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アラシマとトウシの身体に激しい雨が降り注ぐ。
アラシマは何処からか出した一本の折りたたみ傘を無言でトウシに手渡した。
「アラシマさんはいいんですか?」
「私は大丈夫です。おそらく彼らも差していないので」
傘を押し付けられる形になったトウシは、遠慮しながらも傘を広げた。
アラシマが言う彼らが誰のことなのかも分からず、アラシマの後ろについて歩き出す。
二人が進んだ先に広大な敷地が見えてきたところでアラシマが足を止める。
それに続いてトウシもアラシマの横で足を止めた。
激しい雨の中、敷地内に数十人の兵士たちが整列していた。
全員がトバ国軍の戦闘服に身を包み、雨に濡れるのも意に介さず、ただ前だけを見据えている。
一人として微動だにしない。
まるで機械の兵隊が並んでいるかのような異様な静寂と圧迫感が、訓練場全体を支配していた。
あまりの圧迫感に思わず、後ずさるトウシ。
「ここで私に何をさせるつもりですか?」
アラシマは濡れた眼鏡のフチをすっと押し上げると、雨に打たれながら答えた。
「彼らと戦ってみましょう」
「……は?」
唐突に発せられた狂気じみた言葉に、トウシは自分の耳を疑った。
「彼らは我がトバ国軍が誇る精鋭たちです。今日からここで過ごすにあたって、まずはあなたの価値を知ってもらう必要があります」
「わ、訳が分からないですよ!それに今日から過ごすって…」
突然突きつけられた異常な状況に、トウシの心臓が一気に跳ね上がり、手のひらには嫌な汗が滲む。
孤児院での静かで穏やかな日常が、この数分の出来事だけで音を立てて崩れ去っていく感覚。
焦りと困惑で頭の中が白く染まりそうになるのを、トウシは必死で抑え込もうとする。
アラシマは傘を差すトウシの肩へ静かに手を置くと、耳元で淡々と囁いた。
「言葉通りの意味ですよ、トウシ。大丈夫です、あなたならきっと…」
アラシマはそう告げ、静かに後ろに下がり、トウシを置き去りにする。
まるでそれが合図のように列の先頭にいた兵士がヘルメットを外し、トウシの方向に歩み始め、泥水を撥ね上げながら淡々とした足取りで近づいてくる。
男は無表情であり、それが更にトウシの恐怖を煽る。
「ひっ…」
思わず身体が後ろに下がる。
傘を持つ手が、足が、身体が、恐怖で震える。
近づいてくる男は、荒々しい怒号を飛ばすでもなく、ただただ無表情でこちらを見つめている。
目の前にいるのは、人を殺す術を徹底的に叩き込まれた本物の軍人だ。
(逃げないと…!)
思考が警告を発した時には、すでに遅かった。
次の瞬間、トウシの身体がふわりと軽く宙に浮いていた。
「がぁっ…!」
男の容赦ない拳がトウシの腹部を正確に捉えていた。
内臓が押し潰されるような激痛が襲う。
手にしていた傘は指から滑り落ち、雨と泥水が混じる訓練場の地面に膝をつく。
(痛い痛い痛い痛い…!)
あまりの衝撃に息が詰まり、声すら出ない。
たった一撃。
孤児院での喧嘩とは次元が違う、人を壊すための拳。
立ち上がることはできなかった。
止まらない痛みに耐えきれず、トウシの身体はそのまま泥水の中へと力なく転がった。
冷たい泥水が顔にまとわりつく。
自分の荒い呼吸音、腹部の痛みが耳の奥でうるさく響いていた。
「ゴミのように転がっている暇があるなら動け。貴様のその醜態をこれ以上俺に見せるな」
トウシの頭上から氷のように冷たい声。
直後、横たわるトウシの脇腹に、再び鈍く重い衝撃が走った。
「がはっ…!」
泥水の中を激しく転がりながら、ボヤける視界の中でトウシは必死に呼吸を繋ごうとする。
(何故…こんなことになった…)




