ショーウィンドウの中の自分
第二十章 ショーウィンドウの中の自分
バイトを始めて一週間。
接客にも少しずつ慣れ、笑顔を作ることも苦ではなくなってきた。
それでも、鏡の中に映る自分を見ていると、
「俺、何やってるんだろうな」と時々思う。
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1 着替え室の光景
今日も出勤前の控室。
制服のワンピースを手に取る。
淡いピンクベージュに、襟と袖口だけがホワイト。
胸もとには細かいレース、ウエストには細いリボンベルト。
裾は軽いシフォンで、膝下までの長さ。
指で生地をつまむと、さらりとした感触が指先を滑る。
綿のTシャツのような無骨さはなく、
まるで空気をまとっているような軽さがあった。
ワンピースの下にはキャミソールとストッキング。
インナーの縫い目が肌をなぞるたび、
“女の子の服”という現実を、体が勝手に理解してしまう。
――これを着ることが、もう日常になっている。
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2 仕事中の違和感
接客の合間、姿勢を正そうと背筋を伸ばすと、
リボンベルトがウエストをきゅっと締めつけた。
呼吸が浅くなり、思わず手を添えて緩める。
「その結び方、かわいいですね」とお客様に言われ、
反射的に「ありがとうございます」と返したあと、
自分でも驚いた。
“かわいい”という言葉を、
自分に向けられて嬉しいと思ってしまったのだ。
裾を踏まないように動くたび、
スカートの内側でふわりと空気が動く。
その軽やかさが心地よく、
それでいてどこか落ち着かない。
男としての自分と、鏡の中の姿が
少しずつずれていくような感覚。
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3 店長からの提案
「明日ね、ショーウィンドウのディスプレイ、手伝ってもらえる?」
店長がそう言った。
「私が、ですか?」
「うん、あの服が似合うと思って」
彼女が指差したのは、白いブラウスとミントグリーンのスカート。
ブラウスには胸元に大きなリボンタイがついていて、
袖口にはチュールのフリル。
スカートは膝下丈で、
裾に細かく刺繍された小花模様がぐるりと一周していた。
――まるで、絵本の中のお嬢様の服。
「ちょ、ちょっと、俺、ああいうのは……」
「展示の補助だから大丈夫。試着してバランスを見るだけ」
そう言われ、逃げ場がなくなった。
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4 試着室の鏡
ブラウスを羽織った瞬間、
柔らかい布が首筋を包み、ひんやりとした感触が広がった。
袖口のレースが手首を飾り、
動くたびに小さく光を反射する。
ボタンを留め終えると、胸元のリボンが軽く揺れた。
軽やかで、息をするたびにふわりと空気をはらむ。
ミントグリーンのスカートは、ウエストでしっかりと固定されていて、
布地が層になって揺れるたびに、光が淡く反射する。
膝の少し下まである裾が、
歩くたびにふんわりと揺れ、肌にかすかに触れた。
――どうしてだろう、着心地が悪くない。
むしろ、落ち着く。
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5 ショーウィンドウの前で
店長が微笑んだ。
「完璧ね。そのまま、あのマネキンの隣に立ってみて」
ショーウィンドウのガラスに、自分の姿が映る。
そこにいるのは、リボンを揺らす“女の子”。
俺の中の“男”は、ガラスの向こうで小さくなっていく。
ガラス越しに通りかかる人たちがちらりと視線を向けていく。
心臓が跳ね上がった。
だけど、誰も“違和感”を覚えていない。
バレていない。
それどころか――自然に“見えている”。
「……似合ってるよ」
背後から店長の声。
「えっ……?」
「そのリボン、あなたが一番きれいに見える結び方をしてたから」
頬が熱くなり、視線を落とした。
リボンの先が風に揺れて、
まるで自分の心が形になったように揺れていた。
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6 夜、帰り道
閉店後。
制服に着替え直したあと、
小さな紙袋を渡された。
「これ、さっきのブラウスのリボン。サンプルだから、持って帰っていいわ」
家に帰ってから、
そのリボンを机の上に広げた。
淡い白。
指先で触れると、絹のように滑らか。
ほんの少し甘い香りがした。
――俺、ほんとにこれを“かわいい”って思ってるのか?
心の中で誰にともなく問いかける。
答えは、出なかった。
けれど、次の日。
俺はそのリボンを髪留めのそばにそっと並べていた。
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第二十章 ショーウィンドウの中の自分 完




