商いの縁起者
「よいのか? 火乃香をフィアネリスに預けて、妾らだけで買い物して」
「フィアネリスさんなら火乃香を任せても大丈夫ですよ、あの方ならしっかりと守ってくれますし」
神癒奈と玉藻前は、スーパーのエリアで、必要物を大量にカゴに入れていた。
「どれもこれも安いですね、オープンセールだからでしょうか?」
「いいや、それだけではなさそうじゃな、見るがよい」
「?」
玉藻前に言われるがまま、神癒奈がその向く先を見ると、そこには、さまざまな人以外の種族が歩き回っていた。
「さっきから見ておったが、まともな人間の気配なんぞ一切ない、妖や魔の者だらけじゃ。どうも入口に人避けの結界が張られているようでな、普通の人なら入らぬ場所なようじゃ」
「でも永戸さん、普通に素通りしてましたよ?」
店に入った時を思い出す。その時は永戸は何事もなく平然と店の中に入っていた。
「忘れておらんか? あやつは今でこそ人間の体になってはおるが半人半神みたいな者じゃ。普通の人間じゃあない。どうやらここはなにゆえか真人間お断りの店らしい」
玉藻前はこっそりと酒瓶をカゴに入れながら神癒奈にそう告げる。それを聞くと、神癒奈は急に不安になった。
「もう一つ言っておくが、ここは段三郎の店、言わば奴の腹の中じゃ、さっきから、妙に視線を感じておってな…嫌な予感がしてかなわん」
そう言うと玉藻前は天井を向き、監視カメラに目を付ける。監視カメラはこちらを向いてはただ動かずに見ていた。
「分かったら、はよぅ買い物を済ませて帰るぞ、気味が悪い」
「そう…ですね」
神癒奈がそう言ってレジに行き、玉藻前が待っている時だった。黒服の男達が、神癒奈達に迫る。
「失礼、そこのお二方、玉藻前様とその子孫様でいらっしゃりますか?」
レジをしている時に話しかけられ、玉藻前は不味いと思った。姿こそ人だが、漂う香りから、彼らは人ではない生き物、狸だと理解した。
「いや? 妾は野狐のごんじゃが、はて? 玉藻前とは誰の事じゃったかのう?」
当然ながらとぼける玉藻前、しかし男達は動じず、玉藻前を問い詰める。
「段三郎様がお呼びになっております。貴方がたには、ついてきて頂き…」
「神癒奈! フィアネリスと永戸を呼べ! 帰るぞ!」
「待ってください⁉︎ まだ会計の途中だったんですよ⁉︎」
「んなことを言っておる場合か! 奴らに目をつけられた!」
玉藻前は、財布を手に買い物カゴを抱えた神癒奈を引っ張っては走る。神癒奈は慌てて財布とカゴの中を落としそうになるも、モール内を走っていく。
「狐が逃げ出した、狐は一階フロアからフードコートに向けて逃走中」
【こちらは天使達を見張っている、指示を求む】
「目的は玉藻前だ、天使のそばにいる狐は無視して構わん」
玉藻前達を追いかける男達だが、彼女達がフードコートを通り過ぎて、彼らも追おうとした瞬間、彼らの目の前を一本の剣が横切り、壁に突き刺さった。
「っ! 何者…!」
「俺の恋人を追いかけて、一体何の用か?」
フードコートから現れたのは、アイスクリームを片手にいつもの赤黒いコートを着た永戸と、黒いポンチョを羽織った渚だった。
「永戸さん!」
「永戸! そやつらは狸じゃ、妾らを捕まえようとした」
永戸達の後ろで、二人はそう言う。それを聞いた永戸達は黒服に向いた。
「英雄殺しか、道を開けてもらおう、玉藻前様に用があるのだ」
「ああ玉藻に用があるのか、とは言えそれも無理だ、俺達の大切な家族だからな」
「ここを通りたければ命を差し出す覚悟はした方がいいよ?」
永戸が壁から剣を抜き、二人が武器を構えるが、その時、野太い声が黒服の男達の後方から聞こえてきた。
「はっはっは! 血の気が多い事だ、若者はいいよのぉ」
そうして奥から歩いてきたのは髭を生やしてでっぷりとした腹を持つ着物の翁だった。
「お前は…?」
「儂の名は段三郎、この妖百貨店のオーナーにして、段三郎商会の社長よ」
段三郎は高らかに笑うと、永戸たちを見回した。反対に永戸は武器を構えて応戦の態勢を取る。
「…お前が段三郎か、それで、玉藻前に何の用だ」
永戸が聖剣を光らせ、脅すが、段三郎は手を挙げる。
「待て待て、儂はお前さんらと争う気は一切ない、少し頼み事をしにきたまでよ」
「頼み事じゃと? たわけ! お主が妾に頼んだことでろくなことなど一つもなかったくせによう言うわ!」
コャーッと玉藻前が神癒奈の後ろで威嚇をするが。段三郎がそういえばと言っては神癒奈に指をさす。
「そういえば、あーなんだったかな、お嬢さん」
「神癒奈です」
「そうだそうだ、神癒奈よ、その商品、まだ会計を済ませてないであろう?」
それを聞くと神癒奈は焦った。まさか万引きで捕まえるのではないのかと。だが次出てきた言葉は意外な物だった。
「儂の話を聞いてくれたら全額タダでそれを譲ろうではないか、ついでに、妖百貨店ポイントカード一万分もプレゼントしよう。いかがかね?」
「本当ですか⁉︎」
「騙されるな! こやつを信用するとお金なんぞ骨の髄までしゃぶり尽くされてしまうぞ!」
しかし玉藻前の言葉は届かず、神癒奈は段三郎に耳を貸した。永戸も間の抜けた空気に、ため息をつくと、武器をしまう。
「うむうむ、よきことだ、ここでは他の客に迷惑がかかる、話は儂の部屋でしよう」
「待つのじゃ! 妾はまだ…!」
段三郎が腹を手で叩くと、ポンっと鳴り、次の瞬間モール内から永戸たちは消えたのだった。
ーーー
次に永戸たちが目を開けると、そこはいかにもな和風の社長室だった。壁には掛け軸と刀が飾られており、入り口には狸の置物まであった。
そんな中で、段三郎は椅子に座ると彼らに言った。
「まぁ何、別に取って食うような真似はせん、ひとまず座れ、ここからは商談になるからの」
「商談?」
商談と聞いて永戸たちは頭に疑問を浮かべながら、対面の椅子に座る。
「妾は認めんからの、こやつとの商談など」
「はっはっは! 随分嫌われた物だな! 何百何千年と経とうと、お前さんの身持ちは硬いようだ」
「やかましいわ! お主とイカサマ賭博をしていくらスられたと思っておる!」
昔、そんなことやってたんだと陽宮家の他のメンバーはそう思う。だがここにいない者のことを考えると、神癒奈は聞いた。
「そういえば、フィアネリスさんと火乃香は?」
「ん? あぁ、天使と小狐か、心配せずとも、これから取引する相手の仲間を傷つけるような真似はせん」
「どうかの、人質にするかもしれんぞ」
「バカを言え、儂がそんな子悪党な真似をするものか」
そう言って段三郎ははぁーっとため息をつくと、真剣な眼差しでこちらをみてきた。
「お前さんたちに聞きたい事はこれよ、この謎の化け物をいち早く倒す方法を教えてほしい」
そうして見せられたのは、まだ変化のしていないオメガの姿だった。




