妖狐と化け狸の語らい
オメガの鎮圧をして、今度こそ仕事を終えた永戸達。一同は社長室にて店の菓子を頂いていた。
「すまなかったのう、二度も頼み事をして」
「研究室で行われている行為は、報告しておく、後日監査が入るから覚悟しとけよ」
ぽりぽりと菓子を食べつつ、永戸はそう言う。一時はとんだ冷や汗をかく事態になったが、なんとかなって永戸達はほっとしていた。
「ささやかながらの礼だ、この店の菓子をたんまりと詰め込んでおいたから、家で食べるといい、現金は後でお前さんらの口座に個人で振り込む」
「危ない仕事をしての結果がこれですか…」
神癒奈はとほほと思いつつ菓子を受け取る。隣で見ている永戸からして「なんだかんだ言ってお前菓子食うつもりだろう」と思われる。
「とはいえ、お前さんらには助けられた。オメガを倒せる手段を持つのは、イストリアの兵士くらいしかおらんからな」
「おだてても何も出ないし監査は免れないぞ、もうとっくに報告したからな」
Eフォンを見せると、メールの早打ちでもしたのか、すでに報告書は出されていた。
それに段三郎は頭を抱えるが、永戸らは声をかける。
「まぁ心配するほどでもない、武装組織に武器を流してる企業なんて腐る程この都市には存在する。自ら武装する企業もな、監査と言っても形だけだ、余程の危険性がなければ免れられる」
残っていた冷めたお茶を飲み切ると、永戸は立ち上がり、帰る支度をする。
「じゃあ、俺たちは帰るから、また何かあったら頼む」
その言葉に、段三郎は少し救われた。"また頼む"、それは、頼りにされている証拠であると。
「お前さん…憎くないのか?」
「互いに腹のうちをさらけ出したんだ、今更恨みつらみもあるかよ、と言うわけだ、じゃあな」
「えっと、ありがとうございました」
永戸はそう笑うと、ひらひらと手を振っては部屋から去り、神癒奈もペコリとお辞儀をしては去っていく中、段三郎はぽかんとするが、玉藻前が言った。
「まっ、あやつらはああ見えて任侠者よ、一度交わした仲はそう簡単には切らぬ。今回の件は然るべき罰はうけるべきじゃが、あやつらにとっても、お主にとっても些細な事じゃ、気にせんでも良い、妾も帰るからの」
そうして玉藻前も帰ろうとするが、ここで段三郎に声をかけられる。
「待て」
「なんじゃ、もう話すことなどないぞ?」
「……いや、玉藻前、せっかくの再会だ、久々に一杯付き合わんか?」
「……ほう?」
段三郎が不器用ながらも笑って酒の席を招待すると、玉藻前は笑って見せるのだった。
ーーー
玉藻前と段三郎がやってきたのは、都市の一角にある小さな居酒屋だった。個人経営の本当に小さな店で、椅子に座ると、まるで頑固親父と幼い少女が並んで座っているように思えた。
「段三郎さん、いらっしゃい、今夜は何にするかい?」
「日ノ本酒を、こやつにも頼む」
「はいよ、またまた可愛いお嬢ちゃんだねぇ」
居酒屋の店主が酒を用意し、互いに酒を注ぎ合う。
「お前さんとの再会を記念して」
「うむ、お主との再会に」
『乾杯』
盃を交わすと、互いに酒をぐいっと一気飲みする。
そしてはぁっと気持ちよさそうに息を吐くと、彼女達は言った。
「はぁ、やはりお酒は日ノ本酒に限るのう」
「はっはっは、そうだろう、ここは儂がみつけた穴場でな、異世界転生した日ノ本の店主が営んでおる店だ」
「ほう、どうりで懐かしい空気がするわけじゃ…」
玉藻前は酒に酔う前に、店の空気感に酔う。そんな玉藻前を見て、段三郎は口を漏らした。
「お前さん、変わったな、かつては愛情だけを求めて溺れておったお前さんが、気がつくと、あんな愉快な家族に恵まれて…」
「かかっ、おう、妾も幸せ者よ、何千年と時を経ては蘇ってみれば、愛すべき孫が生まれ、その愛人もまた愉快で、気がつくと妾の周りには、妾を仲間だと認めて愛してくれる奴らが集まりおった」
そんな中で、お通しを頂き、食べる最中、玉藻前もこんな事を漏らす。
「のう、段三郎、人を化かして食っていく、そんな世界じゃなくなったとお主は言ったな……確かに、言われてみればそうじゃ、妖の王たる妾は兎も角、この珍妙な都市では、そんな事をする妖などどこにもおらん、あったとしても、遊び感覚で脅かす連中ばかりじゃ」
玉藻前は、研究室に行く前に段三郎に言われた言葉を認める。
「妾も、神癒奈も、人を食うような妖ではない、お主もそうじゃろう? どのような形であれ、お主は、木の実だの死骸だのを貪り食う狸としての生き方から、文明人としての生き方を選んだ。そこには、妾もお主も何も違わぬ点じゃ、まぁ、妾も殺し屋に身を投じたし、人のことは言えぬがな」
ぐびっと酒を一飲みしては玉藻前はそう言った。
「妾は、珍妙不可思議でたまらんこの都市の暮らしが好きになってしもうた、美味い酒がある、帰る家もある、愛する家族がおる。妾がここで戦う理由は、それだけあれば十分じゃ。お主は、何のためにここで商いをしているのかえ?」
そう玉藻前が聞く。すると段三郎はEフォンを出すと、写真を見せた。そこには、まだ年端もいかない狸の子供達が写っていた。
「…この都市の亜人特区にある孤児院、そこに暮らしている狸達に、いいや、亜人特区という街に、稼いだ金を寄付をしている」
「これは驚いた、死の商人をして稼いだ金で清らかな子供達に寄付をするとは、お主も相当な俗物よな」
「はっはっは、どうとでもいえ、じゃが、儂はこの子供達の笑う姿を見る為ならば、修羅にだってなる、その心で商いをしている」
「よいのか? もしやっていることがバレれば、お主は何で呼ばれるか分からぬぞ」
「……承知の上よ」
日本酒を注ぎ足すと、再び盃を口へと持っていく。二人でこうして静かに酒を飲んでいると、時間があっという間に溶けていってしまいそうだった。
「……お主も、妾も、背負う物を持ったのじゃな」
「あぁ、お互いにな」
そうして酒を飲み交わす二人はこのひとときだけ、狐と狸の腐れ縁という仲ではなく、友人として、過ごすのだった…。




