絶望の世界
次に目が覚めると、神癒奈は、とても深く暗い世界にいた。顔を上げるとそこには一面、枯れた花畑があった。
「…ずっと一緒だと決めてたけど、まさかこんな所まで追ってくるとはな」
「永戸さん?」
神癒奈が向く先にいたのは、正真正銘、永戸だった。だが、いつもの永戸とは違う、絶望によって汚染され、四肢が黒く染まり、今にも朽ち果てそうな永戸だった。
「ここは、何処です?」
「そうだな…異世界エアレリアの跡地、と言ったところか」
見渡すと、何もかもが朽ち果てたエアレリアの世界が見えた。人の死体も白骨化していて、誰もが死んでから何百年と経過したかのような世界だった。
「私たち、生き延びたんですか?」
「生き延びたと言えば生き延びたし、死んだと言ったら死んだ、曖昧なところに立ってるな、今。自分の体を見てみろ」
神癒奈は永戸に言われて初めて気づく、身体が神格も希望も何もない、予備の体となっている事に。だが、此方も四肢や毛先は黒く染まったままだ。
「絶賛ピンチからピンチにまで状況は巻き返したってところか、感覚で分かるんだ、今向こうの時間はかなりのスローペースで進んでいる。こちらでの一秒が向こうではめちゃくちゃ長く感じる程に。これは恐らく、本体のお前に残された神格が、なんとか俺たちと世界を延命させようと取った最後の救済措置とも言うべきか」
神癒奈はどうしてそんなことが彼に分かるんだろうと思ったが、ふと思い返せば、最後、自分と永戸が繋がった状態で意識が消えた事を思い出した。
「どうして私達はここにいるんでしょう? 他のみんなは?」
「さぁな? 俺にも分からん。ただ、ここにいても腹は空かないし、眠気も来ない、まるで最初から夢でも見ているかのようにだ。ただ一つ言えるのは……」
永戸が指差した先に、暗い中白く瞬く線が一本見えた。
「あそこまで行け、と、言われてるみたいだ」
「っ?」
あそこに何があるんだろう? と神癒奈は思う。
立ち上がると小さな体で不便だが、幸か不幸か夜廻桜は、彼女の大きさに合わせて刀の長さが変化していた。永戸も聖剣こそないが、それ以外の武器はある。
「行こう。あそこに何があるのかを確認しに、何も希望を探さず黙ってここで緩やかに死ぬよりはいい、そうだろ?」
神癒奈の言いたい事を表すかのように、永戸は優しく神癒奈の頭を撫でた反対に神癒奈はむすっとなるとその手を振り払う。
「子供扱いしないでください、私が貴方より遥かに年上なの忘れましたか?」
「悪いな、なんか今の神癒奈が小動物みたいに可愛く思えてさ」
「失礼な!」
コャーッと威嚇するも、永戸は何処向く風で通じず再びむすっとなる。
「じゃあ、行きますよ、何があるかは分かりませんけど」
「そうだな、行くか」
永戸と神癒奈は光る方へ向けて歩き出す。道を歩いていくが、歩いても歩いても景色は全く同じ、真っ暗な光景だ。
「灯り、つけますか?」
「そうだな」
神癒奈が「狐火」と言うと、小狐型の焔が出てきた。俗に言う鬼火というべきか、永戸たちの前をゆらゆらと焔をゆらめかせながら歩く。
「その術ってそんな使い方もできたんだな」
「狐火は元々は使い魔みたいな物だったんですよ、使い方が攻撃に変わっただけで」
「ミサイルみたいな使い方してたもんな」
そんなことを言いながらも歩いていると、なり損ないに遭遇した。先に此方を気づかれたのだが、襲ってくる気配はなかった。
「どうして襲って来ないんでしょう?」
「さぁな、俺達を同族だと勘違いしてるんじゃないか?」
自分の体を見て、永戸は皮肉のように言う。とはいえ襲ってこないのは好都合だ。そのまま素通りしていく。そうしてしばらく歩いていくと、今度は人の亡霊が見えた。
「これ、見えちゃいけないものなんじゃあないか?」
「……いいや、違います」
見えてしまう亡霊に、永戸も流石に肝が冷える。だが、神癒奈はその亡霊達からは不思議と敵意を感じず、むしろ温かい感覚を感じた。
【神癒奈がいれば、この世界もきっと救われるさ】
【まだ私達の物語は終わりじゃない、神癒奈に希望を託す為に、道標とならなければ】
【どんなにくるしくても、まけないで! みゆなおねえちゃん!】
それは、かつて自分と死に別れた狐達の亡霊だった。そんな中で、神癒奈は、ある亡霊と向き合う。
【神癒奈…そんな姿になって……】
「お母さん!」
神癒奈の姿を見て悲しむ母、八尾乃の亡霊が見えた。八尾乃は神癒奈を愛おしそうに見つめると、今度は永戸を見た。
【貴方が、神癒奈を守ってくれている英雄なのね、いつもありがとうございます、私達の最後の子を守ってくれて】
「……いいよ、礼は、なんか恥ずかしいな」
まるで娘の親に会いにきた気分になって、永戸は珍しく照れる。
【貴方とはいつか話したいと思ってました、瀕死の体と世界とは言え、こうして会えるとは】
「状況的に切羽詰まってるのは本当なのか」
【えぇ、貴方達二人が絶望と時の淵から再び立ち上がらなければ、世界は滅ぶほどに】
亡霊の八尾乃からそんな話を聞きながらも、永戸達は先に進む。すると今度は、永戸がぴたりと止まった。
「お前は……」
「どうしたんですか?」
ある亡霊の姿を見て、永戸は動きを止める。その亡霊は永戸を見るとこう言ってきた。
【おいおい、何立ち止まってんだ、お前の居場所はここじゃないだろ、ほら、戻るべき場所へ向けて歩くのを止めるな】
「…そうだな」
そう言われると、永戸は重い体を動かし、歩みをやめずに進む。
【死後の世界にお前は来ちゃダメだ、お前にはまだ帰るとこあるだろ】
【そうだ、こいつの言うように、お前は生きて戦争の後始末を続けなきゃならん】
【ユリウスの爺さんは元気にしてるか? あの人が前線に立つのを見てるとこっちまでヒヤヒヤする】
【煉禍やフィーネもだ、早めにこっちに来て、大事な仲間に迷惑をかけるな】
「……あぁ、分かってる」
口調や言い方から察するに、彼らは永戸の大戦中の仲間だったのだろう、足を止めるなとはやしたてては永戸を前に進ませる。
「…泣いてます?」
「…泣いてる」
珍しく彼は正直に述べた。その様子に、神癒奈も彼にも大事な仲間がいたんだとクスリと笑う。
「なんだよ、泣くのがそんなにおかしいか?」
「別にー? 普段仏頂面の貴方が泣く姿が珍しいとは思ってませんけど」
「絶対思ってるやつじゃん」
永戸も冗談げに笑う。こんな状況でも互いに笑えるのだと知ると、何処か二人はホッとした。八尾乃もその光景に笑う。
【永戸さん、でしたね、いつも神癒奈のそばで見ていました】
「背後霊してたの…?」
【えぇ、娘に何かあったら呪い殺す気でいましたから】
「怖いよこの幽霊⁉︎ じゃあアレか⁉︎ 一発でも間違えたらアウトだったって事⁉︎」
「そう言う事に…なっちゃうのかな…あはは」
お母さん結構厳しい所あるしなぁと神癒奈は思う。ましてや娘に近づく男なら余計にだろう。
【冗談は置いておいて】
「冗談じゃない話のように聞こえたけども?」
【この先に待ち構えているのは絶望の残滓が形どった者、決して気を抜かないで】
そう聞いているうちに、眩く光る場所へと辿り着いた。
そこには黒く染まった巨大な狐がいた。絶望の力でその地を侵食しながら、何かを守るように狐はうなり、身構える。
「あそこ!」
狐の腹部を見ると、そこには、永戸と神癒奈の本体が双子の胎児のように向き合いながら取り込まれていた。恐らくは、アレが狐の核となっているのだろう。
【貴方達の力を信じています。かの者と、絶望と再び、貴方達は向き合うのです】
「行くぞ!」
「はい!」
そうして二人は絶望に向けて武器を取り出し駆け出した。




