第24話:壊れた祈り
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前回までのあらすじ:健太らが森から引き連れてきた狼の群れによって、広場で無邪気に遊んでいた大愛が惨殺され、美咲の治癒スキルも虚しく霧散し、アパートに唯一残っていた陽だまりのような平和が完全に終焉を迎える。
それでは、第24話をお楽しみください。
※本作は規約遵守のR15作品です。過激な描写にご注意ください。
アパート『シャン・ソレイユ』を囲む樹海に、十八度目の陽光が力なく差し込んでいた。
昨日、広場を真っ赤に染めた惨劇の痕跡は、夜の間に降りた深い霧によって冷たく塗り潰されている。住人たちの心に灯りかけた「平和」という名の淡い期待は、一夜にして消え失せた。エントランスの床に残る乾いた血痕と、誰のものともつかないすすり泣きだけが、この場所が逃れようのない監獄であることを改めて突きつけていた。
103号室の空気は、死の冷気に支配されていた。
昨日まで大愛が走り回っていたリビングには、冷たくなった小さな亡骸が横たわっている。
「……だいあ、おはよう。今日もいいお天気よ」
田中美咲は、虚ろな瞳で亡骸の傍らに座り、優しくその頬を撫でていた。
彼女の精神は、最愛の息子の死という現実を許容できず、どこか遠い場所へと切り離されていた。大愛の身体から溢れ出した、希望を嘲笑うかのような無慈悲な輝き――あの光が、彼女の心に決定的な亀裂を入れていた。
「おい、いつまでそうしてるんだ。いい加減にしろ」
部屋の隅で、田中健太が苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
息子を失った直後の号泣は、今や醜い自己正当化へと変貌していた。彼は、大愛を殺したのは自分の野心ではなく、外に出た美咲の不注意であり、そして何よりこの異常な世界のせいだと、自分自身に言い聞かせていた。
「静かにして。大愛が起きちゃうわ」
美咲は抑揚のない声で答えた。かつての献身的な妻の面影はない。その瞳には、健太に対する愛情も、あるいは憎しみすらも宿っていなかった。ただ、壊れた人形のような空虚さだけがそこにあった。
健太は、その美咲の態度に得体の知れない苛立ちと、歪な支配欲を募らせていた。
(水や食料さえ見つければ……このアパートの女はみんな俺のモノになるはずだったんだ)
昨日の探索で狼に追われ、惨めに逃げ帰った醜態。それを払拭するかのように、彼は目の前の、精神を病んだ妻を組み伏せることで自らの優位性を確認しようとした。
「大愛はもう死んだんだよ! いい加減現実を見ろ!」
健太は美咲の腕を乱暴に掴み、無理やり亡骸から引き剥がした。彼女をベッドへと押し倒し、その身体に覆いかぶさる。
美咲は抵抗しなかった。拒絶も、受容もしない。ただ、天井の一点を見つめたまま、人形のようにされるがままになっていた。
健太は、美咲の無反応にかえって興奮を覚えた。
彼は美咲の衣服の襟元を掴むと、力任せに左右へ引き裂いた。布地の弾ける乾いた音が響き、露わになった彼女の白い肌に、健太は獣のような荒い吐息を吹きかける。
彼は美咲の四肢を乱暴に押さえつけ、逃げ場を奪うことで全能感に浸った。指先が彼女の柔らかな肌を強く圧迫し、そこには無慈悲な指の痕が刻まれていく。自らの欲望を押し通す快楽。健太は彼女の唇を奪い、強引に舌を割り込ませたが、美咲の口内には微かな温もりがあるだけで、何の反応も返ってこない。
彼は美咲の下着を引きちぎるように剥ぎ取ると、剥き出しになった彼女の身体を執拗に蹂躙した。
行為の本質はもはや愛などではなく、単なる「所有」の確認だった。健太は剥き出しの欲望を彼女の最奥へと力任せに突き立て、自らの存在を誇示するように激しく腰を動かした。美咲の身体が機械的に揺れる。結合部からは卑猥な水音が響き、健太の荒い鼻息が耳元を掠めていくが、美咲はただ、自らの内で死んでいく感情を見つめているだけだった。
痛みを与えることでしか、今の自分は彼女を支配できない。その焦燥が、彼をさらなる蹂躙へと駆り立てる。
「俺が夫だ……。俺が、お前の主なんだよ……!」
自分に言い聞かせるような呻き声を上げながら、健太は狂ったように欲望を排泄し続けた。やがて最奥に熱い白濁を放つと、彼は満足げな溜息を吐き、ぐったりとした美咲の上に崩れ落ちた。
健太が欲望を満たし、満足げに彼女の身体から離れたとき、美咲はふらふらと立ち上がった。
引き裂かれた服をまともに纏うこともできず、肌を剥き出しにしたまま、彼女は窓の外を見つめた。
「……健太。私、分かったわ」
「……あ? 何がだよ」
「佐藤さんのところへ行く。あの人に尽くさなきゃ」
健太は、その言葉に顔をしかめた。
「何を言ってやがる。あんな奴に媚びるつもりか? もっとまともな暮らしをさせてやるから、俺に従ってりゃいいんだよ」
「あなたは何もできなかったじゃない」
美咲の冷徹な一言が、健太の言葉を遮った。
「大愛を殺したのはあなたよ。そして、私に大愛を育てるための助けをくれたのは、佐藤さんだけだった」
美咲にとって、佐藤悠に身体を捧げる行為は、もはや屈辱ではなく、唯一「命を繋ぐ取引」が成立したという全能感に満ちた儀式へと昇華されていた。大愛が死んだのは、自分の「捧げもの」が足りなかったからだ――そんな歪んだ結論が、彼女の壊れた心を支配し始めていた。
美咲はそのまま、健太の制止も聞かずに部屋を出た。
引き裂かれた衣類から肩や脚を覗かせ、半分裸のような、あまりに痛々しい姿。廊下を歩く彼女の足取りは、どこか浮世離れした軽やかさがあった。104号室の前を通り過ぎる際、ドアの覗き窓から咲希が息を呑んで見守っていたが、美咲は気づきもしなかった。
二階へと上がり、201号室の前に立つ。
ドアをノックし、中に招き入れられた美咲は、あまりに凄惨なその姿に、中にいた女性たちの絶句を誘った。
「美咲さん……! なんて姿なの……」
金井綾香が真っ先に駆け寄り、震える手で彼女を抱き寄せた。鈴木舞香も反対側から彼女を包み込むように優しく抱きしめ、背中をさすった。
「もう大丈夫、大丈夫だから。よく頑張ったね……」
二人の温もりに触れた瞬間、美咲の瞳から、それまで枯れ果てていたはずの涙が溢れ出した。まだ20歳の若い母親にとって、愛する息子の死と、夫からの暴力的な蹂躙は、あまりに重く、あまりに厳しい現実だった。二人の腕の中で、美咲は子供のように声を上げて泣いた。
そんな三人の光景を、部屋の奥で佐藤悠が無機質な瞳で見下ろしていた。
「……子供の件は残念だったな」
佐藤の声は、慰めというにはあまりに冷淡で、事務的だった。だが美咲は、綾香たちの腕を離すと、剥き出しの肢体のまま佐藤の足元へと跪いた。
「佐藤さん……お願いします。もっと私を使ってください」
美咲は、健太に引き裂かれたわずかな布切れも、自らの手で静かに払い落とした。
「私をめちゃくちゃにしてください。あなたの所有物にして、私という存在を消してください」
もはや彼女に、恥じらう心など残っていない。自らのアイデンティティを破壊し、ただの「愛玩動物」へと成り下がることで、喪失の痛みから逃れようとする、狂気の逃避だった。
佐藤は彼女の願いを拒まなかった。
彼は跪く美咲の頭を優しく引き寄せ、その乾いた唇に冷たい接吻を落とした。美咲は、佐藤の冷徹な感触に、これまで感じたことのない安らぎを覚えた。彼に踏みにじられ、弄ばれるたびに、大愛を失った罪悪感が少しずつ薄れていくような錯覚に陥る。
その頃、103号室に残された健太は、壁を力任せに殴りつけていた。
「クソ……! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって……!」
妻が自ら進んで他の男に抱かれに行ったという事実。そして、自分にはそれを止める力も、彼女を繋ぎ止める言葉も持っていないという現実。
健太の内にあった「支配欲」は、行き場を失い、より凶暴で直接的な「略奪」への渇望へと変質し始めていた。
(佐藤悠……。いつか必ず、お前からすべてを奪ってやる。あの女も、食料も、水も……このアパートのすべてを俺の足元に跪かせてやる!)
田中健太の野心は、愛する者の死を経て、純粋な「悪意」へと純化された。
そして田中美咲は、佐藤悠という存在への献身に身を投じることで、その精神の崩壊を完成させた。
窓の外では、陽光が沈み、再び不気味な夜の帳が降りようとしていた。
アパートの住人たちは、自分たちのコミュニティが内側から腐敗し、取り返しのつかない破滅へと向かっていることに、まだ誰も気づいていなかった。
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