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ガラス越しの新人スタッフ


第十九章 ガラス越しの新人スタッフ


 ショッピングモールの一角。

 ガラス越しに見える白を基調としたブティック。

 あのとき、初めてスカートを試着した店だ。

 その前で、俺は紙袋を握りしめながら立ち尽くしていた。



---


1 面接の日


 その日、俺は悩みに悩んで選んだ服を着ていた。

 白いブラウス。胸元には細かいピンタックが並び、

 袖口には小さなレースが縁取られている。

 布は薄くて、指先で触れると空気のように軽い。

 風を受けるたび、ひらりと揺れた。


 下は、淡いグレージュのフレアスカート。

 素材は柔らかいジョーゼット。

 ふくらはぎのあたりでふんわりと広がり、

 歩くと裾が足にまとわりつく。


 ――正直、落ち着かない。


 けれど、“この格好なら自然に見える”と沙月が言った。

 俺は彼女の言葉を信じて、そのまま面接に臨むしかなかった。



---


 面接官は店長の女性で、穏やかな笑みを浮かべていた。

 「初めての接客?」

 「は、はい……あの、でも洋服には興味があって」


 声が少し震える。喉の奥が乾いて、

 “低くならないように”と意識しすぎて、逆に不自然な高さになった。

 店長は気づいていないようで、

 「うん、服が好きっていうのは一番大事よ」と笑った。


 俺はその言葉に救われるような気持ちでうなずいた。



---


2 採用の知らせ


 数日後、沙月の家でメイク練習をしていたとき、スマホが鳴った。

 「……採用、だって」

 「やっぱりね!」と沙月は嬉しそうに言った。

 「いや、たぶん“見た目”だけだ。中身まで女じゃないし」

 「見た目も立派な努力の成果でしょ」


 彼女の言葉が、少し胸に刺さった。

 俺が“努力”してきたことは――一体、何になるんだろう。



---


3 初出勤の日


 出勤初日。

 制服は店の支給品だった。


 淡いミルクティー色のワンピース。

 ウエストで細く切り替えられ、リボンベルトで結ぶデザイン。

 襟は丸く、首もとには控えめなレース。

 袖口は七分丈で、袖先にかけて少しふわっと広がっている。


 鏡の前で着替えを済ませた瞬間、

 ふわりとした生地の動きに、胸がくすぐったくなった。

 ――これを着て働くのか。


 ブラウスの生地が肌にすべる感覚。

 裾の内側でペチコートがかすかに擦れ合う音。

 靴はストラップ付きのローヒール。

 かかとを鳴らすたびに、音が“女の子の足音”に聞こえた。


 「……落ち着け、俺は男だ」

 鏡に向かって小さくつぶやき、深呼吸をした。



---


4 働き始める


 「いらっしゃいませ」

 声を出すたび、喉の奥に緊張が走る。

 低くなりすぎないように、でも不自然に高くならないように。

 接客のたびに、まるで綱渡りをしている気分だった。


 お客様の視線が、自分の手元や髪に触れる。

 “女性として見られている”という実感に、

 どこかくすぐったく、そして怖くなる。


 裾を少し直すたび、スカートの布が指先に触れる。

 リボンベルトが腰の位置を強調して、

 呼吸するたびに胸元のレースがわずかに動く。


 その繊細な感覚のすべてが、

 “男の俺”を忘れさせようとしているようだった。



---


5 沙月との帰り道


 「初日、どうだった?」

 仕事終わり、モールの外で待っていた沙月が声をかけてきた。


 「……疲れた。変に気を使いすぎて」

 「でも、ちゃんと“見えて”たよ。女の子として」

 「やめろ、そういうこと言うな」


 俺は思わず顔を背けた。

 けれど、視界の端で風に揺れる自分のスカートが目に入る。

 その揺れ方が、どこか綺麗だと――思ってしまった。



---


6 夜、鏡の前で


 帰宅して、ワンピースを脱ぐ前に鏡の前に立った。

 ウエストのリボンを解くと、生地がふわっとほどけて落ちる。

 ほんの一瞬、名残惜しさが胸を刺した。


 「……バレなかった、よな」

 小さくつぶやく。

 その安堵と一緒に、

 “バレないように振る舞えた自分”を、誇らしく感じていることに気づいた。


 男としての誇りとは、また違う、

 新しい“何か”が芽生えつつある――そんな夜だった。



---


第十九章 ガラス越しの新人スタッフ 完




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