髪留めの光と、胸のざわめき
第十五章 髪留めの光と、胸のざわめき
朝の光がカーテンの隙間から差し込んで、部屋の中を淡く照らしていた。
鏡の前に立ちながら、俺は前髪をいじっていた。
肩まで伸びてきた髪が、寝ぐせでふわふわと跳ねている。
「……これ、どうすりゃいいんだよ」
髪を伸ばすと決めたのは俺だ。
けれど、いざ手入れとなるとどうすればいいかわからない。
ブラシを手にしても、どこからとかしていいのかも曖昧だった。
机の端に置いてある小箱を開ける。
そこには、この前沙月にもらった髪留めがあった。
淡いパールピンクの小さなリボン型。
光の角度で艶が変わる、控えめだけど綺麗なアクセサリーだ。
指先でつまむと、ほんの少し金属の冷たさが伝わってくる。
それを髪に挟むと、前髪が横に流れて視界が明るくなった。
――似合っている、なんて思いたくない。
俺は深呼吸して、ベッドの上に並べていた服を見る。
今日の授業は午後からだから、午前はカフェで課題をまとめる予定だ。
選んだ服は、グレーのジャケットに白いインナー。
ただ、その下には淡いベージュのレースキャミソールが隠れている。
最近、こういう“中間的な”格好を選ぶことが増えた。
男物にしては柔らかく、女物にしては地味。
その曖昧さが、いまの俺にはちょうどよかった。
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1 カフェの午後
大学近くのカフェは、昼前から人が多い。
俺は窓際の席に座り、ノートを広げた。
暖色のライトが木目のテーブルに反射して、少し眩しい。
「ねぇ、相原くん?」
声をかけられて顔を上げると、クラスの女子が立っていた。
「……あ、うん。どうした?」
「その髪留め、可愛いね。新しいの?」
ドキリとした。
無意識に髪に触れてしまい、慌てて笑ってごまかす。
「いや、ちょっと……友達にもらったんだ」
「へぇ、似合ってるよ。なんか雰囲気変わったね」
彼女はそう言って席を離れた。
俺は胸の鼓動を落ち着かせようと、深く息を吐く。
“似合ってる”――その言葉が、なぜか心の奥に長く残った。
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2 放課後の呼び出し
「ねぇ、今日もやるよ」
授業が終わると、沙月が俺を捕まえた。
「……また女の子レッスン?」
「当然。今日は“街歩きコーデ”の実践!」
気づけば、いつの間にか彼女のペースに乗せられていた。
向かった先は、いつもの服飾サークルの部室。
机の上には、淡いラベンダーのカーディガンと、白のプリーツスカートが並べられている。
「ちょ、ちょっと待て! スカートって……」
「これ、歩きやすいし上品だよ? 膝丈だし大丈夫」
「そういう問題じゃ……」
沙月はおかまいなしにカーディガンを俺の肩にかける。
肌に触れた瞬間、ひやりとした感触。
シルク混らしく、軽くて柔らかい。
それがゆっくり体温に馴染んでいくのを感じた。
「ほら、袖口見て。レースの縁が細かくて綺麗でしょ?」
「……ほんとだ」
気づけば見入っていた。
指先でレースをなぞると、糸の細かい凹凸が指に伝わる。
それだけで、少しだけ心が穏やかになった。
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3 プリーツの感触
仕方なくスカートを履く。
裾をつまみながら鏡の前に立つと、光沢のある布がふんわりと広がる。
軽く揺れるたびに、ひざ下の空気が撫でていく。
「……こういうのって、ほんと落ち着かないな」
「でも、似合ってるよ」
「またそれかよ……」
沙月は笑いながらスカーフを取り出し、俺の首に軽く巻いた。
白地に小さな花模様、先端にリボン結び。
リボン――まただ。
いつの間にか、俺の周りはリボンだらけだ。
けれど、嫌悪感よりも“整う”感覚のほうが勝っていた。
まるで、バラバラだった自分の輪郭が、服の形で縫い合わされていくようだった。
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4 帰り道の風
夕暮れ。
俺は着替えずに、そのままの格好で校門を出た。
沙月が隣で笑いながら、「今日は自然だったね」と言う。
「自然って……俺、男だぞ」
「知ってる。でも“自然”だったの」
街を歩くと、足元のスカートが風をはらむ。
裾がふわりと踊り、光が反射してゆれる。
その感触は軽く、まるで足元に春がまとわりついているようだった。
不意にショーウィンドウのガラスに映る自分の姿を見た。
白のスカート、ラベンダーのカーディガン、前髪を留めたピンクの髪留め。
――誰だ、これ。
けれど、その誰かが、ほんの少しだけ笑っていた。
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5 夜、鏡の前で
部屋に戻り、服を脱ぐ。
インナーのレースが肌に張りついて、少しひやりとした。
鏡に映る自分の姿を見ながら、思わずつぶやく。
「……これが“女の子”ってやつなのか?」
鏡の中の“俺”は、確かに男の面影を残していた。
けれど、肩にかかる髪、首もとのスカーフの跡、
レースのインナーの形――それらがすべて、
“俺”を少しずつ別の方向へ導いているように感じた。
「俺は……俺のままで、いいんだよな?」
答えは出なかった。
ただ、机の上の髪留めが、暖色の灯りの中で小さく光っていた。
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第十五章 髪留めの光と、胸のざわめき 完




