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その名前は、まだ小さな世界の中で



第28章 その名前は、まだ小さな世界の中で


 女子会の帰り道、駅までの道を四人で並んで歩く。

 春の夕暮れは柔らかく、街灯がぼんやりと光り始めていた。

 笑い声がまだ耳に残っている。

 けれど、俺の胸の中には小さなもやが残っていた。


 ――“優チャン”。


 その言葉を思い出すたび、体の奥がむずがゆくなる。

 嬉しいようで、でも同時に、どこか落ち着かない。


 「ねぇ、優チャン」

 不意に呼ばれて、思わず立ち止まった。

 呼んだのはほのかだ。

 彼女は手に持った買い物袋を軽く揺らしながら笑う。


 「明日も学校だね。服、どうするの? またスカート?」

 「……いや、明日は普通のジーンズで行くよ」

 「そっかー。でも“優チャン”って呼びたくなっちゃうな」


 ほのかが口にしたその響きに、沙月たち三人がクスッと笑う。

 俺は慌てて両手を振った。


 「ちょ、ちょっと待って! あの、その……“優チャン”は、あくまで……その……」

 「その?」と沙月が楽しそうに促す。


 「女の子の格好してる時だけ、ってことで。学校とかでは、やめてくれよ……」

 「え~、なんで? せっかく馴染んできたのに」

 「だって……周りの目、あるだろ。あんな名前で呼ばれたら、いろいろ説明つかないし」


 必死に言葉を並べながら、自分でも苦しい言い訳だと思った。

 でも、それでも譲れない気がした。

 “優チャン”という名は、あの小さな輪の中――

 彼女たちの前だけに許された、俺のもうひとつの顔。


 「ふふ、わかった。じゃあ“優チャン”は、ここだけの秘密だね」

 沙月がウィンクする。

 ほのかと真白と楓も「了解~」と声を合わせた。


 笑いながらも、どこか優しい空気が流れた。

 俺の心の奥がじんわり温まる。

 あぁ、なんだろう――

 “優チャン”という名を手放すことに、少しだけ惜しさを感じている自分に気づく。



---


 家に帰ると、鏡の前で今日の服装を見直した。

 パステルピンクのカーディガンに、

 小花模様のブラウス、

 そしてオフホワイトのプリーツスカート。

 どれも沙月に選ばされたものだ。


 袖口のレースが手首で軽く揺れるたびに、

 肌に柔らかく触れる。

 ブラウスの襟元のリボンが、ゆるく結ばれていて、

 鏡越しに見るとまるで“俺じゃない誰か”が立っているように思えた。


 その姿に、ため息が漏れる。

 「……こんな格好、俺には似合わない」

 口にしても、心のどこかで否定しきれない。

 指先でスカートの裾を軽くつまむと、

 さらさらと滑る布の冷たさが心地よく伝わった。


 “優チャン”という名前は、まだ限られた世界の中。

 けれど、あの四人の笑顔とともに、

 少しずつ俺の中に根を下ろし始めていた。



---


服装の詳細描写


トップス:小花模様のブラウス。コットン素材で通気性がよく、胸元に小さなリボン。首回りには細いレース。


アウター:パステルピンクのカーディガン。薄手で柔らかく、袖口が軽くフィットして動きやすい。


ボトムス:オフホワイトのプリーツスカート。動くたびにプリーツが自然に広がり、ひざ下でふんわりと揺れる。


靴:ベージュのローファー風パンプス。低めのヒールで歩きやすく、足元のラインをすっきり見せる。


アクセサリー:シルバーの髪留め(以前贈られたもの)。陽の光に反射して、ほんのりピンク色に輝く。

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