表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

ショーウィンドウの中の自分


第二十章 ショーウィンドウの中の自分


 バイトを始めて一週間。

 接客にも少しずつ慣れ、笑顔を作ることも苦ではなくなってきた。

 それでも、鏡の中に映る自分を見ていると、

 「俺、何やってるんだろうな」と時々思う。



---


1 着替え室の光景


 今日も出勤前の控室。

 制服のワンピースを手に取る。

 淡いピンクベージュに、襟と袖口だけがホワイト。

 胸もとには細かいレース、ウエストには細いリボンベルト。

 裾は軽いシフォンで、膝下までの長さ。


 指で生地をつまむと、さらりとした感触が指先を滑る。

 綿のTシャツのような無骨さはなく、

 まるで空気をまとっているような軽さがあった。


 ワンピースの下にはキャミソールとストッキング。

 インナーの縫い目が肌をなぞるたび、

 “女の子の服”という現実を、体が勝手に理解してしまう。


 ――これを着ることが、もう日常になっている。



---


2 仕事中の違和感


 接客の合間、姿勢を正そうと背筋を伸ばすと、

 リボンベルトがウエストをきゅっと締めつけた。

 呼吸が浅くなり、思わず手を添えて緩める。


 「その結び方、かわいいですね」とお客様に言われ、

 反射的に「ありがとうございます」と返したあと、

 自分でも驚いた。

 “かわいい”という言葉を、

 自分に向けられて嬉しいと思ってしまったのだ。


 裾を踏まないように動くたび、

 スカートの内側でふわりと空気が動く。

 その軽やかさが心地よく、

 それでいてどこか落ち着かない。


 男としての自分と、鏡の中の姿が

 少しずつずれていくような感覚。



---


3 店長からの提案


 「明日ね、ショーウィンドウのディスプレイ、手伝ってもらえる?」

 店長がそう言った。


 「私が、ですか?」

 「うん、あの服が似合うと思って」


 彼女が指差したのは、白いブラウスとミントグリーンのスカート。

 ブラウスには胸元に大きなリボンタイがついていて、

 袖口にはチュールのフリル。

 スカートは膝下丈で、

 裾に細かく刺繍された小花模様がぐるりと一周していた。


 ――まるで、絵本の中のお嬢様の服。


 「ちょ、ちょっと、俺、ああいうのは……」

 「展示の補助だから大丈夫。試着してバランスを見るだけ」


 そう言われ、逃げ場がなくなった。



---


4 試着室の鏡


 ブラウスを羽織った瞬間、

 柔らかい布が首筋を包み、ひんやりとした感触が広がった。

 袖口のレースが手首を飾り、

 動くたびに小さく光を反射する。


 ボタンを留め終えると、胸元のリボンが軽く揺れた。

 軽やかで、息をするたびにふわりと空気をはらむ。


 ミントグリーンのスカートは、ウエストでしっかりと固定されていて、

 布地が層になって揺れるたびに、光が淡く反射する。

 膝の少し下まである裾が、

 歩くたびにふんわりと揺れ、肌にかすかに触れた。


 ――どうしてだろう、着心地が悪くない。


 むしろ、落ち着く。



---


5 ショーウィンドウの前で


 店長が微笑んだ。

 「完璧ね。そのまま、あのマネキンの隣に立ってみて」


 ショーウィンドウのガラスに、自分の姿が映る。

 そこにいるのは、リボンを揺らす“女の子”。

 俺の中の“男”は、ガラスの向こうで小さくなっていく。


 ガラス越しに通りかかる人たちがちらりと視線を向けていく。

 心臓が跳ね上がった。

 だけど、誰も“違和感”を覚えていない。


 バレていない。

 それどころか――自然に“見えている”。


 「……似合ってるよ」

 背後から店長の声。

 「えっ……?」

 「そのリボン、あなたが一番きれいに見える結び方をしてたから」


 頬が熱くなり、視線を落とした。


 リボンの先が風に揺れて、

 まるで自分の心が形になったように揺れていた。



---


6 夜、帰り道


 閉店後。

 制服に着替え直したあと、

 小さな紙袋を渡された。


 「これ、さっきのブラウスのリボン。サンプルだから、持って帰っていいわ」


 家に帰ってから、

 そのリボンを机の上に広げた。


 淡い白。

 指先で触れると、絹のように滑らか。

 ほんの少し甘い香りがした。


 ――俺、ほんとにこれを“かわいい”って思ってるのか?


 心の中で誰にともなく問いかける。

 答えは、出なかった。


 けれど、次の日。

 俺はそのリボンを髪留めのそばにそっと並べていた。



---


第二十章 ショーウィンドウの中の自分 完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ