新たなる絶望
「……奈さん……神癒奈さん!」
神癒奈が目を覚ますと、そこは自分の神域だった。そばにはフィアネリスがいて、異世界エアレリアからいつの間に飛ばされてきたのか神癒奈は体を起こそうとする。しかしまだ、うまく力が入らなかった。
「神癒奈さん、よかった、あなただけでも目を覚ましてくれて…」
「私…だけでも?」
フィアネリスの言葉を聞き、神癒奈は今度こそ力を入れて、体を起こす。すると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「……深淵より現れし絶望よ、世界を飲み込め」
「っ!」
神癒奈は、目の前に広がる景色を見て、言葉を無くす。目の前では、玉藻前と渚、そしてジュリアスが、"絶望"と戦っていた。しかもかなり劣勢で、押されていたのだ。
「嘘…絶望は、私たちが倒したはず、なのにどうして、蘇って…」
絶望とは、過去に永戸と神癒奈が倒した存在で。かのものは存在しているだけで世界を蝕む危険な存在だった。倒したはずの絶望がなぜよみがえったか、フィアネリスは説明を行う。
「神癒奈さん、順を追って説明します。まず異世界エアレリアは、その危険性から、破棄が決定されました」
星儀が真っ黒に染まり、全てが生き絶えた世界を見て、神癒奈は絶句する。だがそれは、一体誰がした事かと神癒奈は問いかける。
「……目の前のあの絶望が、したことですか?」
「いいえ、あの絶望はその時に生まれかけたなり損ないを吸収しての副次的なものに過ぎません、エアレリアには、なんの関係もないのです」
「じゃああそこにいるのは……」
フィアネリスは、一瞬口をつぐんだ。だが、神癒奈に真実を告げようと、彼女は重い口を開く。
「"彼"は……いや、"彼だったもの"は、マスター、永戸様です。自らを絶望へと変異させてまで、あなたの絶望を肩代わりしました」
「……えっ」
あれが永戸だと言われ、神癒奈はありえないと思う。永戸が絶望になるはずがないと。だが次の瞬間、目の前で渚が傷ついて吹っ飛んでくるのが見える。そして、こちらを睨んできた目を見た時悟った。"アレは、永戸である"と。
「嘘…永戸さんまで……どうして!」
「マスターは貴方の魂を自らの魂と引き換えに救ったんです! ここで彼を止めなければ、今度は数多の世界が終わる! エアレリアのあの事件の裏で蠢く陰謀は、これを起こす為だったんです!」
今度は玉藻前が吹っ飛んでくる。その時、渚と玉藻前の姿を見て、神癒奈は再び絶句する。
渚と玉藻前の体が、絶望によって徐々に侵食を受けていた。それどころか、この神域の半分以上が、"彼"の手によって侵食されていた。安全地帯はもう、自分の周りしかない。
「ごめん…みゆにゃん、ドジっちゃった……おにぃちゃんを止められなかった、おにぃちゃん、みゆにゃんが危ないって知った途端、フィーネとボクたちを連れて飛んできて…」
「神癒奈……あやつは、最後までお主の事を好いておった、お主がぴんちだとフィーネから知らされた時、あやつは命をかけてまで、お主を救おうとした、最後は笑顔でこう言っておった。"後は頼む"と…」
侵食が広がり、体が苦しめられる中で、神癒奈は二人に手を伸ばす。だが、希望の力が発動しない。自分の神格さえもこたえない。自分の手をよく見ると、まだ絶望が蝕んでいるのか黒く染まっていた。自分の黄金の綺麗な髪も、毛先が黒く染まっている。
「希望の力が、出ない……神格まで、お願い…出て! でないと二人が!」
「……神癒奈さん、もう、彼を殺すしか、手段がないんです」
フィアネリスの方も見ると、絶望が体を飲み込もうとしているのが見えた。
「ですが……もう終わりなのかもしれませんね、もう、私たちの手札には、状況を裏返せるような強力なカードがないのです」
前方では全能神の力でなんとかジュリアスが永戸を抑え込んでいた。だが、その力も破られると彼は劣勢に立たされる。そのとき彼はこう言った。
「仕方がない。使いたくなかった手だが、現状をどうにかするには、これしかない!」
するとジュリアスは神癒奈の神域の力を借りると彼に文字通り神の雷を落とした。次の瞬間、絶望の体が、時間が止まったかのように動かなくなる。それと同時に神域を覆っていた侵食も収まっていき、渚達の侵食も止まった。
「何をしたのですか?」
「……彼を一時的に封印した。すぐ破られるだろうが、時間稼ぎにはなる」
「…永戸さんには、もう……会えないのですか?」
「それは……」
ジュリアスが何も言わないところを見て、神癒奈はもう、永戸に会えないのだと知った。アレはもう永戸じゃない、人類が倒すべき敵なのだと。
【神癒奈……悪い事を、したな】
すると、永戸だったモノから声が聞こえてきた。
「永戸…さん?」
神癒奈も反射的に声を出して、それに応え、ゆっくりと這ってでも近寄る。
【お前が危険だと知ったとき、居ても立っても居られなくなった。この事件の裏で動く悪意に動かされるままだったかもしれないけど、けどそれでも、お前を助けようと飛んできた……結果は、俺がお前の痛みを肩代わりするしかできなかったけど】
すると、彼の手からイクセリオスが落ちてきた。地に突き刺さった聖剣は、かのものとは正反対に美しく瞬いている。
【神癒奈を守る為ならと命を賭けたけど、どうやらこちらの大損になりそうだ】
ピシリと、封印が破れそうな音が聞こえる、同時に絶望が溢れ出し、再び神域を侵食し始める。
【だから、せめてここから逃げてくれ、逃げて逃げて逃げ続けて、少しでも、平和な暮らしを…してくれ】
「それは……!」
神癒奈はその意味が何を意味するのか気付いた。それはつまり、ここから来る終末に抗う事なく、終わりを迎えていく世界をただ見続ける事を意味した。神癒奈は地に突き刺さった聖剣を杖にしてでも立ち上がった。
「それは……できませんよ、だって、貴方と私は、ずっと一緒だって決めましたから」
【神癒…奈?】
絶望の目が空間全体を飲み込みながらも神癒奈の方へ向く。次に神癒奈が何をするのか分からずに。
「ここで逃げたら、きっと取り返しのつかない事になる、だから向き合います、私は、貴方の奥底にある絶望に! 例え、希望がなかったとしても!」
次の瞬間、神癒奈は永戸の手を取った、その時、絶望の侵食が神癒奈の身体を一気に蝕んだ。
「あぁあああああっ!」
悲痛な叫びが神域に響き渡る。侵食が再び体全体に広がり、気が遠くなるような感覚になる。だが神癒奈は向き合った、彼の中の絶望と。次の瞬間、二人の意識は、暗い絶望の底へとフェードアウトした。




