表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

髪留めの光と、胸のざわめき



第十五章 髪留めの光と、胸のざわめき


 朝の光がカーテンの隙間から差し込んで、部屋の中を淡く照らしていた。

 鏡の前に立ちながら、俺は前髪をいじっていた。

 肩まで伸びてきた髪が、寝ぐせでふわふわと跳ねている。


 「……これ、どうすりゃいいんだよ」


 髪を伸ばすと決めたのは俺だ。

 けれど、いざ手入れとなるとどうすればいいかわからない。

 ブラシを手にしても、どこからとかしていいのかも曖昧だった。


 机の端に置いてある小箱を開ける。

 そこには、この前沙月にもらった髪留めがあった。

 淡いパールピンクの小さなリボン型。

 光の角度で艶が変わる、控えめだけど綺麗なアクセサリーだ。


 指先でつまむと、ほんの少し金属の冷たさが伝わってくる。

 それを髪に挟むと、前髪が横に流れて視界が明るくなった。

 ――似合っている、なんて思いたくない。


 俺は深呼吸して、ベッドの上に並べていた服を見る。

 今日の授業は午後からだから、午前はカフェで課題をまとめる予定だ。

 選んだ服は、グレーのジャケットに白いインナー。

 ただ、その下には淡いベージュのレースキャミソールが隠れている。


 最近、こういう“中間的な”格好を選ぶことが増えた。

 男物にしては柔らかく、女物にしては地味。

 その曖昧さが、いまの俺にはちょうどよかった。



---


1 カフェの午後


 大学近くのカフェは、昼前から人が多い。

 俺は窓際の席に座り、ノートを広げた。

 暖色のライトが木目のテーブルに反射して、少し眩しい。


 「ねぇ、相原くん?」

 声をかけられて顔を上げると、クラスの女子が立っていた。

 「……あ、うん。どうした?」

 「その髪留め、可愛いね。新しいの?」


 ドキリとした。

 無意識に髪に触れてしまい、慌てて笑ってごまかす。

 「いや、ちょっと……友達にもらったんだ」

 「へぇ、似合ってるよ。なんか雰囲気変わったね」


 彼女はそう言って席を離れた。

 俺は胸の鼓動を落ち着かせようと、深く息を吐く。

 “似合ってる”――その言葉が、なぜか心の奥に長く残った。



---


2 放課後の呼び出し


 「ねぇ、今日もやるよ」

 授業が終わると、沙月が俺を捕まえた。

 「……また女の子レッスン?」

 「当然。今日は“街歩きコーデ”の実践!」


 気づけば、いつの間にか彼女のペースに乗せられていた。

 向かった先は、いつもの服飾サークルの部室。

 机の上には、淡いラベンダーのカーディガンと、白のプリーツスカートが並べられている。


 「ちょ、ちょっと待て! スカートって……」

 「これ、歩きやすいし上品だよ? 膝丈だし大丈夫」

 「そういう問題じゃ……」


 沙月はおかまいなしにカーディガンを俺の肩にかける。

 肌に触れた瞬間、ひやりとした感触。

 シルク混らしく、軽くて柔らかい。

 それがゆっくり体温に馴染んでいくのを感じた。


 「ほら、袖口見て。レースの縁が細かくて綺麗でしょ?」

 「……ほんとだ」

 気づけば見入っていた。

 指先でレースをなぞると、糸の細かい凹凸が指に伝わる。

 それだけで、少しだけ心が穏やかになった。



---


3 プリーツの感触


 仕方なくスカートを履く。

 裾をつまみながら鏡の前に立つと、光沢のある布がふんわりと広がる。

 軽く揺れるたびに、ひざ下の空気が撫でていく。


 「……こういうのって、ほんと落ち着かないな」

 「でも、似合ってるよ」

 「またそれかよ……」


 沙月は笑いながらスカーフを取り出し、俺の首に軽く巻いた。

 白地に小さな花模様、先端にリボン結び。

 リボン――まただ。

 いつの間にか、俺の周りはリボンだらけだ。


 けれど、嫌悪感よりも“整う”感覚のほうが勝っていた。

 まるで、バラバラだった自分の輪郭が、服の形で縫い合わされていくようだった。



---


4 帰り道の風


 夕暮れ。

 俺は着替えずに、そのままの格好で校門を出た。

 沙月が隣で笑いながら、「今日は自然だったね」と言う。

 「自然って……俺、男だぞ」

 「知ってる。でも“自然”だったの」


 街を歩くと、足元のスカートが風をはらむ。

 裾がふわりと踊り、光が反射してゆれる。

 その感触は軽く、まるで足元に春がまとわりついているようだった。


 不意にショーウィンドウのガラスに映る自分の姿を見た。

 白のスカート、ラベンダーのカーディガン、前髪を留めたピンクの髪留め。

 ――誰だ、これ。

 けれど、その誰かが、ほんの少しだけ笑っていた。



---


5 夜、鏡の前で


 部屋に戻り、服を脱ぐ。

 インナーのレースが肌に張りついて、少しひやりとした。

 鏡に映る自分の姿を見ながら、思わずつぶやく。


 「……これが“女の子”ってやつなのか?」


 鏡の中の“俺”は、確かに男の面影を残していた。

 けれど、肩にかかる髪、首もとのスカーフの跡、

 レースのインナーの形――それらがすべて、

 “俺”を少しずつ別の方向へ導いているように感じた。


 「俺は……俺のままで、いいんだよな?」


 答えは出なかった。

 ただ、机の上の髪留めが、暖色の灯りの中で小さく光っていた。



---


第十五章 髪留めの光と、胸のざわめき 完





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ