表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アパートごと異世界に転移したが、俺だけ収納スキルだったので住民を支配することにした  作者: 飯尾 意緒
第1章 異界転移と水の隷属

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/26

第18話:淡い影の観測と聖域の湯気

いつもご愛読ありがとうございます!

前回までのあらすじ:智哉らが狩猟に成功し「男の力」を取り戻した高揚感で女たちを抱くが、女たちの心は既に佐藤の毒に侵され、夫の愛撫を空虚に受け流しながら佐藤の冷酷な支配を渇望するという、決定的な断絶が浮き彫りになる。

それでは、第18話をお楽しみください。


※本作は規約遵守のR15作品です。過激な描写にご注意ください。

 アパート『シャン・ソレイユ』を囲む樹海に、また一つ、文明の理性を剥ぎ取るような沈黙が積み重なった。

 この異常な監禁生活が始まってから、十三度目の太陽が沈み、森は深い闇に塗り潰された。昼間の狩猟成功がもたらした熱狂は、夜になっても冷めることを知らない。壁一枚隔てた隣室から漏れ聞こえてくる、獣のような咆哮と、それに翻弄される女たちの嬌声。それこそが、暦を失った住人たちにとって、今日という一日が終わろうとしていることを告げる唯一の指標となっていた。

 だが、その狂乱から取り残された少女が一人、104号室の片隅にいた。

 五十嵐咲希は、膝を抱えて窓の外を見つめていた。薄い壁を透かして響く、生理的な嫌悪感を催す湿った音。それらは彼女にとって、外の森に潜む未知の怪物よりも恐ろしく、おぞましいものに感じられた。

(……みんな、おかしくなっちゃったみたい)

 ネグレクトという過酷な環境で育った彼女にとって、「気配を消す」ことは生存本能だった。彼女の持つスキル『淡影』は、本人の自覚がないままに深化し、今や彼女の存在を陽炎のように希薄にさせている。完璧に消えるわけではないが、意識を向けられなければ、そこにいないも同然だった。

 彼女は、空腹と喉の渇きに突き動かされ、ふらりと部屋を出た。104号室には、彼女を気にかける者は誰もいない。皆、隣の部屋で起きている喧騒に意識を奪われている。

 彼女が見たのは、二階へと続く階段に向かう101号室の鈴木舞香の姿だった。舞香は周囲を執拗に警戒しながら階段を上がる。咲希は『淡影』の力を無意識に全開にし、その後をつけて音もなく階段を登った。二階の廊下で、舞香が再び周囲を確認してから201号室をノックし、中へと入っていく。

 しばらくしてから、咲希は周囲を確認して201号室のドアノブに手をかけた。鍵は掛かっておらず、彼女は静かにドアを開け、音もなく部屋に入り込んだ。

 部屋の奥からは、むせ返るような男女の熱気が漂っていた。咲希がリビングを覗き込むと、そこには佐藤と舞香の姿があった。二人は激しい口付けを交わし、重なり合う舌の間に伸びる唾液の糸が、窓から差し込む月光に照らされて白く光る。舞香は当たり前のような動作で佐藤の脚元に跪くと、怒張したモノを口に含み、奉仕を始めた。

 その生々しい行為を直視できず、咲希はすぐさま近くにあったトイレへと逃げ込んだ。薄い壁越しに、チュパチュパという瑞々しい音や、時折深く吸い込むような音が鼓膜を震わせる。

 やがて、二人の行為はさらに激しさを増し、トイレのすぐ近くのリビングで交わりだした。パンッパンッと肉と肉が激しくぶつかり合う衝撃音が響き渡る。咲希は心臓の鼓動が漏れぬよう息を殺し、必死に存在感を消し続けた。

 しばらくすると、舞香の甲高い声が響き、続いてジュルジュルという卑猥な音が聞こえた。内容はわからないが、短い会話の後に舞香は101号室へと帰っていき、佐藤もまた階下の様子をうかがうように一緒に出て行った。

 静まり返ったリビングに這い出した咲希をまず襲ったのは、佐藤と舞香が残したオスとメスの情事の匂いだった。本能的な嫌悪感に鼻を突きながらも、そこを通り過ぎて台所へと向かった彼女は、さらなる衝撃に目を見開いた。

 まず、匂いが違った。住人たちが奪い合った、あの血生臭い獣の肉の匂いではない。食欲をそそる芳醇なスパイスの香りと、炊き立ての米が放つ甘い香りが漂っている。視線を奥へ向ければ、台所のワークトップの上には高級感のある缶詰の中身が皿に盛られ、純白な米が湯気を立てている。

(どうして……? あんなにたくさん。佐藤さんは、魔法使いなの?)

 さらに咲希を戦慄させたのは、風呂場から漏れる湯気だった。

 そこには、溢れんばかりの「お湯」があった。湯船からは真っ白な湯気が立ち上っている。本来、アパートの蛇口からは水など一滴も出ないはずだ。それなのに、この部屋だけは渇きに苦しむ住人たちが夢にまで見た、豊かな潤いに満ちていた。

 不意に、玄関の鍵が開く音がした。佐藤が一人で戻ってきたのだ。

 逃げ場を失った咲希は、慌てて冷蔵庫の横にある収納の下に潜り込み、必死に息を止めて影と同化した。佐藤の目は、まるでそこには誰もいないかのように、彼女のすぐ横を通り過ぎる。

 佐藤が脱衣所で服を脱ぎ捨てると、そこには配送員として鍛え上げられた、鋼のような肉体が露わになった。今の彼からは、他者を圧倒するような、不可解なまでの余裕とオーラが放たれていた。

 彼は湯船に浸かると、ふう、と短く息を吐いた。

 咲希は、その光景を隙間からただ呆然と見守っていた。他の部屋では、一滴の水を巡って女たちが尊厳を売り、男たちが泥にまみれて獣を殺しているというのに。この男だけは、なぜこれほどまでに豊かな資源を独占し、優雅に身体を癒やしているのか。

 その不平等さに驚愕しながらも、咲希の心を満たしたのは、圧倒的な「強さ」への、抗いようのない憧憬だった。

 その時、佐藤がふと、咲希の隠れている方向へと視線を向けた。

「……隠れているつもりか? 小さな影」

 その声は低く、まるですべてを見透かしているかのようだった。

 咲希は心臓が止まるかと思った。だが、佐藤は追及することなく、再び目を閉じて湯船に沈んだ。

「喉が渇いているなら、そこにあるペットボトルを持って行け。腹が減ってるなら、そこにある食べ物も持っていけ。どうせ食べ残しだ。ただし、他人に知られれば、お前のその『影』も消えることになるぞ」

 台所の棚には、未開封のミネラルウォーターが置かれていた。そして咲希は、ワークトップの上にあった、高級感のある缶詰の中身が盛られた皿と、純白な米の器を、震える手で掴んだ。彼女はそれらを持って、脱兎のごとく部屋を後にした。

 自分の部屋に戻り、冷たい水を喉に流し込み、温かさの残る米を頬張りながら、咲希は理解した。

 このアパートの本当の恐怖は、森にいる獣ではない。ましてや、餓えた住人たちの暴走でもない。自分たちの生殺与奪の権を完全に握りながら、涼しい顔で湯船に浸かっている、あの男の存在そのものなのだ。

 翌朝。十四日目の陽光が、惨状の残るアパートに差し込む。

 101号室の金井智哉は、昨日の成功の余韻に浸りながら、朝食に昨日の残りの獣肉を並べ、妻の綾香と囲んでいた。

「綾香、見たか。俺たちが協力すれば、佐藤に頼らなくても肉が手に入るんだ。次はもっと大きな獲物を狙うつもりだ」

 智哉の声には、失いかけていた自信が漲っていた。だが、彼に向き合う綾香の表情は、どこまでも虚ろだった。

「……ええ、そうね。智哉さん。すごいわ」

 彼女は、智哉が懸命に切り分けた肉を、砂を噛むような思いで咀嚼していた。智哉が誇らしげに語る「自立」が、佐藤の持つ圧倒的な「備蓄」の前ではいかに無意味であるかを、彼女は本能で悟りつつあった。

 智哉が彼女の肩に手を置く。

「これからは、舞香にも苦労させない。俺が全部、解決してやるからな」

 その温かいはずの手のひらを感じながらも、綾香の視線は智哉を見ることなく、どこか空虚な一点を見つめていた。脳裏に焼き付いているのは、佐藤悠の冷徹な指先。智哉の献身的な愛撫は、今の彼女が心の奥底で求めている「決定的な支配」を埋めるには、あまりにも頼りなかった。

 リビングのソファで、舞香が爪をいじりながら冷めた声で言った。

「お義兄ちゃん、そんなに張り切らなくてもいいのに。どうせ、外の森なんていつまで持つかわからないんだから」

「舞香、不吉なことを言うな。俺たちは勝ったんだ」

「勝った……ね。誰に勝ったのか、ちゃんと分かってる?」

 昨夜の秘め事を知る舞香の冷ややかな視線は、天井の向こう、201号室へと向けられていた。

 住人たちが「希望」という名の錯覚に踊らされる中、201号室の支配者は、次なる一手のために、その膨大なストレージ……『支配庫』の中身を確認していた。

 佐藤悠の唇が、音もなく吊り上がる。

(踊れそして舞い上がれ。高く飛び上がれば飛び上がるほど、墜ちた時の絶望は深くなる)

 アパートの壁を隔てて、支配と被支配の境界線が、より鮮明に、より残酷に引き直されようとしていた。

「面白いと思ったら、ブックマークや下の『☆☆☆☆☆』から評価をいただけると執筆の励みになります!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ