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追及と逃避



第23章 追及と逃避


 その日、俺は講義に出るため、少しだけ男らしい装いを意識していた。

 ベージュのスラックスに、白のシャツ。シルエットはゆったりめだが、インナーには淡いピンクのキャミソールを着ている。柔らかなレースが肌に当たるたび、ほんの少しだけくすぐったい。

 ブラウスの下に隠れているはずのそれが、風に揺れるたびに自分だけが知る秘密のようで、落ち着かない気持ちになる。


 講義棟に入ったところで、声をかけられた。


「……優斗?」


 振り向くと、そこには大学の友人――ほのかが立っていた。

 長い髪を一つにまとめ、春らしい花柄のワンピースを着ている。

 彼女の視線が、俺の襟元から胸元へとゆっくり滑っていく。


「なんか……雰囲気、変わったね」

「そ、そうか?」

「うん。服の感じとか、髪も。……それに、肌もなんか綺麗になってない?」


 どくりと心臓が跳ねた。

 彼女の何気ない観察眼が、俺の秘密のすぐそばまで迫っている。

 思わず視線を逸らすと、ほのかは一歩近づいてきた。


「バイト先でも見たんだよね。○○ブティック。あそこにいたの、優斗じゃない?」


 ――しまった。

 あの時、俺はほのかたちを見つけ、避けようとした。

 だが、彼女たちの帰り際、俺に声をかけたのは彼女だった。

 まさか、覚えていたなんて……。


 喉が乾いて、何も言えない。

 沈黙が続いたその時、救いの声が背後から降ってきた。


「ごめんなさい、この子、人違いだと思います」


 彼女――レッスンの指導者であり、今の俺を作った人――が、いつの間にかそばに立っていた。

 落ち着いた口調で、自然に俺の腕をとる。

 その瞬間、彼女の香水の香りがふわりと漂い、心臓の鼓動が落ち着いていく。


「ちょっと似てるかもしれないけど、彼は違います。ね?」


 俺は反射的にうなずく。

 ほのかはしばらく俺たちを見つめたが、やがて曖昧に笑って「そう……かな」と呟き、立ち去っていった。


 ――助かった。

 けれど、息を吐いた瞬間、彼女の指が俺の腕を軽くつねった。


「ねえ、優斗。あの子、絶対に気づいてるわよ」


 冷静な声が、胸に突き刺さる。


「あなたがどう振る舞っても、いつか“優斗”と“優”の境目はなくなる。

 ごまかせるのは、時間の問題よ」


 その言葉に、心の奥がざわついた。

 まだ俺は“男”のつもりでいる。

 でも、今日着ているシャツの柔らかい生地も、インナーのレースの感触も、

 もう完全に“男の服”とは言い切れない。


 俺は――どこへ向かっているんだろう。

 ほのかの残した視線の残像と、彼女の言葉が胸の中でせめぎ合いながら、

 春の午後の光が、いつもより少し眩しく感じられた。



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