第二章 はにかみの午後
第二章 はにかみの午後
1 チグハグな通学
入学式の翌朝。
鏡の前に立った僕は、自分の姿にため息をついた。
上は濃紺のシャツに、グレーのカーディガン。
下は少しゆるめの黒いパンツ。
一見すると、昨日までと同じ“男子大学生”の服装だ。
――けれど、中身が違う。
シャツの下には、淡いピンクのキャミソール。
胸元に小さなリボンがついていて、裾にはレースの縁取り。
薄い生地が肌にまとわりついて、動くたびに布の端が軽く擦れる。
まだ慣れないその感触に、思わず肩をすくめた。
パンツの中も、今日は違う。
沙月に無理やり選ばされた、女性用のショーツ。
綿なのに柔らかくて、体の線にぴたりと沿う。
履いてしまえば違和感は少ないけれど――
“男”の服の下にこれをつけていると思うと、どこか落ち着かない。
鏡に映る自分は、外から見ればごく普通。
でも、内側だけが別の世界の人間になったようで、
胸の奥がそわそわして仕方なかった。
「……まぁ、見えなきゃいいか」
小さく呟いて、鞄を肩にかける。
春の風が頬を撫でたとき、薄い布越しの温もりをまた思い出してしまった。
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2 授業中の落ち着かなさ
大学の教室は新入生のざわめきで満ちていた。
友人になりそうな男子が隣に座り、他愛もない話をする。
けれど、笑いながらも意識は常に胸のあたりにあった。
シャツの下のキャミソールが、呼吸に合わせて微かに動く。
リボンの結び目が擦れて、まるでそこに存在を主張しているようだった。
“男の格好なのに、こんなに違うものか”――そんな考えが頭をよぎる。
授業の終わりが近づく頃には、少しだけ汗ばんでいた。
生地が肌に貼りついて、微かな違和感がじわじわと広がる。
けれど、その不快さの中に、不思議な安心感もあった。
“これは沙月が選んだ服だ”
それを思い出すと、少しだけ胸の奥が和らいだ。
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3 放課後の呼び出し
放課後、スマホが震えた。
画面には「沙月」の名前。
《今日、ちょっと来て。レッスンするから》
“レッスン”という言葉に、思わず顔をしかめる。
昨日の“入学式の後のスカート事件”を思い出してしまった。
彼女の部屋でスカートを履かされ、恥ずかしくて動けなくなったあの時間。
――正直、もう勘弁してほしい。
でも、断りきれなかった。
「……わかった。少しだけだからな」
そう返信して、家とは逆方向の電車に乗り込んだ。
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4 イヤイヤながらのレッスン
沙月の部屋に入ると、机の上にはまた服の山。
ブラウス、スカート、カーディガン、インナー――
色も素材も、見ているだけで息苦しくなるほど“女の子”だった。
「さ、今日もがんばろうか」
「……がんばるって何を」
「女子力アップ講座、第二回」
「やめろ、そのタイトル」
沙月は笑いながら、淡いグレーのスカートを手渡してきた。
裾には細いレースが一周していて、見るからに柔らかそうだ。
「これ、無地だし派手じゃないから大丈夫。ほら」
「……なんで俺が」
「“俺”じゃないでしょ。女の子なんだから」
「まだ男だって!」
そんなやりとりを続けながらも、結局は観念した。
脱衣所で制服のパンツを脱ぎ、スカートに足を通す。
布が足首をくすぐり、太ももを滑って腰を包む。
その感覚が、どうにも落ち着かない。
「どう?きつくない?」
「……別の意味できつい」
鏡の前に立たされると、そこにはチグハグな自分がいた。
上は大学帰りのシャツのまま、下は柔らかいスカート。
まるで途中で変身を止められたみたいで、居心地が悪い。
「ほら、似合ってるよ」
「……絶対思ってないだろ」
「思ってるって。ほら、立ち方。もうちょっと自然にして」
「無理だって……」
沙月が後ろから裾を整えてくれる。
布がふわりと広がり、かすかに花のような香りがした。
自分の体じゃないみたいで、思わず息を飲む。
「スカートってね、意外と風通しがいいの」
「そんなこと言われても……」
「慣れたら分かるよ。動くたびに空気が流れて気持ちいいんだから」
確かに、裾が揺れるたびに脚に涼しい風が当たった。
その軽やかさが妙にリアルで、恥ずかしさが増す。
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5 まだ馴染まない鏡の中
鏡の中の僕は、顔を赤らめながらスカートの裾を押さえていた。
沙月は嬉しそうに微笑んでいる。
「ね、ちょっとは悪くないでしょ?」
「……うーん」
言葉を濁すと、沙月が笑った。
「いいの。最初はみんなそうだから」
「“みんな”って誰の話だよ」
「うちの妹とか。最初はイヤイヤだったけど、慣れたら毎日スカート履いてるよ」
“慣れたら”という言葉に、妙な重みを感じた。
慣れるということは、この服を自分の一部として受け入れること。
――まだ、その覚悟はない。
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6 帰り道
レッスンが終わる頃には、外は夕焼けに染まっていた。
「このまま帰る?」と聞かれて、思わず首を横に振った。
「無理。見られたら死ぬ」
「はは、じゃあ着替えていいよ」
洗面所で、ゆっくりと元の服に戻る。
スカートを脱ぐと、足に当たる空気がひやりと冷たい。
パンツを履くと、急に重く感じた。
鏡を見ると、いつもの自分に戻ったはずなのに、
どこか寂しいような、空っぽなような感覚が残っていた。
「どう?ちょっとは慣れた?」
「……わからない。でも、ありがとう」
「いいの。また少しずつやろうね」
駅までの道を並んで歩く。
スカートを脱いだ後も、裾の揺れの感覚だけがまだ脚に残っているようで、
なんだか落ち着かなかった。
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7 夜の独白
帰宅して制服を脱ぐと、シャツの下からキャミソールがのぞいた。
リボンの端を指でつまむと、ほんのり香水のような匂いがする。
“女の子の匂い”。
まだその言葉に馴染めない。けれど、嫌いじゃなかった。
ベッドに倒れ込みながら、天井を見つめる。
“彼女の前だけなら、スカートでもいいかもしれない”
そう思っている自分に気づき、苦笑いがこぼれた。
外の世界では男で、彼女の前では少しだけ女。
その境界線の上で揺れる夜風が、
なんだか心地よく感じられた。
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第二章 完




