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「ゴミのように転がっている暇があるなら動け。貴様のその醜態をこれ以上俺に見せるな」
頭上から吐き捨てられた氷のように冷たい声と同時に、脇腹に重い衝撃が走った。
軍靴で蹴り飛ばされた身体は、激しい雨の混じる泥水の中を激しく転がる。
ここは軍事国家トバの中心地、中央軍基地の巨大な訓練場。
(何故…こんなことになった…)
視界がボヤけ、口の中には泥と鉄の味が広がる。
走馬灯のように自分がここにいる経緯を思い出す。
数時間前、少年は孤児院の門前に理由も分からず立っていた。
ただ、すぐに出れる準備をしろと言われたからである。
まもなく、聞き馴染みのある声が聞こえた。
「待たせましたね、トウシ」
声の主はこの孤児院の施設長であるアラシマだった。
「全然、待ってません。ところで今からどこに行くのですか?」
「それは車で移動しながら説明しますよ」
アラシマが言うと、トウシの前に一台の高級車が静かに停車した。
後部座席に乗り込むと、アラシマもトウシの横に座る。
車窓の向こうで、幼少期を過ごした施設が遠ざかっていった。
「それにしてもトウシももう18歳ですか。大きくなりましたね」
横に座ったアラシマが懐かしみながらトウシに声を掛ける。
「アラシマさんと出会って、ちょうど10年経ちますからね。流石に大きくなりますよ」
「トウシが来たばかりの時はよく泣いていたのに。気付けば、あの子たちの間でも頭一つ抜けた存在になっていましたね」
「褒めても何もでませんよ…」
照れ臭そうに答え、目線を外に移す。
車窓の外を流れる景色が、徐々に一変していく。
巨大な灰色の防壁、絶え間なく煙を吐き出す兵器工場等が見えてきた。
「トウシはこの世界の現状をどこまで理解していますか?」
突拍子の無い質問にトウシは若干違和感を感じながらも答える。
「現状ですか…。学校で習った程度ですが」
トウシは視線を宙に泳がせ、記憶を辿る。
「私たちがいる西の軍事国家トバ、東の教皇国キホウ、南の魔法都市クマノ、そして北の魔術国オワセ。この四カ国が均衡を保ちつつ、常に互いを牽制し合っている…ってことでいいんですよね?」
「その通りです。教科書の上ではね」
アラシマが冷ややかに微笑み、続ける。
「しかし、それは表向きの綺麗事に過ぎません。資源の枯渇、領土の奪い合い、そして膨れ上がった軍事力。四カ国はすでに、これ以上共存できないところまで破綻してきています。そのため、いつ戦争が起きてもおかしくない状況になっています」
「なら、何でまだ全面戦争になっていないんですか?」
「何でだと思います?考えてみましょう」
まるで小さい子どもに対しての言い方で戸惑うトウシだったが、すぐに切り替え、トウシは答える。
「軍事力や技術が拮抗しており、下手に手を出すと共倒れになるからですか」
「半分正解です。正しくは、やったら世界が滅びる可能性があるからです。四カ国の有する兵器、魔法、魔術、そして聖遺物…どれをとっても、全面衝突すればお互いの滅亡を意味するのです」
「なら今後も戦争は起きないのでしょか?」
トウシの純粋な疑問に、アラシマは静かに首を振った。
「いいえ。人間のエゴというものは、理屈や平和の誓いなどで抑え込めるものではありません。資源への執着、思想の対立、支配欲…そうしたエゴが限界を迎えた時、抑止力など容易く破綻します」
アラシマは外へ視線を向けると、薄く、冷酷な笑みを口元に浮かべた。
「そして…その抑止力が破綻した瞬間が、実に楽しみではありませんか」
「え?」
「冗談です、ここ笑うところですよ」
「…アラシマさんもそんな冗談言うんですね」
冷たさを孕んだ言葉に、トウシは思わず息を飲んだ。
今までに見たことのない表情、メガネの奥底に一瞬だけ底知れない狂気を感じた。
「結局、私は何処に行くのですか?その先で何をするのかも知りませんし」
空気を変えようとトウシが元々の目的の意味を問う。
「中央基地です。何をするかはお楽しみです」
アラシマはそれ以上、多くを語る気が無いのか、目を閉じ始め、ただ無言の時間が続いた。
何故、自分を中央基地に行かせようとしたのか。
トウシはアラシマの考えが全く読めない。
(だが、アラシマさんが変なことをするはずがない)
出会ってから10年、トウシはアラシマが無意味な行動をするところを見たことがない。
いつも冷徹で、選択には常に明確な意図がある。
窓の外に目をやると、深く沈んだ思考に没頭していたせいか、いつの間にか激しい雨が降り注いでいた。
車は厳重なセキュリティゲートをくぐり、巨大な建造物が立ち並ぶ中央軍基地の敷地内へと入っていく。
やがて激しい雨が打ちつける広大な訓練場の脇で、車は静かに停車した。
「さぁ、降りましょう」
アラシマが先に降り、トウシもアラシマの後を着いていく。
雨音と重油の匂いが混じる空気の中、目の前に佇む巨大な施設へと歩を進める。




