなノックの音が響く。
「……失礼します、佐藤さん」
ドアの向こうから聞こえたのは、消え入りそうな少女の声だった。佐藤が警戒を解かずにドアを僅かに開けると、チェーン越しに、不安げな表情を浮かべた辻亜美が立っていた。姉の有美と瓜二つの容貌だが、どこか影の薄い方の妹だ。
「何の用だ。204号室の……妹の方か」
佐藤の冷淡な問いかけに、亜美は弾かれたように顔を上げた。
「はい。亜美です。辻亜美です。……お姉ちゃんは、今、部屋で少し休んでいます。今日は私一人で、佐藤さんにお願いがあってお伺いしました。……あの、部屋に水と食料がもうないんです。北川さんに聞いたら、佐藤さんを紹介されて……」
「北川がか。余計な真似を」
佐藤はチェーンをかけたまま、品定めするように彼女を凝視した。一階の103号室組が暴走を始め、備蓄の分配が完全に滞っている現状、力なき姉妹が生き残る道は、このアパートの「実権」を握る者に縋るほかない。
「……私たち姉妹を、これからも見捨てないでほしいんです。そのために、私にできることなら……何でもします」
「何でも、か。口先だけの忠誠ほど安いものはないぞ」
「分かっています。だから、言葉だけじゃなくて……私個人の、一番価値のあるものを捧げに来ました。それも……北川さんに、聞きました。佐藤さんに受け入れてもらうための、作法……のようなものがあるって」
佐藤は鼻先で笑い飛ばすと、ドアのチェーンを外して彼女を室内に招き入れた。リビングへと通された亜美は、あまりの緊張に指先を震わせ、ソファに深く腰掛けた佐藤の前に立ち尽くしていた。
「今日はいつから飲んでいない」
「……朝からです」
「そんなにギリギリだったのか」
「……残りが、もう少なくて。だから、お姉ちゃんのために残してあります。私は、大丈夫ですから……」
自分を削ってまで姉を生かそうとする健気さと、その裏にある危うい自己犠牲。佐藤は「……こっちに来い」と短く命じ、机の上のペットボトルを手に取った。戸惑いながら歩み寄った亜美の腰を引き寄せると、佐藤は自らの口にたっぷりと水を含み、そのまま彼女の唇を深く塞いだ。
「んっ……ふぐっ!?」
強引な口付けと共に、佐藤の体温が混じった水が亜美の喉へと流れ込む。むせ返りそうになりながらも、彼女は必死にその救いの滴を飲み干した。しかし、佐藤は追い込むように再びボトルを煽る。
「……まだ足りないだろう」
二度目の接吻。先ほどよりも多量の水が、佐藤の舌の動きと共に無理やり喉の奥へと送り込まれる。理性が佐藤という個体に侵食されていくような屈服感。水分が染み渡ると同時に、彼女の心には言いようのない被支配の悦びが広がっていく。
ようやく解放された亜美は、口端から溢れた雫を拭うこともできず、肩で激しく息を吐いていた。佐藤はその顎を乱暴に掬い上げ、床を指差す。
「……跪け。何からすればいいか、作法とやらを見せてもらおうか」
だが、亜美は立ち尽くしたまま動けない。知識として「捧げる」ことは理解していても、具体的にどう動けばいいのか、その身体が拒絶と混乱で固まっている。
「どうした。北川から何を教えてもらったんだ。……咲希。教えてやれ」
佐藤が虚空へ向かって呟くと、背後の影が揺らぎ、五十嵐咲希が姿を現した。彼女は佐藤の絶対的な影として、すでに支配を受け入れた先達だ。咲希は無機質な瞳で亜美を見つめた後、主である佐藤へ視線を向けた。
「……佐藤さん。どこまで、教えればいいですか?」
「お前より先には進めないから安心しろ。まずは入り口だ」
その言葉を聞いた瞬間、咲希の表情に微かな安堵が広がった。自分の「聖域」はまだ侵されない――。彼女は一度だけ小さく息を吐き、すぐに冷徹な顔に戻ると、亜美に奉仕の指導を始めた。
「……見てなさい。迎え入れるための、最初の儀式よ」
咲希の細い指先が、亜美の肩を強く押し下げる。導かれるように亜美は床へ膝をついた。佐藤の股座が目の前に迫る。震える手で彼女は佐藤のベルトへと手を伸ばした。金属が重なる冷たい音が、静かな室内に異様に大きく響いた。
衣服が退けられ、露わになった佐藤の猛々しいまでの熱を目の当たりにした瞬間、亜美の思考は真っ白に染まった。純潔を守り続けてきた彼女にとって、それは空想の産物でさえあり得ないほどの異形だった。今や一階の住人となった陽菜から、かつて大学の校内で冗談めかして聞かされていた男たちの基準とは、太さも熱量も、そして放つ威圧感も比べものにならない。あまりの衝撃に、亜美は手を伸ばすことさえ躊躇い、金縛りにあったように凝視することしかできなかった。
「……何をしているの。早く口を使いなさい」
咲希の冷ややかな声が、亜美の背中を打つ。促されるまま、亜美は恐る恐るその熱源へと顔を寄せ、震える舌先で吸い付くような、幼くも懸命な愛撫を始めた。
「……そんなんじゃ、満足されないわよ」
咲希の容赦ない指導が飛ぶ。亜美は涙目で上目遣いに佐藤を見上げると、意を決して自身の小さな口を大きく開き、まずはその先端の膨らみだけを慎重に含んだ。
「ん……ぅ、んんっ……!」
口腔を蹂躙する圧倒的な異物感。しかし、未経験の亜美では佐藤を満足へと導くにはあまりに拙すぎた。慣れない奉仕に必死にしがみつくが、開きすぎた顎はすぐに悲鳴を上げ、鋭い痛みが彼女を襲う。佐藤は眉を寄せ、満足には程遠い表情で亜美を見下ろした。
「……まぁ、いいか。咲希、手伝え」
佐藤の呼びかけに応じ、咲希が即座に動き出す。彼女は亜美の隣に跪くと、熟練の手つきで佐藤の剛直を把持した。咲希の動きは激しく、かつ正確だった。自らの喉の最奥、拒絶さえ許さぬ深みまでを使い、佐藤の質量を受け止めていく。同時に空いた手で、彼女は佐藤を視覚的にも情欲の渦へと誘い込んだ。
支配者の吐息が荒くなり、限界が訪れる。佐藤は咲希の口内に、熱く沸き立った証を溢れさせた。
「飲むなよ。亜美に移せ」
佐藤の冷徹な命令に、咲希は白濁した熱を口に含んだまま亜美に口付けし、舌を使ってそれを送り込む。亜美がそれを一滴残らず飲み干したその時、再びドアをノックする音が響いた。
「……今日は来客が多いな」
佐藤はソファから動かず、ドアを開けぬまま低く応対した。
「はい……?」
外から漏れたのは、焦燥に駆られた石堂陽菜の声だった。
「あの……元204の、石堂陽菜です。……ご相談があって……」
その声を聞いた瞬間、床に膝をついたままの亜美の顔に驚愕が走る。佐藤はチェーンをかけたままドアを細く開け、陽菜一人であることを確認すると、無造作に彼女を部屋へと招き入れた。
室内に入った陽菜は、まず床に乱れた姿で座り込んでいる亜美を見つけ、息を呑んだ。しかし、それ以上に彼女を震撼させたのは、この部屋の異常な光景だった。
(な、何もない……?)
佐藤の居室は、リビングに置かれたソファを除けば、生活感を一切排したガランとした空洞だった。存在感を消した咲希の姿は、陽菜の瞳には映らない。
「どうした」
佐藤の問いかけに、陽菜は動揺を隠すように取り繕った。
「美咲っ! 美咲さんを探してて……」
彼女は嘘を吐きながら部屋の奥、寝室まで進むが、そこにはただ一つ、整えられた清潔なベッドがあるのみだった。どこにも物資を隠せるような場所はない。
「美咲なら違う部屋にいる。今はここに居ない」
佐藤の冷淡な回答が、陽菜の思考を停止させた。亜美の乱れた衣服と潤んだ瞳。彼女が何を代償にしたかを察し、それ以上に、この部屋には奪える資源が何もないという現実に絶望した陽菜は、「それなら、大丈夫です」とそそくさと部屋を後にした。
陽菜が去り、再び静寂が戻った室内で、佐藤は「咲希、アレを持ってこい」と短く命じた。咲希は静かに姿を消し、亜美には見えない位置から、支配庫より取り出した数本の水と食料を運んできた。
佐藤はそれを亜美に手渡し、「下がっていろ」と告げる。亜美は大切そうにその重みを感じながら立ち上がった。
「……佐藤さん。このことは、お姉ちゃんには黙っていてください」
消え入りそうな、しかし切実な願い。佐藤は答えず、ただ冷たく背を向けた。
一階、103号室。戻ってきた陽菜は、待ち構えていた健太に報告した。
「……ガランとして、何もなかったわ。本当に、何も」
陽菜は、かつての友である亜美が二階で佐藤の支配に身を投じていた事実は、ついに告げなかった。しかし、健太はその言葉を信じてはいなかった。
「何もなかっただと? 嘘を吐くな。あの野郎が手ぶらでふんぞり返っているはずがない」
健太の濁った瞳が、部屋の隅で膝を抱える小野香織を捉えた。
「おい、香織。お前が行け。陽菜が見逃した『何か』を、その体を使って暴いてこい」
命令を受けた香織は、光を失った瞳でゆっくりと立ち上がった。
二階、201号室。佐藤は窓の外、原生林を見つめ、静かに嗤う。
「鼠共が何かを企んでいるようだが……せいぜい、その浅知恵で俺を愉しませてみせろ」
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