第55話 烈女、ポポンヨーと都の観光スポット・覇喇呪区へ繰り出して無双する④
舜の声は感動で震えた。
「これが、手料理なのか。そなたは、愛するわしのためにそこまでして……」
恋愛小説において、ヒロインは大抵料理下手である。
何が入っているかわからないあやしげな手料理を食べた主人公は大量に吐血し、痙攣を起こしてもがき苦しみ、生死の境を彷徨う。
毒を盛られたとしか思えないサスペンスな展開なのだが死ぬことはなく、ヒロインの献身的な看護と奉仕によって息を吹き返す。
回復した主人公は毒物を食わされたことも忘れてヒロインと抱き合い、二人の愛は深まる……というのが王道だった。
舜は、食中毒だか毒害されただかの困難を乗り越え、愛を深め合うシチュレーションに憧れがあった。
舜は震える箸で、エビ餃子をつまんだ。
脳筋で頓狂にすぎる烈が、料理上手とは思えない。これを食べたら、食中毒で腹をくだすかもしれない。血を吐くかもしれない。
しかし、これは妻……もとい彼女が作りあげた愛の結晶。食べずにして何が男か。
舜は覚悟を決めて、エビ餃子を口に運んだ。
薄皮をやぶると刻まれたエビがプリプリとして、香草と香辛料が絶妙に馴染んで……なんというか、普通においしい。
「……ん? うまいではないか」
舌を焼くような激烈な味を想像していた舜は、拍子抜けした。
烈が不思議そうに言った。
「そりゃそうだよ。点心専門の特級料理人が作ってるんだもん。変なものが出るわけないでしょ」
「そ、そうか……」
家事は嫌いで一切やらない烈が、手のかかる餃子や焼売を作るわけがなかった。
それでも舜は一縷の期待をこめて尋ねた。
「では、そなたの得意料理はなんなのだ?」
「ん~なんだろ。羊の丸焼きかな? シメてさばくのは得意だよ。調理は舎弟にやらせてたけど」
「……」
烈は料理をしないことを知って、舜は密かに落胆した。
が、王太女という身分を考えればそれが当然という気もする。
エビの調理を料理人に任せたのも、下僕の仕事を奪わないためだろう……と都合よく解釈した。
何はともあれ、烈はエビ(の殻を剥いただけでプロが作った)料理を自分のために用意したのだ。
これには彼氏……もとい夫に尽くす気持ちがある。
外廷では女たちに避けられ、美玲の態度もよそよそしいが、烈にはこんなにも愛されているのだ。けして男としての魅力がないわけではない……と信じたい。
折角だから、と舜はエビ餃子を立て続けに食べた。
それを見て、烈は意外そうに言った。
「あんたってそんなにエビが好きだったっけ?」
「さ、最近好きになったのだ」
「じゃあ、また今度エビを使ったおいしいものを作らせるよ」
「……うむ。これからも一家の長であるわしに尽くすのだぞ」
よくわからないが、好物らしきエビ料理が出てきたら舜は妙に自信を持ち、機嫌もよくなった。
これはおねだりするチャンスかもしれない。
上機嫌なうちに許可をもらおうと思い、烈は美玲や侍女たちを連れて街へ遊びに行きたい旨を話した。
舜は驚き、案の定渋い顔をした。
「街へ遊びに行く……? 何を言っておるのだ。そなたは後宮という家庭を預かる主婦なのだぞ。遊ぶために家を留守にするなど無責任であろう」
「でも都は観光してないしさ。侍女も若い子が多いし、ずっと後宮に閉じ込めておくのは可哀想だよ。たまには外に出て羽を伸ばさないとストレスで病んじゃう。これは福利厚生の一環、春の遠足ってことで」
本当は自分が遊びたいだけなのだが、配下をダシにして福利厚生ということにすれば、大抵のことはまかり通ることを知っている。
舜は首を横に振った。
「己の立場を考えよ。およそ皇后の振る舞いではない。あまりにも軽率すぎる。『傍若無人が服を着て爆走している』と言われた母上でさえ、そのような我儘を申されたとは聞かぬ。正宮に殴り込んではきても、宮城の外に出られることはついぞなかったのだぞ」
「さっちゃんはさっちゃん、私は私! 私は北で育ったんだから、たまには自由の風を浴びないと干からびちゃうよ」
「街に女だけで繰り出すのは危険であろう。市井では昼間からキョンシーが跋扈し、身代金目的で誘拐を企むヤカラもいると聞くぞ」
「私も美玲もいるから大丈夫だよ。心配なら護衛も連れていくからさ」
舜はあれこれと理由をつけて反対し、外出を諦めさせようとしたが、烈は一向に引き下がらない。




