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トウシが目覚めた時、視界に広がっていたのは雨空ではなく、消毒液の匂いが鼻をつく白い天井だった。
「っ…」
起き上がろうとすると、全身に鈍い痛みが走る。
自身の身体を確認すると、あちこちに丁寧な包帯が巻かれ、腕には点滴の針が繋がれている。
どうやらトウシは気を失った後、医務室に運ばれたようだ。
トウシの周りには誰もいない。
雨音もせず、静寂に包まれた空間。
先程まで叩きつけられていた激しい雨も、自分の荒い息遣いも、全てが嘘だったかのように静まり返っている。
かすかに漂う消毒液の匂いと、機械の規則的な電子音だけが、ここが生きている世界であることを辛うじて実感させていた。
「…よく生きてたな、俺」
掠れた声でポツリと呟き、包帯が巻かれている自分の手をじっと見つめる。
あの兵士に絶望的な暴力を振るわれ、殺されなかった。
それだけで奇跡のように思えた。
その時、静寂を破るように扉が開く音が響いた。
トウシは痛みを我慢し、重い身体を無理やり起こし、視線を向ける。
そこに入ってきたのは、見慣れたスーツ姿のアラシマだった。
アラシマはトウシが起きている状況を見て、安堵の表情を見せた。
「よかった。目覚めましたか」
アラシマの穏やかな口調とは裏腹に、トウシの胸中は冷ややかな異様さで満たされていた。
母親が亡くなってから自分を気にかけ、世話をしてくれた恩人であり、父親的な存在。
その柔らかな笑みの裏に、自分をあの地獄に追いやる冷徹な計算が隠されていたのだと思うと、どうしても受け入れられなかった。
だからこそ、トウシはアラシマに聞かなければいけなかった。
「色々と聞きたいことがあるのですが…。一番気になったことを聞かせて下さい」
トウシは掠れた声に精一杯の力を込め、アラシマの眼鏡の奥にある瞳を真っ直ぐに見据えた。
「俺の価値を知ってもらう必要があると言いましたが…。一体、誰に?」
自分をあの化け物のような兵士と戦わせてまで見せつけなければならなかった誰かの存在。
トウシの切実な問いに対し、アラシマは表情ひとつ変えず、冷徹に答えた。
「それは私がお答えするより、この方から直接お話ししていただいた方がよろしいでしょうね」
アラシマがそう言うと、ある人物が医務室に入ってきた。
スーツ姿のアラシマとは対照的に厳格な軍服に身を包んだ一人の男だった。
その軍服の左胸には、眩いばかりの数の勲章が重たげに飾られている。
トウシは、その男の顔を見た瞬間、息を呑んだ。
「カタカミ国王…!?」
思わずこぼれた言葉に、軍服の男はフッと肩を揺らして笑った。
「よく知ってるね」
知っていて当然だった。
トバ国の統治者として、この国が誇る全ての兵器と拠点であるこの巨大な中央基地を自らの手で築き上げた伝説の創設者である。
国の頂点であり、この基地の絶対的な代表が何故、自分に会いにきているのか。
そして何故、アラシマと共にいるのか。
混乱する頭の中で、カタカミは続けた。
「驚くのも無理はないか。だが、目が覚めたなら、そろそろ現実の話をしようか、トウシくん」
カタカミは、静かな足取りでベッドへと歩み寄った。
「トウシ君は、この世界の現状を知っているかい?」
カタカミの口から発せられたその問いは、中央基地へ向かう車内でのアラシマと全く同じ内容だった。
奇妙なデジャヴにわずかな違和感を覚えつつも、トウシは答えた。
「トバ、キホウ、クマノ、オワセの四カ国が均衡を保ちつつ、牽制し合っている…」
「よく勉強しているね」
トウシの答えにカタカミはどこか楽しげそうだ。
しかし、
「だが、それは表向きの綺麗事に過ぎない」
カタカミの瞳から一切の温度が消えた。
「実は違う。あと数年で、約二十年前に起きたあの大戦が再び始まるんだ」
医務室の空気が、一瞬で凍りついた。
二十年前の大戦。
トバ国を含む四カ国が血を流し、世界を焼き尽くした忌むべき歴史。
それが過去のものではなく、数年後に再び始まるという予言。
あるいは決定事項として、国王の口から告げられたのだ。
「均衡など最初から存在しない。あるのは、次の破滅に向けた準備期間だけだ。だからこそ」
カタカミはベッドの端に手を置き、トウシの逃げ場を塞ぐように、ゆっくりと顔を近づけた。
「君のような人材を求めていた」




